追われて
ここは何処だ――?
――別に記憶が喪失したわけでは無いから、安心して欲しい。
単純に道に迷っただけだ。
現在よくわからない連中に追われている。
よくわからないというか、どうやら王都、及び王国の治安維持担当の職務に就いている方々のような気がする。
恐らく、近衛騎士――
そうなると思い出されるのが“例の騒動”だ。
思わせぶりに提案した、あの事態に対する俺のアイデアは、興味の対象を架空に振ってしまえ、ということで、ある意味原点回帰的な提案。
ノラさんはピンときてないようだが、俺もいまいちだと思っている。
まず、効果を発揮するまで時間がかかるだろうということ。
それに、成功したところで「生物」にこだわる層が消えたりはしないということ。
根治はもう不可能なのだ。
何とか付き合い方を覚えていくしか無い。
……架空に振ると言うことで、もしかしたら挿絵に携わっていた人物が異世界初の漫画化になる可能性もあるな。
――これがある程度は効果が出たのかどうなのか、あれ以降ノラさんからの接触は無い。
今日も王都は、気だるい雰囲気に包まれている。
一両日中には、ついにギンガレー伯がやってくるはずだが、別に緊張感が増したりもしている様子も無い。
ま、もともと俺自身がピンと来てはいなかったのだが。
……と、こっちもダメだな。
どれだけ人員を投入しているのか。
現在、商業区ではあるが一般住居層ではある。
ねぐらからは離れているが――職人街なので――無論、帰るわけにもいかない。
それと貧民街へは、特に厳重に封鎖されてるようだな。確かにあそこに潜り込まれたら、探すに探せないだろう。
だが、そもそも俺が“スイッチ”を入れてしまえば……
あの時の“本命”だったはずのノウミーでの調査報告。
一番気になっていた「鑑定:スキル」で俺を確認してしまったロランが、復帰できたのか否か。
これは無事、果たされたらしい。
あの事故……と言っても良いのかどうかわからないが、俺もスキルが使われた事を放置していた分、少しばかり寝覚めが悪かった。
俺に責任はまったくないと、理屈ではわかっても、そう簡単に割り切れないものだ。
それに王都で“影向“について調べてみれば――確認してみたいことも出てくる。
正確には“影向”では無くて、女神アティールの為人だ。
……神を名乗ってるのに為人とか、おかしな話だがもう構いはしない。
あいつはタダの馬鹿か――あるいは餓鬼か。
それでも神を自称するだけの権能は持っているのだろう。
追い詰めてキチンと話を付けるには、まだ足りない――せっかく身近に潜んでいるのに。
……というわけで“スイッチ”を入れて王都からの脱出にも、踏み切れない心境だ。
さて、どうやら俺は高級住宅街に誘導されているようだが、何が狙いだ?
近衛騎士が乗り出してきている――とするなら、やってることがおかしい。
“近衛”と言う以上、敵を王宮近くに誘い込むのは諸刃の剣だ。
しかし動員している人数から鑑みて、下っ端が動き出したという感じでも無い。
何より、ここまで組織だって動いている限り、ある程度の指揮系統が機能していることになる。
ということは……
(近衛騎士に所属しているという、リンカル侯の次男――たしかハルミトンという名だったか)
この辺が、一番怪しい――などと怪しさ満点のこの俺にいわれたくも無いだろう。
侯爵家の次男ということは、近衛騎士内部でもそれなりの役職に就いていることは間違いない。
それであれば、今の近衛騎士と思われる連中の動きにも府が落ちる。
それに何より、例の騒動の“被害者”は近衛騎士が主な被害者とも聞いている。
俺の存在を突き止めて、落とし前を付けに来た……割とありそうだな。
あらゆる法の上に、王族やら貴族がいるのだろうし……王族は無いか。
ただ、その場合――
(――リンカル侯からの呼び出し、となるはずなんだが)
そういった連絡はノラさんから入ってこない。
この件に関してノラさんは俺を利することはない――そもそも味方では無いから、こんな手間を掛けずとも、俺を呼び出して侯爵の前に引っ張り出すぐらいのことはするだろう。
この状態が即ち、ノラさんが関わっていないことの証明でもある。
であるのに侯爵の寵愛というか偏愛を受けているらしい、次男が出張ってきている。
侯爵の意を受けて動いているのなら、次男では無くて、ノラさん動かした方が簡単に済むはずだ。
どうやっても、筋が通らない。
(……ここが狙いか)
連中を避けながら、辿り着いた――誘い込まれた場所は、自然公園の一種と俺が思っていた場所。
リンカル侯爵邸を訪れた時に、通ったあの場所だ。
侯爵家の敷地では無い……ということなら、高級住宅街に住む連中の憩いの場所になっているのだろう。
空間の使い方も贅沢ということだ。
ねぐらを出て、トールタ神の教会に行こうとしてたところで異変を察知して――天を仰ぐ。
太陽は、そろそろ頂天にさしかかろうとしていた。
その日差しから逃げるために、大きな樹木の影に滑り込む。濃い緑の葉が、陽に透けて見事なグラディエーションを見せつけてくるが、それを堪能している場合でも無いだろう。
しかし、ここからどう動くのが正解だ?
このまま先の見えない籠城戦じみた――
ガション!!
間抜けた音が頭の中で響いた。
間違えるはずが無い――これは“スイッチ”の音だ。
(……コイツも俺の言うことを効かないか)
諦めと共に、何故それが起こったのか理由を探す。
――見つけた。
何か、としか言いようが無いが“それ”がこちらに近付いてきている。
俺の知識では“それ”は対象物との間に視線が通っていなければマズいはず――が、それよりも先に、何が近付いてきているのか確認する方が先か。
これは致命的な判断ミス。
……の割には、何だか余裕があるな。
近付いてくる“何か”が、葉をズタズタに切り裂きながら、こちらに迫ってきているのが見えるからだ。
(風関係の魔法か?)
躱せそうだが――何故躱せるんだ?
“魔法”までもが俺の壊れスキルにやられて調子が悪い。あるいは俺が絶好調で認識力が増大している――あるいはその両方か。
周囲視で確認してみたが、見える範囲に術者は発見できない。
そもそもルールが違うのか、俺が間抜けか……ま、後者だな。
となれば躱すしかないが、偶然にも木を背に出来た優位を捨てるか否か。
(――いや、木の向こう側から鎧通しとか突き出されてはたまらんか)
俺は木から離れて、風魔法を避けるべく一歩踏み出す――が、その魔法が分離、というか刺叉状に変化した。
ははあ、俺の捕獲が目的ではあるみたいだな。
こういう魔法に覚えは無いが、まず間違いないだろう。
が、まぁ……
風魔法の効果範囲から確実に脱出する。
……こんな風に躱せるしな。
だが、これは明確な敵対行動。王都に残ると決めた以上、やられっぱなしはマズいな。
剣を変化させる――いや相手は魔法。
つまり遠距離からの攻撃だ。そうとなればこちらも――
「止めだ! 誰が攻撃を許可したんだ!!?」
随分、大きくて、そして高い声だった。
男性の声に間違いないだろうが……声のした方を確認してみると、防具らしきものはブレストプレートだけ――といった感じの男がいた。
何しろ鈍色が浮きまくっているから印象が、ブレストプレートに引きずられてしまう。
ただ、そのインナーというべき衣服はなかなか派手目だ。
それに何より、いささか長めの髪も……正確に言えば赤みがかった金髪と言うべき何だろうが、これ「オレンジ」だな。
それと、やたらに眇められている褐色の瞳。
細面に尖った顔立ち。
多分、こいつがハミルトン……さんなのだろう……年の頃は20代半ばぐらいか。
「俺は近衛騎士団、第二大隊を預かるハミルトン。家名はわかっているんだろうがリンカルだ」
放たれたのは随分砕けた挨拶だった。
俺が挨拶を返そうとするが、それを制し、
「命令の徹底が出来ていなかったようで申し訳ない。その点は詫びさせてくれ」
いかにも殊勝そうだが、確実にハミルトン……さんが仕掛けさせたんだろう。
人気が無くなり、俺が壊れスキルを使っても周囲への影響が少ない場所での攻撃。
部下の暴走にしては、あまりに都合が良すぎる。
俺の壊れスキルに関して、威力偵察を行ったな。
だが“その点”?
「しかし貴方にも、少しばかりお話がある。ムラヤマ、ナベツネ――あるいはイチロー」
「俺の名前がわかっていないのに、拘束しようというんですか?」
そちらの不手際を責める感じで、俺はせいぜい憎らしく答えてやった。
少なくとも俺を強引に捕まえる方針は変換したのだろうし、このまま道理を盾に有利な状態を保ちたいところ。
この状況下で下手に出るのは……要するに癪に障る。
だがハルミトンさんは慌てず騒がず、言葉を継ぐ。
「――では取りあえず“ムラヤマ”で。王都ではそれが一番馴染みがあるようだ。そしてお話というのは、エンバック・イコールについてだ」
……――誰?




