デリュージョン・ハザード
「と、とにかく、説明お願いできますか?」
どうにも事態が飲み込めない。
ノラさんとの距離感も、掴めなくなって来たいる。
……思わず、言葉に乱れが。
ノラさんは――盗賊ギルドに所属している裏社会の住人。
俺は――“異邦人”であることを利用して煙に巻く鼻持ちならない人間。
……よし、これで仕切り直しだ。
だがノラさんのアイスブルーの瞳に浮かぶのは、間違いようも無い不審。
確かに、明け透けに要求してしまったからな。
仕切り直す前に、思わず漏れてしまった言葉が憎いが……いまさらどうしようもない。
「……僕は君こそが、この事態を画策していると踏んでいるんだけどね」
ノラさんも随分明け透けに来たな。
それはそれでやりやすくはなった気もするが、取りあえず当たり前に返しておこう。
「俺がですか? 何だってそんなことになるんです?」
「そもそも君は閣下に使嗾するつもりだっただろう?」
おお。
そう言えばそうだった。
しかし、そんなことを画策したとして、自分で制御できないことが確定している腐女子の方々の力を利用しようなんて、まさしく考えの埒外――その最たるものだ。
「無茶ですよ。確かにそういう思惑があって――今も継続中ですが、そんな中で何だって制御不能な“もの”を持ち込むんです?」
「制御不能……なのかい?」
やっとの事で、矛先が鈍った。
いやまぁ、かなりの部分が俺のやらかしたことのようにも思うし、侯爵に使嗾している、はスルーでいいのか? とかツッコミどころもあるけど、何が起きているのか本気でわからない。
この“わからない”を振りかざして、突破を謀るしか無いな。
「ええ。“向こうの世界”じゃ、とにかく巻き込まれてはかなわないとばかりに、遠巻きに見ることが賢明な判断とされていたんですから」
この辺り「腐女子」と「ゴキ腐リ」の差があまりないように感じる。
……あ、これ失敗な組み立て方だ。
まさに、今の俺の状態が“遠巻きに見ている”状態だものな。
今、王都で何が……あ。
「そもそも王都で何が起きてるんです? しばらく教会で片付けのために籠もってたのでさっぱりわからないって、説明しましたよね?」
そうだ。
俺には立派なアリバイがあったのだった。それに、ここは強気でいくと決めたはず。
俺はノラさんの答えを待つように、ひとまず順番を相手に明け渡してみた。
そのノラさんは、据わった目でジッとこちらを見つめてくる。
だがここで、言葉を重ねても仕方がない。ジタバタすればするほど怪しく見えるものだ。
俺はセブンスターを1本取り出して、長期戦の構え。
もっともこれぐらいでノラさんが俺を信用するとは思わないが、攻め手が無いのも事実だろう。
謂わば……会話における籠城戦みたいな感じになるな。
「…………確かに君は知らないみたいだね」
どうやら、攻め手の司令官は撤退の判断を下したらしい。
こういう場合の常套手段を……ええい、俺は“攻める”と決めたんだった。
籠城戦で、籠城側が乗り切った場合、当然追撃戦になる。
つまりこの場合は、
――「王都で何が起きているのか、しつこく確認する」
だな。
俺は、そのまま行動に移すことにいた。
「で、繰り返しますが何が起きてるのか、そろそろ教えて下さい」
「……本当に君は知らないのか?」
何ともしつこいな。
俺はイライラしていることを示すためにタバコをふかした。
ノラさんにも、その意図は伝わったのだろう。やがて、大きく溜息をつく。
「わかったよ……ご婦人方が、その講座をきっかけにして妙な趣味に目覚めた。ここまでは説明したね」
「ええ。それと、王都の安全が脅かされているとも――正直、何故この二つが繋がるのか、まったく見当が付きません。もしかしたら、まったく別の現象を混ぜてしまっているのでは?」
今、思いついた対案だが、これでノラさんの注意が、俺からそれれば御の字だ。
こういう風に、可能性を探っていくのは迷宮に挑む事に似ている気もするな。
「いや――それはないな。その2つは間違いなく繋がっている」
「それは確かな筋からの報告で?」
「報告と言えば、報告なんだが……実際に僕は“証拠”を確認したんだ」
証拠?
「……この事態を裏付ける証拠があるんですか? 実際の――えーっと、被害者みたいな人と接触したわけでは無く?」
「被害者がいることはわかるのかい?」
「これは“向こうの世界”での知識に照らし合わせただけですよ。言葉の選択が難しくて……そうですね。憤慨する者が多く出現した? ……しかしこれでは被害者とは言いませんね」
相変わらずノラさんの追求は厳しいが、この辺りは自然に対応するだけで大丈夫だろう。
未だに事態がよくわからない――証拠ってなんだ?
「なるほど、君が持っている知識は確かに有用みたいだね。我々の世界でも似たような事態が起こりつつある……いや、もう起こってしまっているんだろうね」
「ノラさん、ここで出し惜しみしても仕方ないですよ。“証拠”って何のことですか?」
「……会誌のことだよ」
俺は眉を潜める。
それはつまり「鋼の疾風」及びもしかしたらウェステリアさんも含めてのアレコレを妄想した会誌のことだろう?
それが何故、国の安全を揺るがすことになる?
やはり繋がらない。
「ノラさん、わかりませんよ。講座について――」
「“それ”だけじゃないんだ」
え?
講座だけじゃ無いって……ことは……………まさか……
戦慄が走ると同時に、脂汗が吹き出す。
まさか連中、「生物」に手を出したのか!?
……いや、元々生物には間違いないから――ええ? この事態を説明できる単語が俺の知識の中に無いよ!
ネット! ネットプリーズ!
何でも教えてくれるグローバル・ブレイン(立花隆感)プリーズ!
いや、待て。
この事態の名前がわかったところで、何がどうなるというのか?
間違いなくこれは、目の前にある危機!
大事なことは名称を知ることでは無く、如何に対処するか――なのだが……
「何が起こっているのか、理解してくれたようだね」
何だか勝ち誇ったようにノラさんが薄く笑みを浮かべている。
わかる。
笑うしか無い事態だものなこれは。
「餌食になったのは、騎士団ですか? 詳しくは知りませんが近衛騎士団がいると……」
「……餌食――ああ、流石に“異邦人”だね。適切な表現だよそれは。まさに餌食だね、あれは」
妙なことで褒められたものだ。
とにかく正解に辿り着いたらしい。
心情的なあれやこれやを無視して、事態の把握につとめると――
「――例の講座で、新たな趣味を獲得したご婦人の一部が、妄想を講座の関係者以外にも広げた」
「そう」
俺の“確認”にノラさんが付き合ってくれるらしい。
「その餌食として目を付けられたのが、基本的に男の集団である近衛騎士団。もしかすると講座を聴きに来ていたご婦人の中に、騎士団の幹部クラスの連れ合いがいた? もしかしたら娘さんもいた?」
「概ね合っている」
ここで「腐男子」を持ち出すとややこしいのだ当たり前にオミットだ。
……現状で、十分ややこしいのに。
「そういった趣味をまとめた会誌が……もしかしてすでに存在してます?」
「しているね」
「ノラさんはそれを“証拠”だと考えていると言うことは……」
「………」
「それを、本人が目にしたんですね? それで身近な女性の餌食にされたと知って……」
「怒ってくれれば、話は簡単だ――いや、マシと言った方が良いのかも」
「マシ……ですか?」
「それで喧嘩になった方が、手を入れやすい。これが怒る気力も湧かなくなって、ぼんやりとするばかりになると……」
うわぁ……最後まで聞かずとも、何となく予想が付く。
若い奴なら引き籠もりが発生するだけですむが、家族持ちがこの状態になったら下手すると家庭崩壊まであり得るぞ。
で、俺の記憶が確かなら――
「――だが、ご婦人方は事態の解決に協力してくれないんですね?」
「やはり……君がやらかしたんじゃ無いのか? 例の講座関係者に、どうも君としか思えない人物も関わっているらしいし」
「ですから“こっちの世界”でパターンを当てはめているだけですってば。その状態になった、女性はどうにもなりません――ノラさんが取り込まれなくて助かりましたよ」
「僕は……そうだね。まったく迷惑だとしか」
「女性ということで画一的な対処は難しい、ということですね」
さて、どうしたものか。
面倒になったから王都から出ていく……というのも。少し首をひねる。
実際問題、俺が迷惑しているというと、そんなことも無いしな。
ノラさんは確実に怒っているようだが――はて? 彼女は何を怒っているのだろう?
ま、取りあえず対処法を提示してみるか。
対処というか、これ以上被害を拡散させないために……
「……俺のアイデア、必要ですか?」
「……それ沈静させるためのアイデア、ということで良いんだよね?」
あ、やっぱり面倒かもしれない。




