最後に影がやってくる
さて次は――
魔法無効化なる結論が出てくるという予想の元、そのまま待機しているとキャリーさんは練習場を降り……またハミルトンさんが登場した。
これで“手合わせ”は終わりだろうか?
「これは参ったぞムラヤマ。別に打ちのめすつもりは無かったが――結果的そうなっても仕方がないぐらいは考えていたからな」
そうなのか。
しかしそう言われても、返答のしようがないな。
ここで俺が謝ったら……どう考えても挑発にしかならない。
「……ところで、俺が何をしているかわかりましたか?」
そこで強引に話題を変えてみる。
ハミルトンさんは、俺の言葉を聞いて少し考え込むと、大袈裟に首を振った。
「――いや、わからないな」
「ああ……そうなんですね」
当たりが付いて誤魔化しているという感じではなかった。
ここに来て、相手の狙いがわからなくなってきたぞ。
俺の戦力評価――なら、ここで有無を言わさ押しつぶしてしまえばいいわけだ。
俺のスキルに関心がある――という、わけでは無い?
「ムラヤマ、貴方は魔法は使わないのか?」
「はい。心得はまったくありません」
「……剣技に関しては私から盗み取ったようだが?」
ああ、なるほど。
確かに不公平かも知れないが――
「――俺に心得があったなら、あるいはやり方がわかれば“勉強”させて貰う所なんですが、すいません。力不足ですね」
ここは自覚して“嫌味”を告げてゆく。
この件に関しては、ハミルトンさんの言い様は、だたイチャモンつけているだけに聞こえたからだ。
ハミルトンさんは、薄く笑った。
恐らく同意見だな……相変わらず狙いがわからないが。
「……そうなるとこれから行う“手合わせ”が怖いな。少なくともコレは魔法じゃ無い」
「まだ、試すことがありましたか?」
「確かに少し長くなりすぎた……だが次で最後だ。これは断言しておこう」
最後か……しかし、それは本当の意味での最後では無いのだろう。
「“手合わせ”が最後なんですね?」
「――いよいよ、やりにくくなってきたぞ。確かにその通りだが、ここから先は食事も用意……」
俺はその言葉を手を上げて制した。
随分距離があるが、そうせざるを得なかった。
俺が、この条件下で食事に手を付けるわけが無い。
これで、ノラさんとは繋がってないことが重ねて立証されたわけだが、それと同時に、ハミルトンさんの性質――いや近衛騎士という連中の性質も見えてきたぞ。
こいつら、体育会系だな。
「……それは何だ?」
「食事はご遠慮させていただく」
俺はきっぱりと言い切った。
それにハミルトンさんは驚いた表情を浮かべていたが、次に笑みを浮かべ、最後に眉が寄った。
うむ。
こちらの意図が伝わったようで何よりだ。
「クインツ! マクガフィン! お前達も加われ!!」
……だからといって、いきなり袋叩きですか。
ま、いずれはそうなるんじゃ無いかと思ってたよ。
「勘違いは良くないぞムラヤマ。これはあくまで“手合わせ”だからな。相手は私だけだ」
「…………」
流石にわけがわからない。
それなのに「加われ」?
「何、対峙してみればわかる」
俺の戸惑いがハミルトンさんに余裕を与えたようだ。
だが、当たり前に俺から余裕が無くなったぞ。
もう少し、インタビューを続けたい所存だが……
「――では、行こうか」
……そうは問屋が卸さないらしい。
俺は気休め代わりにビームサーベルを構え直す。
ハミルトンさんも、新しい剣を持っていた。
さて、剣でやり合うとなれば、忸怩たる事に俺の壊れスキルの“ずる”で、ほぼ互角のはず。
それに2人は――
「ライト!」
「ライト」
先ほどの2人が魔法を使う。
いや、この2人だけで無く、練習場を取り巻く近衛騎士団員が魔法を使用しているのだ。
だが、それは俺に攻撃するためでは無いらしい――何しろ「灯り」なのだから。
「持続光」に比べれば明るく光量も違うし、2人はその光を掲げたまま。
違う系統の魔法である事は良くわかったが――
「では行くぞ――」
と言いながらもハミルトンさんに動きはない。
だが、すでに違和感は発生していた。
ハミルトンさんには動きがない――であるのに、何故影が動いている?
光源が動いている――と考えるのが、通常の判断になるだろうが騎士団員も動いている様子は無い。
となると、消去法的に……
(影が動いている?!)
という、判断にならざるを得ない。
……いや、俺が蠢いていた頃の日本バンザイだわ。
そんな無茶苦茶な結論を、割と素直に受け入れることができるからな。
影は準備運動を終えたのか、するするとこちらに近付いてくる。
その数は光源の数だから……6つか。
剣を掲げたハミルトンさんの影が、長く長く伸びながら俺に向かってくる。
その速度は、今のところ警戒が必要では無い。壊れスキルは、流石に“壊れ”だけあって、こんな非常識な「影」にも、対応できるらしい。
……だが、動きがわかるとはいえ、いっぺんに6体を相手にするのは無理がある。
何より、俺は6体多数はまったく練習できていない。
これで、いきなりは勘弁して欲しいし……
(何より、ハミルトンさんが“予備兵力”として動くことができる)
つまり、ギリギリで影6体を相手にしていてはダメなのだ。
影を相手にしつつ、ハミルトンさんから注意を逸らしては詰む。
(……というか、現在すでに詰んでいる?)
あまり考えたくない結論に達するが、取りあえず動いてみよう。
このままでは囲まれるだけなので、右に動いて取りあえず1体に襲いかかってみる。
魔法と同じ理屈ならば、これで――
俺の目の前の影が練習場の床から“持ち上がる”。
おかしな言い様だが、他に説明のしようが無い。
俺はその影をビームサーベルを遠慮無しで切り捨てた。これでハミルトンさんが死んだら――流石にそんな馬鹿な仕様にはなっていないらしい。
視界の端で、ハミルトンさんが斜めに笑みを浮かべている。
その笑みを隠すように、襲いかかってくる影が2体。
体勢を崩していない俺は、慌てること無く2体を切り伏せたが――最初に切った影が復活している。
そりゃそうだろうな。
生きていない物が死ぬはずは無いんだから。
しかしコレ、一体何だ?
――などと考えている場合じゃ無い。
今度は前に3体で、他の影は俺の背後で再び形を為している……はずだ。
あ~、その上ハミルトンさんがいるんだった。
影の剣が、俺に迫る。
本体を切り千切れば、とにかくしばらくは無力化するわけだし、それなら影の剣を切り飛ばしても、同じことに――
(待て)
これは勘では無い。
俺の性格上、安易に相手を信じられなかっただけだ。
影の攻撃できる部位が影の剣だけだと、誰が保証した?
――もちろん誰も保証はしていない。
で、あるなら疑ってかかるべきだ。
幸いなことに、俺は影そのものを“刃”として使う「異能」を、知っている。
(何とも懐かしい話だな)
俺は、今度は左手側に動く。
とにかく、囲まれては話にならない。
影が一列になるように調整――ハミルトンさんが、その気にならない内に確認しなければ。
近付いてきた1体を切り伏せる。その背後の1体にはこちらから近付いて切り裂いた。
これで、数瞬の猶予ができたはず。
次の3体目は、こちらに向けて振るわれる影の剣を切り飛ばし――
(ここだ)
ビームサーベルを元の短剣に戻す。
そして影の身体に左側からの逆袈裟で、短剣を切り上げた。
ギャリリリリリ!!!
イヤな音が響く。
コレで確定。
やはり、影自体を刃物として操る技だったか。
俺は短剣をビームサーベルに戻して、今度こそ3体目を切る。
(チッ)
頭の中で舌打ち。
ハミルトンさんはすぐに事態を察して、戦線――というしか無いだろう――に自ら突っ込んできた。
これはマズい。
脅威度が増した影が6体。
そこに、間違いなく達人の域にあるハミルトンさんの攻撃。
(うん、これは“詰み”だな)
俺は潔く諦めた。
そして、ハミルトンさんから距離をとるためにすり足で後退。
だが、それでハミルトンさんから逃れられるはずも無い。
というか俺の壊れスキルの影響の中で、追ってきてるぞ。これ、さっきよりも移動族度が上昇してないか? もしかして俺ばかりでは無く、ハミルトンさんも成長してるのか。
ハミルトンさんを追いかけて“灯り”で照らし続けようとしている、騎士団が追いつけていないからな。
もちろん影自体も、遅いまま。
しかしハミルトンさんとやり合っている内に、必ず追いつかれるだろう。
そして刃物で、囲まれてしまう――やはり詰み。
(……と言うことで仕方ない)
――俺は一張羅の懐に左手を突っ込んだ。