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火を焼き切る

「熱ッッッ!!」


 ハミルトンさんの声が響く。


 あ、そうか。


 俺のビームサーベルで普通の剣を撫でたら、そりゃ熱を持つよな。

 これはチャンスとばかりに、ビームサーベルを振るって、ハミルトンさんの剣を撫で上げたが迂闊だった。


 ハミルトンさんは剣を手放し、右手を振り回している。

 彼の革製の手袋グローブが役に立っていれば良いのだけど。


「これは申し訳ない」


 俺は自然に頭を下げていた。

 ハミルトンさんは恨みがましい目で俺を見やりながら、


「……なんについて?」


 と尋ねてきた。


 いや、そんな無能間違いない上司的な口上で詰め寄られても。

 俺としては、ごくごく普通に答えるしか無い。


「俺の“これ”で刃引きしようと思ったら、当然このような事態になることはわかりきったことなのに。失念していました」

「刃引き?」


「ええ。やっぱり切られるのは痛そうなので。だからといって、鉄の棒で叩かれるのがマシなのかどうかは、保証の限りで無く」

「……貴方は本気――みたいだな」


 今のところ、嘘をつく必要性は無いな。

 それを確認して、俺はゆっくりと頷いた。


 ハミルトンさんの右手は幸いなことに、大したことにもならなかったようだ。

 なにせ、その右手をわざわざ使って“困ったものだ”ポーズをとってみせる。


「……あのねぇ。これは元々、貴方の力量を測るための手合わせだと説明したな?」

「ええ。ですから、出来るだけノビノビとやろうと思いまして……」

「それならそれで、私の剣を斬り飛ばせば良いのでは?」


「弁償……」

「請求するはずが無いだろ? それに斬り飛ばしてくれた方が、まだ納得できる。戦ってる間に、刃引きされる方がよほど屈辱だ」


 ああ~……


 とは、思うけどいまいち実感が湧かない。


 そういうものだろうか。


 俺としては剣を斬り飛ばして、その後に他の手段で攻撃される可能性を回避したかっただけなんだが……うん? 考えてみると最適解を選んだような気もするな。


 確実に手合わせに水が入った状況だし。

 何しろ剣相手にはなんとか対抗出来てきたが他に関しては、素人である事は間違いない。


 順番に、穏やかに、ゆくっりと。

 そういう、ぬるま湯に浸かっていたい。

 ……風呂の温度は高い方が好みだけど。


「そうでしたか。気付かなかった事とは言え、これは大変な失礼を。ご容赦いただければ幸いです」


 俺はとにかく頭を下げることにする。

 ハミルトンさんはポリポリと頬を掻いて、


「……とにかく、剣に関してはわかった。いや、わからないことがわかっただけだが、これ以上やってもこちらが損するだけであることは間違いないようだ」

「そうですか……」


 もったいないような気がするが、かなり“盗めた”気もする。

 欲をかいてもろくな事にならない。

 ここで、手仕舞いだな。


 俺はビームサーベルを短剣に戻した。

 しかし、そんな俺を見てハミルトンさんはこう告げる。


「――じゃ、次に行ってみようか」


 あ、そこまでやってくれるのね。

 俺は有り難さを感じながら、返事をする。


「はい。わかりました」

「……貴方は驚くことは無いのか?」


 いや、最近は割とアレコレと驚いていますが。

 だが、それをここで言い募っても仕方がない。


「手合わせの最中ですから選択肢はそもそも少ない。しかも続けるか止めるかはそちらの裁量ですからね。そうとなれば、起こるべき事柄に備えておくことは簡単です――要は気持ちの問題ですので」

 

 俺は、この問答をさっさと終わりにするため、意識して淡々と答えた。

 それよりも今考えるべきは“次”にどう対処するか、だ。


 まず間違いなく“魔法”に対して、いかなる対処を見せるか? だろうな。

 一応、仮説はあるし、先ほどの出来事がそれを証明したかのように思えるが――ん?


「……私にとっては貴方が驚きだよ。“異邦人”というのは全員そんな感じなのかい?」

「俺は他の“異邦人”を知りませんので」


 この答え方も定型文になりつつあるな。


 ただ、今の事態に関してだけは、これでノラさんの活動範囲について確証に近い物が得られる――という狙いもあった。

 表情を変えずに、ジッとハミルトンさんの表情を観察。


「たしかにそれもそうだ。何とも貴方らしい答えだ……ところで、そろそろ行くぞ」

「どうぞ」


 と答えたのは良いが、何処まで離れる気だハミルトンさん。


 いやもっと、こぢんまりした魔法を希望したいところだが――ノラさんに関しては白だな。

 完全に他の“異邦人”――ヒロト・タカハシの事は知らないようだ。


 それ自体(ヒロト・タカハシ)がノラさんの嘘、という可能性もあるが、それは考えないでおく。


 それよりも最初は侯爵がノラさんを始末に掛かっていた、事実の方が大きい。

 確実にハミルトンさんは、何か別のライン――随分距離をとったな。


「そこから、でっかい魔法をいきなりぶっ放すの勘弁して下さいよ」


 流石にビビったので、思わず確認してしまう。

 そうするとハミルトンさんは復調したのか、すがめに微笑みながら、


「流石にわかるか。だが安心してくれ。これぐらい余裕が無いと躱しにくいと思ってな」

「なるほど。ご配慮助かります」


 俺は殊勝らしく一礼したが――内心では冷や汗ものだった。

 ()()()()をすっかり失念していた。


 そうだよな。


 普通は躱すんだろう。

 どうも“戦う”という似合わぬ行為のおかげで、あちこちガタが来ているような気がする。

 だがまぁ――


 シュンッ!


 俺は再び短剣をビームサーベルに変化させた。


 ――毒を食らわば皿まで、という言葉もある。


 そして、すでに戦闘状態になっていたのか、再度ハルミトンさんから声が掛けられることも無かった。

 代わりに、差し出した右の掌の上に火球が出現する。


 ……まさか剣で火傷しそうになったことの意趣返しじゃあるまいな。


 俺も覚悟を決めて、火球を見つめる。

 これによって、良い具合に壊れスキルが暴走してくれれば、それはそれで楽そうだが……


 シュン!


 と、ハミルトンさんが火球をこちらに投げつけてきた。

 もちろん、今現在も壊れスキルは絶賛稼働中だ。


 この影響下で、普通に動いているハミルトンさんも十分化け物だと思うが――それよりも、このスキルの影響をしっかり受けている“魔法”の方が理屈に合わない。


 つまり俺が従来持っていた“魔法”に対する解釈の仕方が、理屈に合っていないのだ。

 “大密林”で、そのあたりは確信が持てているので、今さら驚いたりはしない。


 だが、今日これからやることは初めての試みだ。

 つまり、この火球を()()する。


 俺はビームサーベルを両手で構え、火球を待ち受ける。

 一応、力負けの可能性も考えたが、恐らくこれでいけるはず。


 火球が近付いてくる速度は、もちろんパニックを起こす速度では無い。

 敵が放つ魔法を、打ち返さなければダメージが通らないゲームよりも簡単な仕様……のはず。


 ただ火は火であるので、単純に熱い。

 心を乱すとなれば、間違いなくこの熱だ――そう自覚したことで、もうパニックを起こす可能性は限りなくゼロに近付いただろう。


 むしろ壊れスキルが、消化に動き出す可能性もある。

 だが、ここでの練習でそれをやらかしたら失敗だ。


 せっかく近付いてくれるのだから、わざわざ動く必要は無い――今までの練習のおかげか、奇妙なほど自分の身体が安定しているし。

 ……むしろあのゲームの方が、難物だった。


 間合いに……入った。

 すでにビームサーベルでの間合いは把握している。

 大袈裟な動きも、雄叫びも要らない。

 

(北辰一刀流って、こんな感じか?)


 動きを読ませないために、その剣の切っ先が鶺鴒せきれいの尾のように揺れている――とは何度も読んできた描写であるから、今の状況にまったく合っていないことは承知の上。


 ――そもそも鶺鴒の尾を見たことが無い!


 俺は、心の中の叫びを合図に、僅かに剣を振るう。


 ビームサーベルの切っ先が、炎に触れる。

 決して、振った剣の余波で火球を切り裂かないように気を付けていたはずだが、ビームサーベルは見事に火球を裂いた。


 ビームサーベルの高温が、火球のそれを上回り()()()()()()()――ように見えるだろう。


 だが残念ながら、俺は精神構造がそこまでメルヘンチックには出来ていない。


 それを何処かで残念に感じているのか、冷めた心のまま火球の行方を見届ける。

 いや、それはすでに火球の態を失っていた。


 火は小さくなり、そのまま勢いを失い、そして……雲散霧消。

 ある程度は、予想の範囲内だな。


 さて、ここからがまたハルミトンさん頼りだ。

 この現象を“異世界”流に解釈するなら、一体どのように解釈するのが妥当なのか?


 ――いい“回答”を期待してるぞ。

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