アイドル考
アイドルとは何か――
――という感じで、いきなり「情熱○陸」始めたいわけでは無い。
ただ、俺も多少は情報を開示しようと思い立ったわけだ。
何しろノラさんが、ここまでして事態を説明するのだ。
ここであまりすげなくしていると、逆に恨まれそうな気配も感じるし。
元より“コメント”は求められている。
その立場を大いに利用と考えたのだが……それ以前の問題があるんだよな。
「アイドル……いや、それは劇場や舞台にいるものじゃないのかい?」
う……うん? 何となく通じている気がする。
問題は“アイドル”という言葉が、どう翻訳されるか、だったんだよな。
ここで教会の聖印持ち出されて、
「“偶像”がどうかしたかい?」
みたいなことになったら、想像するだけで冷や汗が出てくる。
とにかく、アイドルとはショービジネスに関わる職業だ、という認識はあるらしい。
俺は説明を続ける。
「ノラさんの仰っていることも間違ってはいないんです。ただ、アイドルには色んな形があるんですよ――ま、あくまで俺の“こっちの世界”を元にした話ですが」
俺はわざとらしくなっても、釘を刺すことを優先した。
ノラさんに、では無くて、自分に釘を刺す意味で。
「もちろん。言われるまでも無いよ」
ノラさんが微笑みと共に応じる。
俺は肩をすくめながら、先を続けた。
「アイドルってものは、ノラさんが仰るように普通は舞台の上にいる役者なり何なりで、到底簡単に手が届くものでは無かったんです……これで、伝わってますか?」
「ああ、大丈夫」
今度はノラさんが、聞き手側に回っている。
何だか釈然としないが、これは仕方がないのだろう……多分。
「……が、この距離を縮めて売り出すという手法が出てきました。ある程度の決まりはありますが、そういったアイドルと直接会話できる、などというのが“売り”ですね」
「それは……」
ノラさんが何やら難しい顔をしている。
この間に、確認しておこう。
「ところで、その商売に携わっている面子――お客さんの前に顔を出す面子と言うことですね。この面子に女性はいるんでしょうか?」
「いや、いないね」
おっと即答。
なるほど、ランディ一党はそっちには手を広げてないのか――それにしてもノラさんの反応、少しおかしくないか?
ま、とにかく話し始めたんだ。
プランの通り、先を続けよう。
「となると、俺の“コメント”がどこまで役に立つのかわからなくなってきましたね。俺は女性によるアイドルの形について話しているので」
「いや今のところ、その差はあまりないように思うね」
「そうですか? もっとも“向こうの世界”でも、起源は男性だったような気がしてるんですが」
「……どういうことかな?」
「それほど確認したわけでは無いですが、こちらでも“旅芸人”という感じの職業、存在しているようですね」
「ああ」
「俺の世界でも、やっぱり存在してるんですよ。で、あまり大きな劇場は公演できない。そうするとまぁ、役者と客の距離が近い近い」
「……なるほど。大体見えてきたよ」
やはり、盗賊ギルドって興行主とかにもなったりするのだろうか?
とにかく、理解が早くて助かる。
俺が元にしているのは秋葉原で“秋”の付く人が立ち上げた企画。
しばらくは、もの凄いことしてるな、と思ったが、さらに大元は大衆演劇にあるんじゃ無いかと俺は思っている。
即物的な話で申し訳ないが、TVで見ている限り、大衆演劇の舞台って、マジで札が飛び交っている。
そういうものを含めて観劇の楽しみ方、みたいな形になっているのが見事。
で、それを元にして直接現金が飛び交わないように再構築したのが秋葉原の舞台――ではないか、というのが俺の解釈。
で、その解釈を元にして、距離が近いところで自分をお姫様扱いしてくれる若い男性、みたいなコンセプトで組み立ててみたわけだ。
――ウェステリアさん?
あれは、あくまで賑やかしとして呼んだだけで、俺の本命は「鋼の疾風」の方だったんだよな。
ウェステリアさんは“講座”という建前を形成するために必要不可欠であったことは間違いないが、決してアイドル枠では無い。
何というか……良く出来た舞台装置?
最終的には、ニッチな層に極めて深く愛されそうなキャラになった気もするが、それは俺の関知するところでは無い。
「しかし、どうにも……」
俺のコメントについて“見えてきた”と答えたノラさんが、すぐさま前言を翻すような言葉を継いでくる。
今日はどうにもらしくない、と思ったが、俺もそれほどノラさんを知っているわけではないしな。
あるいは、そう見せかけることで言質を取ろうとしてるのかも知れない。
もっとも、それならそれでこちらのやることは一つだ。
「――どうやらお役に立てなかったようだ」
こんな風に撤退すれば良いことだ。
むしろ、外れているとノラさんが思ってくれた方が助かるな。
「いやいや――すまない、混乱させてしまったようだ。君の説明で確かに見えてくる部分もあるのだが、どうにも納得しがたい部分があってね」
「……何かありますか?」
言葉の選択に少し悩んだが、この場で会話を打ち切ろうとしても、追いすがってくる可能性が高いと踏んだ。だとすれば、少しでも恩が売れそうな言葉を選んでおく。
「つまり、警備に回っている面子が事実上のアイドルである、というこになるよね」
「俺の経験を当て嵌めるのなら」
「それならそれで……」
またノラさんが言い淀む。
ははあ、ノラさんが引っかかっているのは“あれ”かな?
「……もう少し、見栄えのする姿形の者に熱中するもじゃないのかな?」
ビンゴ、だな。
しかし、これって性差があるものだと思っていたが、単純に個人の感想に帰するものなのかもしれない。
あるいはノラさんの嗜好が男っぽいとか……いつもは男装だしな。
案外これが本当に原因だったりして。
さて、俺はどういう反応を返すべきか。
「……ノラさんには申し訳ない推測になりますが」
「僕に?」
結局、ノラさんには“自分には計り知れない現象”と納得して貰った方が得だと判断する。
「――その点に関しては“女性”という存在は、そういうもの、ということで」
この俺の悟りきった台詞に、ノラさんがフリーズする。
仕方あるまい。
せっかくドレス姿であるのに、俺が真っ向からノラさんの“女性”を否定しているんだからな。
だが、ここで慰めの言葉を並べても仕方あるまい。
むしろ俺も“被害者”側に滑り込もう。
「“向こうの世界”でも男性アイドルの集団がありまして。その集団で、興行をうったりしてるんですね……ノラさん? 大丈夫ですか?」
「あ、ああ。それで?」
なかなか復帰しないので、思わず声を掛けてしまった。
どうにも今日は意外な一面ばかりを見る――あるいは、こちらの方が素に近いという可能性もある。
どちらにしろ、そろそろ潮時だろう。
報告を受け取ったら、会うこと自体を出るだけ避けることにするか。
「……で、そのアイドル1人1人にファンが付いているわけです。興業をうつ前提があるわけですから、全員見目麗しい――ものだと思うんですが」
「違うのかい?」
「ここは、あえて断言しておきましょうか――違うんです。どう考えても、見た目が劣っているとしか思えない面子が、この集団の中にいる。しかしながら女性達は、変わらぬ声援を、こういった面子にも送り続ける。最初は何かの病気の一種かと考えていましたが、とんでもない」
「何だか、怖くなってきたね」
「その通りなんです。その見た目が劣っていると思っていたアイドルが年を経ることによって、外見的にも実に見事な趣を見せるようになるんですよ。俺は感心を通り越して恐ろしくなりましたよ――女性の先を見る目というものに」
「…………」
またも黙り込むノラさん。
しかしこれも、個人の感想に過ぎないのだ。ひたすら美形を追うパターンももちろんありだろう。
ま、それはともかくこの辺で締めだな。
「……というぐらいが私の“コメント”になりますね」
「ありがとう。大変参考になったよ」
ランディ達の方で頑張ってくれたおかげで、上手い具合に齟齬が生じているっぽいのも助けになったな。
割と明け透けに説明した感じもするが、実際には“部外者”という立場を失わずに済んだ気がする。
その後、いよいよ報告者が出てくるのかと思ったが、何故か雑談を開始するノラさん。
それによると「鋼の疾風」では、前髪枠のショーンが一番人気という話も聞いた。
(割とベタだな)
と思ったが、俺は容姿を知らないことになっているから、その態で受け答えもすることは忘れない。
あるいは未だに、俺のミスを待っているのか?
それならそれで――
「……報告も無いようですし、俺はこの辺で――」
「すまない」
言い出した途端に、ノラさんのがいきなり謝ってきた。
俺は眉を潜める。
「しかし報告は……」
「君の言う“アイドル”が女性達に妙な“嗜好”を発生させたりはしないのかな?」
突如、ノラさんが言葉で追いすがってきた。
流石に俺も目を剥く。
「……もちろん“異邦人”としてのコメントが欲しい」
そして、苦しそうにフォロー。
これはやはり実験成功――いや、失敗になるのかな?




