似合わぬ剣戟
(ほうほう、足捌きはこうするのか)
俺の左肩を狙ってハミルトンさんの剣が振るわれていたが、俺はそれよりも、その下半身に注目していた。
早速、実践してみよう。
……と言うことで、体幹を維持したままで剣を躱してみる。
こんな感じだろうか。
と、俺を狙った剣先が、即座に跳ね返ってきた。
うん、これはまだ勉強してない。
思い切りよく距離をとりつつ、構えを元に戻すハミルトンさんの観察を続ける。
俺の壊れスキルの影響下で、これだけ動けるんだから、実際は達人クラスなんだろうな。
ただ、強制的に遅回し状態になっているだけだ。
そして、遅回しでありながら、その動きは機能的で、且つ美しい。
見取り稽古するのには、やはり最適な人材であったか。
そのハミルトンさんが、一歩前に出る――思った以上に間合いが詰まったな。
これが縮地……という大層なものでもなく、足捌きと体捌きの複合技か。
所謂、平行四辺形を潰す動き――なのか?
やだねぇ、頭でっかちは、と自虐に浸っている場合では無い。
しっかりと学習、そして実践だ。
単純に躱すばかりでは、発展性が無い。
ハミルトンさんは、右腕1本で横なぎに剣を振るう。うん確かにロングソードとは言え、片手剣に変わりは無いはず。これがもしかしてバスタードソードだったら?
何度と馬鹿なことを考えている場合では無い。
相手が遅い。俺が加速状態。
……であったとしても、限度というものがある。
素直に後退――ネジはきっちりとあるつもりだが、その選択肢は止めておく。
振るわれる剣の回転半径が見える。
達人となると、そうやって認識した間合いを狂わせる技術の競い合いになるんだろうが、すまん素人なんだ。
だからせめて単純に躱さずに――一歩、前に。
こうやって相手の陣地を占領する……と言う心構えらしいですよ、奥さん!
いや剣の切っ先をギリギリで躱そうとしているのに、昼のワイドショーみたいな様式に身を委ねている場合では無い。
まず体幹を保つ。
これが出来ていれば、技術による間合いの変化にも対応できるはず。
そして、体捌き。そこから足捌き。
なに、こんなものは論理立てて相手を説得するのと同じだ。
体を使うとなれば、いくら頭の中で理想を追いかけたとしても、それを実現させるまでに十分な鍛錬が必要となる。
それが壊れスキルの影響下では、そんな鍛錬を無視できてしまえる。
だからこその“ずる”だ。
……いや、そもそもが“異世界”に出現したことが――
鼻先を白刃が通り過ぎる。
その軌跡に重ねるようにして前進。
このぐらいの間合いで無ければ、きっと目標には届かない。
それにこの無茶のおかげで、俺の体が、壊れスキルが、また学習したようだ。
横なぎに剣を振るい、隙だらけになったハミルトンさんの身体。
――よし、入り込んだ。
そう確信できたところで、体幹を保ったままで大きく後退。
それと同時にハミルトンさんも後退していた。
端から見ていると、鍔迫り合いの果て、いったん間を取った――みたいに見えるんだろうか。
剣道だと、この離れ際に一撃が来ることもあるんだろうが、これは単純に双方後退しただけだし、何も無かったな。
ハミルトンさんには、そういう技術が――どうなんだろう?
「――少し、良いかな?」
そのハミルトンさんから声が掛かる。
「はい、どうぞ」
俺は即座に、返事をする。
「貴方は元の世界で、何かしら剣を振る職業に?」
剣を振る職業。
うん、良い表現だな。
ただ、これだと出入りで段平振り回してても、該当する気はする。
ともあれ、答えは決まっている。
「いいえ。言ってませんでしたか? 俺は全くの素人だと」
「確かに最初はそのようにも思ったが……」
「今、練習してますので」
「何?」
ハミルトンさんの血相が変わった。
怒るのも無理からぬ事だと思うが、こちらも確認したいことがある。
「全部、俺のよくわからない“スキルのせい”なんですから、こらえて下さい。名前がわかれば良いんですけどね」
「そんなもの……」
ハミルトンさんの表情に余裕が戻った。
「冒険者ギルドの世話になっていない貴方が悪い」
ハミルトンさんが笑いながら答える。
これは嘘?
それとも情報を秘匿したいと考えている?
――それとも単純に、ノラさんとは繋がっていない?
「……確かに。後悔先に立たずですね。それでは俺からも質問良いですか? 今度こそ後悔しないように」
「答えられることならね」
俺は、誤魔化す必要もあってこちらから質問を振ってみる。
だから、答えて貰わなくても構わない。
「そちらは近衛騎士と伺っておりますが……」
「それは間違いない」
「……そういう方って、もっとガチガチに鎧で身体を固めるものでは?」
例えば侯爵の護衛みたいに。
あれで動いていられるんだから、筋力強化がデフォルトなのか、はたまた鎧の材質が軽いのか。
だがそれならそれで、別に今の連中のように胸甲だけに絞らなくても良いだろう。
何しろ近衛騎士ともなれば見栄えも重要だろうし。
その鈍色は、なんというか……実用的に過ぎる。
そこで疑問を覚えたというわけだが……
「……騎士団長の命だ」
何だか唇を尖らせて、顔を逸らしたハミルトンさんから答えが返ってくる。
「騎士――団長?」
意外に感じた俺は、オウム返しに尋ねてしまっていた。
ハミルトンさんは、ますます顔をしかめ、
「そうだ。見栄えばかりを重視して実務が疎かになっては意味が無い。まずしっかりと戦えることこそが重要だ、とな」
ああ、そういう人がトップなんだな。
“向こうの世界”の騎士でも、フルプレートは儀式用で実際には革鎧みたいな人もいたようだし。
しかし、この改革は思い切りが良すぎるような。
「……その方針が、あまりお気に召さないようですね」
言わずもがなではあったが、一応確認してみる。
そうするとハミルトンさんは、ついにそっぽを向いた。
「だが……確かに、この方が戦いやすいんだよ!」
さもありなん。
むしろ、自分の好き嫌いを判断の中心に持ってこなかった分、ハミルトンさんへの評価はうなぎ登りだ。
……それに上手く誤魔化せたようだしな。
ハミルトンさんが、こちらに向き直る。
「――そろそろ行くぞ」
「存分に」
お互いに距離を詰める――
□
ここから先は、実に良い練習になった。
確かにハミルトンさんは達人らしく、手首の使い方1つを取っても感心するばかり。
もちろん、それは見取りによって学習したはずだが――実践が出来ない。
何しろ俺の剣、ビームサーベルだから。
俺のビームサーベルと、ハミルトンさん剣は未だに接触していない。
基本、ハミルトンさんの振るう剣を俺が躱しまくっているだけ。
ただ……もう躱していても仕方がない所まで来ている。俺からも攻撃を仕掛けなければ、次の段階に進めない。
俺は距離を取って、ビームサーベルを両手で青眼に構えた。
いや、青眼“風”だな。
だが、その構えでハミルトンさんもこちらの思惑を察してくれたようだ。
右手の剣を掲げ、その後ろに半身になって構える。
俺の壊れスキルの影響下で、本当に良くやってくれていると思う。
しかしもう――俺に触れることは無いだろう。
クンッ!
ハミルトンさんの剣先が僅かにしなったように見えた。
そして次の瞬間には、目の前に瞬間移動――したように見える。
この一瞬にとっておきを出してきたか。
そのまま食らったら、確実に即死だろうが――今さら、それも叶うまい。
ハミルトンさんは瞬間移動とも見紛う突進力をそのまま乗せて、突きを繰り出してきた。
案の定、俺の頭の中でスイッチが入る様子は無い。
つまり……ハミルトンさんの突きは俺にとって脅威ではない――と、壊れスキルが判断したのだ。
その判断に従うのも忸怩たるものがあるが、今さら退けん。
俺はハミルトンさんの剣と交差するように“足捌き”で身体を滑らせる。
そして体幹を維持したまま――つまり、いつでも攻撃に移行できる状態を維持したまま、ハミルトンさんとの間合いを詰めた。
思ったように、いやそれ以上に身体が動く。
……まったく、壊れスキルのくそったれが!
この落とし前は、必ず“神”につけてみせる。
その決意と共に――俺はビームサーベルを振るった。