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韜晦の果てに

 ――なぜ、この地区にいるのか?


 この疑問に対して、俺には隠す必要のない真っ当な理由がある。


 ……何しろ真っ当すぎて、俺のもう一つの狙いを綺麗に覆い隠してしまうほどだ。


 そのため、ノラさんのこの問いかけにも余裕を持って応じることが出来た。

 むしろ、その逆。


 こうまであからさまにノラさんが心情を見せてくる事の方が違和感。

 俺の知らぬところで、何か退っ引きならない事態が生じている……いや、まさかな。

 

北東地区ここにトールタ神の教会があるからです」


 とりあえず、真っ当すぎる方で堂々と回答してみる。

 真っ当じゃ無い方をさらすつもりも無いんだけどね。


「教会? トールタ神の?」

「ええ。聖堂での調査がちょっと頭打ちで。そこで別角度からの資料を見つけて比較してみようかと。アティール女神だろうが、トールタ神だろうが、神は神。共通点、あるいは相違点を比べてみれば気付くものもあるかと思いましてね」

 

 北東地区にトールタ神の教会がある事は真実。

 ここ3日あまり、俺がその教会に通い詰めであることも真実。

 そして実際、俺がトールタ神を比較対象として捉えていることも――また真実。


 本当のことばかりで、まさに金甌無欠きんおうむけつ

 ……ただ、その瓶の中に見せたくないことを隠してるんだなこれが。


「へえ……ちょっと面白いね」 


 言いながらドレス姿のノラさんが、庭のポーチへと俺をいざなった。

 どうやら、いったんは納得して見せる……ことにしてくれたらしい。


 そのまま、ポーチの下に設置されている木製の簡素な椅子を勧められる。カントリー風味と言うべきか。

 そのイスに合わせたラウンドテーブルは、真白に塗装されている。


 ここで食う飯……とまでは言わないが、珈琲なんかさぞ気持ちよく味わえるだろうな。

 ただ敵のふところでお茶など貰うわけにもいかない――最低限の礼儀はわきまえているつもりだ。


 俺とノラさんはほとんど同時に腰掛け、そのままの流れで俺はセブンスター(セッタ)を取り出した。

 珈琲がダメなら、せめてタバコだ。


「――で、その比較はどんな具合だい?」

「それがですね」


 俺はもったいぶるように、一服ふかして携帯灰皿に灰を落とした。


「……ここの教会、資料の整理整頓が苦手らしくて――というか最初から整理するつもりが無いんだと思いますね。適当に書庫に放り込んでいるだけ」

「ああ……それはそうかもしれない」


「ま、基本的には布教活動の報告書なんですけどね。せめて年代ごとにまとめて欲しいものです。ただ――」

「ただ?」

「ちらっと目を通しただけですが、なかなか面白そうですよ」


 ちなみに片付けが必要なことも、面白いものを見つけたことも本当。

 まるで自分のことを正直者と錯覚しそうな勢いだ。


「それは……教えてくれないんだね」

「今日のアティール女神の“影向ようごう”の報告があれば、もしかしたら話すこともあるでしょうね。俺もしっかり確認したわけじゃありませんし」

「うん。それには期待させて貰おう。僕が聞いた報告では、こちらもなかなか面白かった」


 当然のことながら検閲はされている――と。


 だが、それでも直接報告者を俺に会わせようとしている所は、なかなか真摯な姿勢と言えるだろう。

 そもそも俺が欲しがっている情報が、ノラさんにとって価値があるとも思えないしな。

 ノラさんも純粋に好奇心に突き動かされいるのかも知れない。


 しかしそれならそれで段取りが悪すぎる。報告者はもう出てきても良いタイミングだ。

 それをここまで引っ張っているからには、俺に情報を渡すことよりも、情報を引き出すことをノラさんは優先させたらしい。

 

 さて、どうするか……


 俺はタバコを燻らせる。

 もちろん、このまま蹴飛ばして帰る選択肢もありはありだ。


 だが、その場合――カケフ・ムラヤマは今回の事態に関与している可能性あり――と“痛い”腹を探られる可能性がある。

 しかし……俺がランディ絡みでやったことって、そんなに大事になるだろうか?


 表面だけ見れば“良いこと”しかしていない――自分で言うのも小っ恥ずかしいが。

 う~ん、どういう態度で臨めば良いのか、さっぱり正解がわからない。

 基本姿勢としては、


 ――「知らぬ存ぜぬ。白状する流れなれば“自分らしくない”から恥ずかしかった」


 で行くとするか。


 ……俺の実験が妙なことになっている可能性は――無いだろうな。


 まだ5日ほどしか経っていないし。

 いくら何でも行動力ありすぎだ。

 してみると、ノラさんは何を……ええい。思考が堂々巡りする。


「……それで報告の他に何かあるんですね?」


 と、いうわけで真っ正面から切り込んでみた。

 

「わかるかい?」


 ノラさんが、あっさりと認めた。

 だがそこから、ノラさんの言葉が止まってしまった。


 ふむ。


 あるいは真っ正面から切り込んだことが、最適解だったのかもしれない。

 俺が何やら言葉を重ねたら、その懐に潜り込むだったのか、あるいはそこまで考えていなかったのか。

 何にしても珍しい事態だ。


 ……よほどのイレギュラーが起こっている?


 もちろん、そんな王都せけんの動きなんて、俺は知りようが無い。

 ここ数日、トールタ神の教会に詰めていたしな。


「……よし、こうしよう。僕が今から――そうだな、ある現象を語る」

「現象?」


 何だかおかしなことを言い始めたぞ。

 思わずオウム返しにしてしまったが、ここで疑問が出てくる。


「それで、俺はどういう“立場”で聞いていれば良いんですか?」

「聞くだけじゃなく、コメントも欲しい――“異邦人”としての意見と言うべきかな」


 ……取りあえず眉を潜めておく。

 何にしても思い当たることなど無い、という姿勢は大事だ。

 ついでに“いつもの”調子で返しておこう。


「あまり関わりたくないんですが」


 ノラさんの表情に、僅かなラグを見る。


 実際、何が起きてるんだ? これについては確認したい気持ちもあるのだが……ああ、ここで俺が食いついてくるとノラさんは想定していたのかも知れないな。  


「……確かに呼び出しておいて、この状態では君が怒るのもわかる……怒ってるんだよね?」

「どちらかと言えば。ただ、珍しい状況だと面白がっているのも本当です」

「うん――僕も感情の選択に迷っているところだ」

 

 そう言うとノラさんは席を立って、いきなり家の中に入っていった。

 そしてすぐに、ティーセットを持ってくる。

 もちろんカップは1客だけ。


 ノラさんはポットから紅茶を注ぎ、自分で呷り始めた――こういうのも手酌というべきなんだろうか?

 一応、アルコールっぽい匂いは漂ってこないな。


 俺も、じっくりとセブンスター(セッタ)を燻らせ、ノラさんの復帰を待つ。

 ここで席を蹴らないところで、俺の意志を示したことにもなるしな。


「……とにかく女性達が、ちょっとマズいんだ」


 その言葉で、ノラさんがいきなり始めたが、それでも尚、歯切れが悪い。

 本当にノラさんらしくない。

 自身が女性であることは忘れているのか?


「それって、女性全般なんですか? ノラさん自身も?」

「ああ……すまない。王都でも影響力のあるご婦人方がマズい。ただ、どうもこれが拡散の気配を見せていてね」

「病気か何かですか?」


 辛うじて俺は言葉を発することに成功する。

 だが、少し食い気味になってしまった 

 この場面では、多少の間が必要だと思われるのに。確実にミスった。


 ――ヤバい。


 もしかしなくてもこれはヤバいのかも知れない。

 俺の“実験”はすでに暴れ始めている?


「……いや病気では無いんだが、もしかするともっとマズいかも知れないんだ」


 幸いなことにノラさんは、俺のミスを見逃してくれたようだ。

 自分の語ろうとしている事の摩訶不思議さに、整理が付いていないのかも知れない。

 そんなこと不可能だと思うがな――経験済みの俺でさえ、よくわからないもの。

 

「――こうなったら、全部話して下さいよ。スキルについてはサービスもしてくれたし、こちらからもサービスします」

「……それなら、まず僕の格好を見て気付くことは無いかな?」


 まるで俺を誘い込んだかのように、ノラさんはいきなり切り込んで来た。

 まるで“後の先”はたまた“釣り野伏せ”か。


 ……などと思考を逸らしている場合じゃ無いな。


 何しろノラさんのドレス、右肩から右腕の先まで若草色とは違う布地で拵えられている。

 初夏に見られる、濃い夏の葉のような緑色の生地で。

 つまり、このデザインを総括的に見ると――


 ――アシンメトリーだ。

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