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悪事千里を走る

 王都、北東部――


 以前にも触れたが、王都は南東の方向に拡大していった経緯がある。

 そういった経緯を頭に入れて、歴史の針を逆回しさせれば、この北東部がいつの間にか喧噪から切り離された区画になっていったことも想像できるだろう。


 しかし寂れたわけでは無い。


 時の止まった、などと表現すれば風情がありすぎる感じもするが、丁寧な開発によって整備された街並みは、そのままの形で時を重ね、古色を滲ませる。

 高級住宅街程の絢爛さは無いが、真っ当に生きてきた住人がついの棲家として、この北東区画の一画に、居を求めるのも納得だ。


 もちろん、人が生活していることは変わりが無い。

 食料品店、雑貨店、服屋、酒屋、等々……

 その全てが、老舗の佇まいを見せているのは、見事と言うべきか、時に取り残された、と皮肉を感じるべきか。


 そういった店舗の一つに「竜胆と猫」亭がある。

 宿屋では無い。

 ここは珈琲コーヒー専門の店。珈琲豆の販売が専門だが、店舗の軒先には「試飲」の名目で、喫茶出来るスペースがあるのだ。


 昼食を摂るために街中にさまよい出た俺が、この店に出会えたのは幸運だったと言い切っても良いだろう。


 普通であれば、出会うことが無かった店だ。

 ねぐらから持ってきたサンドイッチ、急な雨、持ち込みにOKを出した店主の優しさ。

 これらの要素が揃わなければ、俺はすぐに存在を忘れていただろう。

 

 今や俺は“ボッチである事”という生活信条も忘れて、3日連続でこの店に通い詰めだ。


 珈琲が特別旨いわけではない――そもそも俺には珈琲の善し悪しなんかわかりはしない。


 ただ、この店の軒先に座っていると、北東区画の“侘び”のようなものが感じられ……つまり俺は。この雰囲気と珈琲をブレンドした風味を愛しているのだろう。

 ……ガラにもない事を考えてしまった。


 いや、たまには良いだろう。

 大騒ぎからも遠ざかることが出来――


「――探したぞ」


 ――ませんか。そうですか。

 

 溜息をつきたくなる心境だが、これはワガママだろうな。


 何しろ声を掛けてきた相手は、ノラさんの配下――要するに雨の中、俺を「猪亭」に案内した男だ。

 人の名前は覚えなくても良いけど、顔は覚える。


 これ、ボッチの心得だろうな。


 余計なトラブルからいち早く逃げ出すためには、知った顔からは逃げる。ここが肝要なところだ。

 が、今回の場合はノラさんにお願いしていた情報収集に付いての進捗か――そろそろ調査完了、といったところだろう。


「……行くか」

「ああ」


 相変わらず、返事が短くて助かる。


 あの時は、雨が降っていたから外套で覆われていたが、今は……教科書に載せたいほどに普通だな。

 肩からカバンも吊していて、職種がわからないが、とにかく仕事をしている、という態も見事。


 仕事を頼むなら、こういう人物にしたい――ひいてはそれを配下にしているノラさんの評価も上がるというものだ。

 さて、そのノラさんからは、どんな報告がもたらせるか。

 期待してもバチは当たるまい。


 「猪亭」――正式名は未だに知らない――までには結構距離がある。

 何処かで辻馬車でも拾うのだろうか、と漠然と想像していたら、結局北東区画から出ることはなかった。


 何もアジトにしてる場所があそこだけとは限らないし、俺の思考に“紛れ”を起こせさせる必要もあるだろう。


 しかしこれは……


 THE・民家


 ……にしか見えないな。


 北東区画だけあって、家の壁面には蔦が絡みついたりしていて雰囲気たっぷりだが――うん、やっぱり民家だ。

 外から見える情報だけで、推測を重ねてみると……


 時にはアフタヌーンティーをいただいたり出来るような、白いポーチ付きの庭。

 さほど広くは無く、それだけに隅々まで住人の目が行き届いている、手作り感が溢れている。


 さっきも言ったが蔦がベージュ色の壁を飾り、その大きさは……諸々含めて3部屋+LDKといったところだろうか。もちろん2階もあるな。


 北東区画には見事に溶け込んでいるが……それだけにマズい気がする。

 生活するには十分だが、これが盗賊ギルドの息の掛かった住居としてはどうだろう――そういった疑問がどうしてもつきまとう。


 こんな風な普通の住居に、よくわからない職業の連中が出入り……もしかして表稼業をギルドの構成員のほとんどが持っているのか?

 “異世界”と言うことで、そういう胡乱な人物達がいるのは当たり前だと思っていたが、これが安易だったのかも知れない。


 ものの本によれば、


「あそこの床屋の親父、構成員マフィアだから」


 なんて話もあったそうだしな。


 もちろん幹部ともなれば、そうも言っていられないだろうが――


「――ようこそ」


 その幹部ノラさんが迎えてくれたわけだが。


 声が同じなのでノラさんに間違いないのだが――何と女装してる。いや、女装はおかしいか。

 若草色のドレスに、ブルネットの髪を結い上げていた。


 “黒髪”で“ショート”なはずのノラさんが、出来るはずの無い髪型。

 いや髪型はともかく、髪色。


 どうにかして誤魔化す方法があったのか。


 伺ってみたいところだが、こちらから取引に出せる情報が……ない事も無い。

 それに髪のことに以上に、()()()()()()()()()部分がある。


 何としてでも“注目しない”事に気を付けなければ。


 そうやって考えを巡らせると、この北東区画において俺を呼び出したことに、ノラさんの思惑が窺えてきた。

 こうなるとむしろ、髪色の変化に言及した方が良いのかも知れない。

 流石になかなか仕掛けてくるな、ノラさん。


「それでは」

「うん。ご苦労様」


 案内してくれた男は、またも短く告げ去って行った。

 あれ? 御用聞きの出入りの商人、みたいな建前があるんじゃ無いのか?


 何か、ここに来て疑問点ばかりが増えていくな。

 しかし、それを安易に尋ねるのも……


「さて、今日の呼び出しの見当は?」

「ギンガレー領から情報がもたらされた。その報告」


 ここは悩む必要がない。

 むしろ言い淀む方が危険だ。

 俺がどんな情報を欲しているのか、そして、その優先順位まで計られる可能性もある。


「うん。正解だ――こちらに報告者を呼んでいる」


 その言い方に心の中だけで首を傾げた。


 時刻合わせをしていない?


 下手をすれば、依頼者の俺を待たせることになる。

 それなのに、そういう隙を見せたことは……


 俺に対して尋問を行うという宣言であるのか。


 はたまた、


 俺が抱えているであろう疑問に答える準備があるという意思表示なのか。


 そしてもちろん、その両方と言う選択肢もあるだろう。

 つまりアウトボクシングで情報をやり取りするのでは無く、双方被弾覚悟で詰めて情報交換しようではないか、みたいな意図がそこから見えてくる。

 

「そうでしたか。それなら庭のポーチにしましょう。どうにも家の中に連れ込まれるとイヤな予感がしますし」

「用心深くて何よりだ。お茶は……いらないか」

「タバコは大丈夫ですか?」

「無論」


 ここまではいつも通り。

 さて、そちらの意図を受けて立つと言わんばかりにジャブでも打ってみるか。


「――しかし大丈夫なんですか? 俺みたいな不審者が出入りなんかして」

「ああ、そんなこと気にしてたのかい?」


 あからさまに揶揄したような口調でノラさんが応じる。

 今度は、俺も意識的に首を傾げた。


 この北東地区での振る舞いについて、ノラさんが重要視していないのなら伺っておきたいところだ。

 しばらく、この地区に通うことになりそうだしな。

 俺がこの地区に通っている理由は明確なものがあるし、開示しても惜しくは無い。

 

「君はこの地区の住人達についてはどういう風に考えてるんだい?」

「静かな環境を欲する、中産階級の……リタイア組でしょうか? ご年配の方々をお見かけしますし」


 ――リタイアって、どう訳されるんだろうな?


 再起不能リタイアでは無いだろうし、引退リタイアぐらいが穏当だと思われる。

 俺の想いに翻訳スキルも応えてくれたらしく、ノラさんは俺の回答に深く頷いた。


「うん。流石にその辺りは合っている。問題は何からリタイアしたのか? という部分なんだ」

「ああ」


 これは気付かなかった俺が迂闊だった。

 表舞台から姿を消す――リタイアをこういう風に捉えるならば、北東地区の住人は裏舞台に回った人達。

 その中には、未だ尚強い影響力を保ったままの人物もいるだろう。


 とある商会、とある職人の大親方――かつての盗賊ギルドの顔役。

 ……そういう人達が北東地区ここには住んでいる。


 だからこそ得体の知れない人物が出入りしていても、隣近所は皆観て見ぬふりを心がけている。

 俺は、深く頷いて納得したことをノラさんに示した。

 だがノラさんの話はそれで終わらなかった。


「――で、そういう地区に君が顔を出しているのは何故なんだい?」


 あれ……?

 ひょっとして、すでに尋問モード?

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