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ボッチ愛再確認

 エンバック・イコール。


「はぁ? じゃあウェステリアというのは要するに――偽名か」

「間違っても、貴方に言われたくは無いと思うね」


 ここは近衛騎士団の詰め所みたいな部屋だ。


 当然、王宮内に設置されており、政務の区画では無いだろうが白亜と表現される城壁の中を、右に左に連れ回された。それに素直に従ったのは『エンバック・イコール』なる人物の正体を知りたかったのと、少しばかり王宮という場所に観光気分が疼いたからだ。


 祝・初王宮!


 ……と、浮かれる気分というよりも、やはり石材をきっちり組み上げてくる仕事に感心するばかり。

 その上、


 エンバック・イコール=フィフス・ウェステリア


 なることも判明してしまった。


 うん、俺の用事は終了――とは行かないだろうな。

 何より、現状の力関係? もしくは人間関係とやらが見えなくなっているし。


「――じゃあ、何も知らないままで色々言われるのも面白く無いだろうし、ざっと説明するぞ。このイコールというのが……」

「良いんですか? こういう場合、容疑者を情報から遮断して、供述を引き出すのがセオリーなのでは?」


 あまりにざっくばらんな対応に俺の方がついて行けない。

 ハミルトンさんと差しで向かい合っているわけでは無いんだけどな。


 詰め所もやはり外壁は、綺麗なものだ。

 それと対照的なのが、分厚い一枚板の無骨なテーブルと、散乱した丸椅子。

 何とも男所帯……


「別に容疑は掛かってないから。イコールがよろしくない状態になったのは“ナベツネ”がいなくなって以降だし、そこまでの“ナベツネ”は……強いていうなら、イコールが暴走することを()()()()()()()()()()離脱したことが怪しいといえば怪しい」

「それでは、何故俺の身柄を抑えに掛かったのですか?」


 話半分に聴きながら、当然の流れのままに言葉を返す。


 詰め所はなかなか広い。もしかしたら家一軒ぐらいの広さはあるのかもしれない。

 本物、模造、そのあたりが区別無く壁に立てられ掛け――あの、かかしみたいなのが打ち込み用の標的ターゲットか。


「それはもちろん、イコールが何をしでかしたかの説明をするためだよ」

「それならわざわざ、こんな場所に連れてこなくても――俺、暇といえば暇ですし」

「それは良いことを聞いた」


 “影向ようごう”に関して調べることは別に急ぎでも無いしな。

 そういう意味では、暇といえば暇、なのだが……


 今度はわかりやすく、周囲の状況を確認してみせる。

 詰め所は取調室では無い――つまり、ここにいるのはハミルトンさんと俺だけでは無く、他にも結構いるのだ。


 ハルミトンの背後に直立不動で、こちらを“睥睨”している2人。

 それに、各種武器を持って鍛錬に励む騎士団員……5人はいるな。死角にはそれ以上、控えていることも考えに入れるべきだろう。


 その面子が、全員無表情でこちらを観察している様子が窺えた。

 気になるのは女性もいることだが……俺が気にくわないという点では変わりは無いみたいだ。

 

「……別に袋だたきにしようとしてるわけじゃないんだ。それも無理っぽいし。だから――」

「“落とし所”ですね」

「協力してくれる気になってくれたかな?」

「元々、協力的ですよ俺は」

「確かに確かに」


 苦笑を浮かべながらハミルトンさんが応じる。

 だけど褐色の瞳が笑ってないんだよな。

 あの「普通な親父」の薫陶を受けている割に、なかなか手強(ゆか)いじゃないか。

 

「……では、そちらの考えている手順を踏みましょうか。ウェステリアさん……ええと、イコールさんでしたか、一体何をしたんです?」

「貴方が関わってないのは知っているが――本当に予想も付かない?」


 俺が“ナベツネ”であることは完全にバレている。

 それがバレたルートも予想が付く。


 ――と言う条件下であれば、知らぬ存ぜぬを通すよりも逆に“異世界こっち”の民度を非難した方が、目をそらせる事になるかも。

 俺はハミルトンさんを見つめながら、


「ご婦人に言い寄られたと勘違いして、王都の風紀を紊乱びんらんした」


 “正解”を言っておく。

 ハミルトンさんはそれに対して笑いながら応じた。


「惜しい。言い寄られたのは勘違いじゃ無い」

「ああ、そこまで行きましたか」

「うん。だからこれは――」

「倫理観の欠如を俺のせいにされても、如何ともしがたいですね」

「そうなんだ」


 ハミルトンさんが、物わかり良く頷いてみせる。

 だがしかし、それで収まらないのが人間の感情というものだろう。


 そこで俺は逆に煽ってみることにした。

 ハミルトンさんという男の真意を覗いてみたくもある。


「……それでランディは上手くかわしたんですか?」

「ああ、その点は心配することは無いよ。イコールは自分で勝手に講座を開き、乱痴気騒ぎを起こして収監された」


 “ランディ”の名前だけじゃ怯まないか。

 普通に関係者の名前だしな。

 あまり挑発にはならなかったが、最後に嫌味を追加しておこう。


「……俺の()()は守ったようですね」

「やっぱりイコールは信頼できなかった?」


「勘でしかありませんが。一点突破で、あの商売を軌道に乗せるためには必要な人材でしたが、長く付き合うには躊躇してしまう――そんな印象でした」

「問題は、それがわかっていながら強引に事を進めた理由だよ」

「そうですね……」


 ここまで直接的に言われてことで、改めて自分の動機を振り返ってみる。

 やり始めたのは、単なる思いつき。

 途中、投げ出しそうなったが、それでもやり終えたのは――


「……基本的に、この“世界”が嫌いなんでしょうね、俺は」


 気付けば、俺は言葉を放り投げていた。

 ハミルトンさんの表情に変化が現れた。その周囲の近衛騎士の面々にも意外そうな表情を浮かべているものが多い。


「……それは、この世界の人間が嫌い、と言うことか?」

「いえ。伝え聞く今回の事件で“人間”に関しては、むしろ好きになりましたよ。いや、あまりによく知っている“人間”らしくて、安心した、という感じですか」


 雰囲気まで変わっていたハミルトンさんがそこで黙り込んだ。

 その空白の時間のせいか、俺も気付いてしまう。

 

 俺にとって“人間らしい“という評価は、結局の所“大嫌い”だということになるな、ということに。

 好きだと言った、その理由を突き詰めれば、結局嫌いになる。

 つまるところ俺は自分の中の矛盾めいたものを見つけてしまったわけだ。


 ……やはり俺はボッチを愛する者。


 が、ここまで正直に口にすることもないだろう。

 この話題は打ち止めと言うことで、あとを続けておく。


「――しかし、基本的に俺は知り合いに頼まれて手を貸しただけです。この嫌いな世界がどういう風に俺のやり口を受け止めるのか? という興味もありましたが――まさかここまで極端な状態になるとは」

「それについては、黙って頷くしか無いね」


 ハミルトンさんの口調が戻った……か、仮面を被り直したのか。

 ま、確かに腹に一物抱えているような人間は好きかも知れない。

 こういう人物は、距離感間違えることは無いからな。


「それで、そういうわかりやすい“ご婦人”はともかくとして……」


 だがハミルトンさんには、他にも言いたいことがあったようだ。

 それに語尾を濁しているが流石にわかる。つまり、より強く問題視されているのは“腐った方”だったのか。


 しかし、これについても取るべき態度は変わらない。

 あくまで堂々と――だ。


「そういう“趣味”が、ある程度は受け入れられるだろうという目算はありましたよ」

「……だが、それが行き過ぎたのは――」

「ええ。こっちの“世界”の責任でしょうね」


 これについて、本音では俺にも責任の一端はあるような気がする。

 だが、それに対してどういう風に責任を取れば良いのかさっぱりわからない。

 ここは譲っておくか。どうにも終着点が見えた気もするし――これ予定調和とも言うな。


「――だけど、それでは収まらないでしょうね。聞けば近衛騎士の間に被害が出ていて、任務もままならないとか」

「そうなんだ」


「そこで感情を納得させ任務に復帰させるためにも、余計なことを目論んだ俺に罰を与えた、と言うような構図が欲しい」

「うんうん」

「……ま、良いでしょう」


 俺はそこで、いったん間を置く。

 ほとんど勘に近かったが思いついたことがあるのだ。

 それ確認するための問いかけは――こうだな。


「――それで俺が納得するとは流石に考えてはないでしょうけどね。そちらの“上”は」

「うん? 何のことかな?」


 笑みを浮かべたままのハミルトンさんから誤魔化すような答えが返ってきたが、この反応で自供したようなものだ。

 どうにもハミルトンさんの命令系統がよくわからなかったが、侯爵、ノラさん、というラインの他に、もう1本ラインを付け足せば、筋が通る――上手い具合にダブルミーイングっぽいが。


「それで、詰め所(ここ)まで連れてきたからには……」

「ああ。私と手合わせ願おう」


 そんな、朗らかに宣言するようなことだろうか。

 ハミルトンさんという男は性格に深刻な不具合を抱えているように思う。

 父親の寵愛を受けている中で、他の命令系統に乗り換えているのだ。


 何とも――


(――イイ性格じゃないか)


 俺は、笑みを抑えることが出来なかった。

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