いばらが待っている
「ええと、つまり『よく似合っていますよ』とかそういう感じですか?」
こういう朴念仁テンプレって“異世界”にも存在するのかはわからない。
だが、ノラさんのアシンメトリーをスルーするには、テンプレを活用するのが都合が良いように思えた。
で、実際ドレスは“どう”なのかというと……うん、微妙かな?
だが、俺にその手のセンスがないことは間違いない事なので、もしかしたら評価が高かったりするのかも知れない。
この辺は本当に未知の領域だ。
「そういう、当たり障りの無い褒め言葉を期待したわけでも無いし、そういう状況でも無いだろう?」
「そう言われましても。そういう欲求があるのならば、具体的にしていただかないと」
「問題は“ココ”だね」
案の定と言うべきか。
ノラさんは自らのドレスの右肩を指し示した。
「はぁ、ちょっと攻めたデザインですね」
「……それだけかい?」
「他には何とも言いようが無いですよ。俺は“異邦人”なんですから。こっちの流行について、あれこれ文句を言う筋合いもありませんし、つもりもありません」
「だが“攻めている”とは感じた」
「ええ。元いた世界でもそういう感じのデザイン見かけることありましたよ。ただ俺は、あまり好みでは無かったので。でも、そういうデザインがまた賞賛されたりしてましたから、俺はセンスがないんでしょうね」
「……ここで君の手を取って、振り回したくなるね」
あ、ノラさんも同意見なんだ。
だが、そんなことを言われてしまうと、ツッコまざるを得ない。
「……自分でも気に入っていないドレスを来てるんですか?」
「この格好の方が話をする時に便利だと思ったからさ」
即座に答えが返ってきたが、それは嘘だろうと推測される。
俺が動揺させる目論見もあったに違いないのだから――その方が綺麗に事象が繋がる。
それをノラさんが、自らの発言によって逆カウンターを食ったことを認めてしまった。
――これはチャンスじゃ無いか?
「――そう言えば、髪色も変えてますね」
「これは何のことは無いよ。ウィッグを混ぜ込んでいるだけだ。ドレスを急いで用意させたもので……」
ノラさんの言葉が止まる。
そして、ニヤリと笑った。
「……ちょっと惜しかったけど、これもサービスとしておこうか」
「何のことなのかわかりませんね」
俺は笑いながら、堂々と誤魔化した。
ま、こちらもサービスの一環だ。髪色の変化についての情報は助かったからな。
感謝の意を示すためにも、見え見えで否定したというわけだ。
しかしウィッグとはな。
そういうものが“異世界”にあるとは思わなかった。
あると知っていても、それを使う発想が出てきたかどうか。
「そちらもサービスしてくれると助かるんだけどね」
「自分でやらかしたことで、相手に恩を売るんですか?」
「常套手段だろ」
そうかもしれないな。
だが、それを自ら言ってしまうとろが……面白い。
そう感じてしまった俺の負けだなこれは。見ればノラさんも笑っている。
お互いが、お互いの腹芸大会が煩わしくなっていたのだろう。
だからといって、何もかも明け透けに出来るものでは無いが、もう少し譲歩した方がスムーズに行きそうだ。
「で……こちらの話を続けても良いかい?」
「ええ。俺の役目はそれを聞いて思うところを述べれば良いんですね」
無駄なやり取りはしない。
ノラさんもあっさり頷くと、話を始めた――
さて、どこから驚くべきかな。
かなり予想外の事態になっていることは、先に記しておく。
俺なんかタバコの消費量が格段に上がってしまったもの。
とにかく順番に行こう。
ノラさんの説明も最初のウチは当たり前に“ランディの商売”から始まった。
俺もこの辺りは余裕でタバコを吹かしている。
もちろんこの段階からおかしな所があるんだけどね。
「鋼の疾風」とか、ウェステリアさんについては言及されてるんだけど、ランディの名前が出てこない。
が、取りあえずここはスルーで。
ノラさんの書いている図面が見えないことには、下手なことは言えない。
せっかく向こうから話をしてくれているのだから、せいぜいカウンターを狙わして貰おう――
――と考えた時期が俺にもありました。
つまり話が先に進めばヤバくなるんだが、とにかく順番通りに行こう。
最初の講座は“大成功”で終わったらしい。
ノラさんは嫌味のつもりなのか、やけにこの商売を褒めそやすが、こちらとしては苦い記憶しか無い。
とにかく、評判としては誰も損をしない商売の形が生み出された――ということらしい。
……金を出した聴衆は損をしてるんじゃないかと思うが、これは間違いなく見解の相違という奴だろう。
で――
俺が離脱して以降だ。
次の講座が行われたのが、何と2日後。
つまり準備期間僅かに1日だけ。
いや、これはまだ何とかなる。
俺が組み立てたフォーマットそのまま使えばいいわけだし、ウェステリアさんも何だかやる気十分だった。「鋼の疾風」も、元はお人好しの集団だ。
割と簡単に2度目の開催は可能だろう。
問題は場所だ。
何と屋外。それも高級住宅街にある自然公園と見間違う緑も深き森の中。
良く管理できたものだと思うが、どうも商工会議所が本気になって乗り出したらしい。
――自分達の儲けはどうした?
と、危うくツッコみそうになったが、これがまた成功したらしい。
これで完全にプロジェクトは俺の手から離れたんだな……と詠嘆して良いものかどうか。
だが――これはこれで成功したんだよな?
元の話は……ああ、女性が大変みたいなことだったはず。
ここから、どうなるんだ? と黙ってタバコを吹かしていたら、さらに驚きの展開が待っていた。
何と翌日には商工会議所で、別の講師による講座が開催されたらしい。
早すぎる、と思ったが確かに有効な手だ――と認めざるを得ない。
別の講師によるラインを作って、順繰りに回していけば聴衆は熱を冷ます余裕も与えてもらえない。
しかも、単純に多く講座の機会を増やせるだけでは無いんだよな。
それぞれのラインで固定客が付いてしまうと、自然とほかのラインのファンと競い合うことになる。
競い合うための武器は、つまり“金”だ。
如何に貢ぐかが勝負になる。
こうなれば、あと勝手に雪だるま式に金が膨らんでいくばかりになる……かも知れないが、もう一度言おう。
――早すぎる。
これはまったく読めなかったぞ。
早回しで事を進めることは可能だろう。
ランディの資金力。すでに勝手がわかっている「鋼の疾風」を手本にして増殖させる。
ウェステリアさんはなかなか逸材だと思うが、人と人の間にコネを作ることで存在意義を示す商工会議所がバックに付いているから別の講師をあてがうことも出来るだろう。
俺が関わり続けたのなら、次の講師には商工会議所に紹介させる一手だったし。
それに、その商工会議所経由でやって来た、実力も未知数なまま置いてきたロデリック氏。
彼があきれかえるほどに仕事が出来る人であるなら、早回しをするだけの要素は揃っている。
……揃ってはいるがしかし、やっていることは“客商売”に変わりは無いのだ。
いくら準備が出来ても受け手側が反応してくれなければ、一人相撲の極致になる。
観客が1桁のライブとかな。
いや、最初のウチはそういうものなのだろう。どんなに成功を収めたコンテンツでも、最初のウチはそういう下積み期間が必ずあるはず。
……だがランディ達は、そういった期間が全く無い。
こうなると、もう受け手側に原因を求めるしか無いのだろう。
つまり、メインターゲットだと俺が目していたご婦人方が、まるで白いシーツの上で血を流したかのように、一気に染まってしまった。
……あるいは“沼”にハマってしまった。
王都に住まうご婦人方が、耐性が全く無いことも手伝って、一気呵成に!
「……というわけで、ざっくりではあるけれどこれが今起こっていることだよ」
ノラさんの説明が一段落を迎えたようだ。
“一段落”だと俺が判断しているのは、驚くべき事にまだ不穏な空気が感じられないからだ。
ただ上手く回っている商売の話を聞かされただけ、だものな。
盗賊ギルドとして、儲け話に噛みつきたい……というなら俺に話を振ってきても筋違いすぎる。
そこで、
(基本はウェステリアさん絡みの尋問かな?)
と、あたりを付けておいた。
俺が心構えしている間に、ノラさんは、すっかり冷めたであろう紅茶で喉を潤している。
俺も吸い殻を携帯灰皿に放り込んでおこう。これ以上、タバコ咥えたままでいるのは危ない。
「……それで、この辺りで“異邦人”としてのコメントをいただけるかな? 流石に話疲れてしまった」
「そうですね……これは“アイドル”ですね」
――斯くして俺は自分の“ギャグ”を解説するという業火の道を征く事を選んだのであった。




