傾国の趣味
間違って貰いたくないのは、俺は“腐女子”の方々を尊敬している部分があると言うことだ。
それが、NHKの特集番組の影響下にある事は認めよう。
しかしながら、それを是とした場合、知っている現象にかなり説明が付く。
で、それを元にして、一応説明しなければなるまい。
まず“腐女子”という名称というか蔑称は、彼女達が自称した、ということである。
つまり、彼女たちは自らの嗜好趣味を恥じる部分が根っ子にあったわけだ。
その時の特集によると――
「ああ、子供達は“彼”の活躍を見て心をときめかせているのに、自分はどうしてこんなことを妄想してしまうのか。どうして止めることが出来ないのか」
――という自責の念があるらしい。
これで彼女たちを責めるのは酷というものだろう。
個人の趣味は何ら責めるべき事柄では無いし、そもそもそれ言い出したら男の妄想の方がもっとヤバい。
つまり、大切なのは自制する心だと思う。
それが腐女子の方々にはしっかりとあった。
今までネットサーフィンしててもよくわからなかった/の意味がわかった時、大げさでも何でも無く、心が震えた気がしたものだ。
そうまでして隠し通している中で、彼女たちが繰り広げる想像の極致。
これはもう“敬して遠ざける”しか無いのでは――「遠ざける」の意味に別のベクトルが加わっていたとしても。
このように息を潜めて生息していた彼女たち。
その心胆を寒からしめたのは、周囲からの無理解ではなかった。
元より彼女たちは、周囲からの理解を求めてはいなかった――で、あるのに彼女たちの一派の中に、とんでもない連中が出現したのだ。
いや、連中と腐女子の方々を混ぜてしまうのは、そもそも無茶が過ぎる。
何しろ、この一派は自制をまったくしないのだから。
――「自分たちは趣味は趣味として楽しんでいるだけ。何を恥ずべき事があろうか!」
この台詞だけ取ってみると、確かに抑圧から解放された人々の主張のようにも見える。
しかし、この連中は忘れている。
もともと、その趣味とは人間社会の中で抑圧されて然るべき代物だったと言うことを。
趣味の大元に“少年漫画”に近しいものが存在する限り、本来のターゲットに配慮した楽しみ方を忘れてはいけなかったのだ。
だが、この時「腐女子」と“傍若無人の何か”を区別することは難しかった。
何しろ、名称を分けることも出来ない。
そして後に“傍若無人の何か”には「ゴキ腐リ」たる名称が授けられる。
いまいち普及しているとは言い難いが、この現象が発生した時に、自制を旨とし趣味を楽しみ尽くす一派「腐女子」の存在が確定したのではないかと、俺は思っている。
だがしかし――
俺の行った実験は二つ。
男性の同性愛を観賞して想像して楽しむ嗜好がこの“異世界”の女性達にも備わっているか?
どうも、これはあるような気がする。
そもそも男性同士の同性愛的嗜好は、随分昔からあるわけで、戦国期、江戸時代の日本なんかまだ歴史が浅い気もする。中世ヨーロッパの騎士にもありそうな気がする。さらにさらに古代ギリシャとかもう。
……という具合なので、そもそもが女性の長い歴史の中で、
「同性愛を鑑賞する」
という行為が発生したのも宜なるべき事柄では無いか。
女性の地位が低い時代においては、あるいはそうやって楽しむことが精神的自衛手段になっていたのではないか? ……などと俺は勝手に“想像”している。
つまり、
――「ホモが嫌いな女子なんかいません!」
とは、長い歴史に因って裏付けされた真理の一端に触れている可能性がある。
そしてさすがは“真理”と言うべきか“異世界”の女性達にも備わっているらしい。
歴史的にどうなんだ? は疑問の残るところだが、実はこれについても、ある“想像”に因って突破が可能だ。
……問題は遺伝子レベルで組み込まれているのかと思うと、暗澹たる気分に苛まれることだな。
それに、女性が須く、同性愛を好むというのも、やはり乱暴だと思う。
――比較的好む層が多い、というぐらいでどうだろうか?
実地検証としては、あの最初の講座でいきなり気絶者多数な状態に陥ったことが“異世界”でも、好む層が多い、ということは証明されたと思う。
俺は「鋼の疾風」の連中に、それっぽい仕草と、意味深な絡み――肩に手を置いて、振り返りつつ耳元で囁くとか――を指示しただけなんだが、やはり効果はあったようだ。
運ばれるご婦人を見ながら、
(これ、フラコン・ド・セルでキャラクター商品売ったらぼろ儲けじゃね?)
と思ったことは、内緒にしていただきたい。
で、もう一つの目的はなにかと言うと、
――腐女子という自制を心がける層が存在しないままに、この嗜好を愛でるフォーマットを放り込んだらどうなるのか?
である。
こっちの方が“実験”っぽくはあるな。
男性アイドルに黄色い声援を送る未来図は割と確信があった。
ただ、そういう方面に誘導したとして、どのぐらい社会――通信インフラがさほど発展していないと仮定するなら王都限定で――に影響は与えるのか?
全く想定も出来なったから、実験らしいと言えば、やはりこっちかな?
ただ元の世界でも、自制をまったくわきまえていない「ゴキ腐リ」どもがどれほど、はた迷惑な存在だったのかは、間違いないところ。
あまりロクなことにはならないだろうな、とは一応考えていた。
……改めて考えてみると、一種のテロ行為のような気もする。
ただ、ノラさんが苦悶している原因がまさに「ゴキ腐リの氾濫」によるものであった場合――早すぎる、とは思うんだよな。
いや……こういう時の女性達のパワーは、まったく侮れないからな。
しかし同人媒体が何も無い状態から、一体どうやって……漫画も無いんだよな……女性パワーってやはり侮れんなぁ……タバコ欲しいなぁ……
――とやってばかりもいられないので、返答しなくてはなるまい。
「――有り体に言って、それは男性同士の性交について妄想を巡らせる――ということでしょうか?」
ノラさんの口がへの字に曲がる。
いや、ここまで来て隠語で会話をすることに、何ら益が見いだせないのだが。
互いに“恥じらい”など見せ合うような関係性でも無し。
「……まぁ、そうだね」
ノラさんが不承不承、肯定した。
だが、即座に立て直してきた。
「すぐに思い当たると言うことは、やはり……?」
「そうなりますね」
俺は、躊躇せずに肯定。
逆にこちらから切り込んでみる。
「でもそれは所詮、妄想でしょう? 何ら深刻な影響があるとは思えませんが?」
「しかし君は男性でありながら、そういう影響があることを知っているじゃないか?」
切り替えされた。
さて、どこまでどう答えるべきか。
少し首をひねり考える。
……やはり、媒体の乏しさを上げるのが無難か。
頭の中で“おさらい”していた「腐女子」と「ゴキ腐リ」の違いを説明するのは、どう考えても無謀だし。
「……それは娯楽に対する成熟度の違いですよ。“向こうの世界”では、同じ趣味嗜好を持つご婦人方の間で会誌……のようなものがありましてその存在と意味を知っていれば推測は可能です――これが成熟なのかはどうかはともかく」
本当に“成熟”なのかは論議を待ちたいところだ。
「――あるんだ」
突如顔を背けながら、ノラさんがボソリと呟く。
「はい?」
「会誌のようなものは存在しているんだ。彼女たちの妄想を形にしたものだね。時には挿絵が添えられており、それがまったく法外な価格で取引されている」
「…………」
二の句が継げないとはこのことか。
何か十段飛ばしぐらいの勢いで、ある文化が駆け上がりつつ――いや駆け下りつつあるのか?
それはともかく、えらいことになっている。
だが――
「……それはそれで新たな経済活動の一端になるのでは? ため込むより使った方が景気は良くなるでしょう?」
という言い訳も出来るんだよな。
この辺、概ね通り過ぎてきた感はある。
「――景気は確かに良くなるかも知れない」
ノラさんが、俺のお為ごかしに律儀に答えを返してきた。
方向性は確かに合っているよな、と確認しつつ俺も鷹揚に頷いた。
そしてノラさんは、こう告げる。
「でもそれは“国が安全である”という前提があってこそだ――違うかい?」
――え?
それってつまり、現在、国の安全が脅かされているってこと?
話の流れ的に、彼女たちの趣味嗜好が国を滅ぼしかねないってこと?
――え?
ノラさんの言葉を上手く処理出来ない。目の前にはノラさんの疲れたような笑み。
これはどういう種類の危機なんだ?




