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練習開始

 さて手合わせとなったわけだが、少し……いや、思っていたものとは随分違った。


 話がまとまったところで俺は更衣室か何処かに連れて行かれると思っていたが、そのまま訓練場に向かった段階で、かなり予想と違う。


 俺は廊下を歩きながら、傍らのハミルトンさんに尋ねてみることにした。


 ……やっぱり、背では負けてるな。


 ちなみに詰め所でハミルトンさんの背後にいた2人は、そのまま俺たちの後ろに付いてきていた。

 やっぽり俺の扱いは“犯罪者”と言うことでコンセンサスが出来上がっているんじゃ無いかな?


 チラと窺ってみると、目が怖い。

 しかし確認だけはしておかなければ。

 

「――こういう時って、着替えたりしないんですか?」


 俺の今の出で立ちは聖堂に通っていた頃と変わらない、防刃一張羅仕様だ。

 短剣も“あれ”も持ったまま。

 だから下手に着替えるよりも、こちらの方がありがたくはあるんだが……


「着替えるって、何に?」


 素で返されてしまった。

 

「つまり練習着みたいなもの……」

「それに着替えたとして――」


 またもハミルトンさんはすがめに笑う。

 

「それが貴方の“本気”になるのか?」


 ならないだろうな。


 俺の本気は壊れスキルで現れた、未来アイテムによって支えられている。

 当然それぐらいのことは調べられていると思っていた。だからこそ、そのアイテムから俺を遠ざけるだろうと予想していたのだ。


 なせなら……


「しかし、それでは俺に対しての懲罰的な意味が薄れるのでは?」


 これが確実に含まれていると思ったからだ。

 ハミルトンさんはそれを聞くと肩をすくめて、


「もともと、そういう意味合いは無いよ」


 と、実にあっけらかんと答えたものだ。

 しかし、それでは近衛騎士団の面子が納得しないような気がする。


「――それに貴方、気付いているのか?」

「気付いていますが“あれ”は俺にだって、まともに使いこなせるか、よくわかっていない代物なんです。ここで妙な謙遜をする方が、不適切だと考えました」

「なるほど」


 ハミルトンさんがクックックッと、喉の奥で笑う。

 そしてバンバンと背を軽く叩く。


「流石に、よくわかってらっしゃる。先ほども言ったが私も別に貴方を傷つけるのが本意では無い。謂わば……スキルとスキルのぶつけ合いをしてみたい」

「…………」


 沈黙で答えておいて、少し考える。


 いや、ここまで来て否も応もないか。


 ただ間違いない事は、現状で俺にとっても有り難い申し出でもあったし、向こう側に情報を与えることに問題があったとしても――問題?


 俺は思わず、鼻で笑ってしまった。


 自分でも、どんなスキルかわかっていないのに、相手に渡す情報の取捨選択なんて出来はずも無い。

 だからこそ俺に自由に戦わせた場合、


「俺に好きにやらせたら懲罰では無くて、こっちが勝ってしまうぞ」


 と、不遜な確認せざるを得なかったのだ。

 だが相手もそのつもりがあるのなら、お互いにギリギリのところで刃を止めることが出るだろう――刃が付いている武器を使うかはともかく。


「わかりました。しかしそれで騎士団の他の方々は納得しますか?」

「その点は大丈夫。どうやら貴方にも、見えていないものがあるらしい」

 

 別に世界の全てを知悉しているなどと言うつもりも無いが……

 もう一度、後ろの二人を窺ってみる。

 見事な無表情。

 ……とにかく練度は高いな、うん。


 そして連れ出されたのは屋外。

 とにかく広い場所で、多分50m四方ぐらいはあるんじゃ無いかな?


 体力テストの時に走った、50m走ぐらいの……アレよりも大きいかもしれない。

 とにかくそれぐらいのスペースだ。


 床は、石畳と言うよりも巨大な石版――もしかしたら巨大な岩を加工して利用しているのかも知れない。

 と言うのも、俺が出てきた出入り口から出たときに、まず目に入るのが王宮の白亜の城壁だったからだ。


 つまり、ここは王宮の一角には間違いなく、さすがに近衛騎士に関しては、鍛錬するにしても、しっかりと設備が準備されているらしい。


 そして何より目を引いたのが――


「――海か」


 この練習場みたいな場所からは、海洋うみが一望出来るのだ。

 俺ほど散文的な人間が、思わず雰囲気たっぷりに呟いてしまう絶景。

 その後、


(これがオーシャンビュー)


 とか考えてしまった俺は、やはり処置無しだな。


「――中々のものでしょう、ここ」

「ええ。王宮が海に面しているとは聞いていましたが、それを実感してみると感動がありますね」

「“異邦人”もそういう部分は変わらない、と」

 

 この言葉が、俺への情報収集だと考えてしまうのは……ま、考えすぎだな。

 本気で情報収集するつもりなら、こんな言葉、口に出すはずが無い。

 いや……


「むしろ“異邦人”の方が、海に対する憧憬は強い可能性がありますよ」

「へえ」


 本当か嘘かわからない情報を混ぜておく。

 ハミルトンさんにそのつもりは無くとも、何かしらの“技術”で俺の発言が収拾されている可能性もある。

 で、そろそろ開始のはずだが……


「ムラヤマには、そっち側でお願いしたい」


 指し示された方向は、出入り口がある側から真反対。

 つまりは王宮の壁を背にする形になる。

 俺が無茶をしても、王宮の壁を傷つけない――そんな配慮、位置が変わればまったく意味をなさないな。

 

「……そのこころは?」

「私が歩いて行くのが面倒」


 何とも明け透けだが、それだけに本音だろうな。

 だが、油断はしない。

 俺は腰の後ろから短剣を抜き放つと、いつもの手順でビームサーベルに変化させる。

 

「へぇ、これが」

「……めにしますか? これが熱を持っていることもご存じでしょうし」

「いやいや。そもそも当たらなければ、問題ないでしょう?」


 赤い人みたいなことを言い出したが、それよりも問題なのは俺の“壊れスキル”を知って尚、余裕のある態度を変えない部分だ。

 俺の壊れスキルにアテがあって、対抗策があるのか。

 それなら――


「……そうですね。お気づきのように、俺は全くの素人ですから」


 そう言い捨てて、俺は王宮の外壁へと近づいてゆく。

 迫り、のしかかってくる白亜の壁。


 何だか俺に決断を迫る、圧迫面接のようだが、そんなものはタダの錯覚。

 それにそもそも「決意」は済んでいる。


「良いですよ」


 特に声を張らずに、合図を送りながら振り返る。

 さて――


                      □


 果たしてハミルトンさんは、即座に突っ込んでは来なかった。

 俺の能力について、まずは偵察という所だろう。


 あの風で拘束する――だと思われる――魔法に俺が対処できたことがノイズになっているな。

 俺にとってもあれはイレギュラーだったし。


 ……まさか自動オートで、壊れスキルが動き始めるとはな。


 ハルミトンさんには、これをどうにかする腹案があるのかな?

 俺はゆっくりと近付いてくるハミルトンさんから目をそらさずに、右つま先だけで軽く足踏み(ステップ)


 全力は止めておく。


 効果範囲には、まだハルミトンさんは至っていないようだが……俺からも詰めてみるか。

 ドタドタと、みっともなく。


「……!」


 あ、効果範囲に至ったか。

 ハミルトンさんの表情に変化が現れた。

 だが軽く笑みを見せただけ。


(やはりか)


 単純な推測でしかないが「強力ごうりき」とか「筋力強化」というスキルがあるのだろう。

 それをハミルトンさんは、高レベルで所有している。


 だから、俺と大事した場合に「自分なら何とかなる」と判断した――では、これでどうだ?


 もう一度、足踏み(ステップ)

 ハミルトンさんの表情が曇る。

 よしよし。順調に近付かれても困るんだ。


 ――それじゃ俺の練習にならないだろ?


 俺も近付きたいところだが、この機会に確かめておきたいことがある。

 足を止めてハミルトンさんが近付くのを待っていると……ああ、やはりか。


 俺の近くにいればいるほど、壊れスキルは――「孤高」は強烈に作用するらしい。

 ハミルトンさんの足取りが目に見えて重くなったからだ。その表情にも余裕が無い。


(うん……ちょっと軽める?)


 などと都合の良いことを考えはしたが、そんな微妙な調整出来るはずが無いのだ。

 心の中で苦笑を浮かべながら、ハミルトンさんが、鞘から剣を抜き放つのを観察する。


 ここまで抜かずにいたのだから、なかなか舐められていたのだろう。


 ――しかし、本物?


 どういうつもりなのか? と一瞬、完全な敵対者と判断しそうになったが“異世界こっち”には神聖術があるんでした。


 この辺りの認識のズレが、一向に直らない。

 しかし、ハミルトンさんはよく動けるな。

 剣を振りかぶり、白刃が俺の肩口に迫る。


 ――さて、練習開始だ。

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