離脱
――ようやくのことで、この時が来た。
時刻は午後8時といったところだろうか。
ランディが“ガワ”だけ拵えていた、例の店舗の奥で俺とランディは今日の講義の締めを行い、ようやくのことで終わりが見えてきたのだ。
改めて思い返してみると……ここに入ったの初めてだな。
当たり前に、さほど大きくない。
多分、売り場面積は10m四方ぐらいじゃないだろうか。奥に諸々とあるが、そこまで覗き込む気力は無い。
俺たちは売り場の板の間――フローリングといえばそうなるんだろうけど――にベタリと座り込んで、その中央に銀貨を積み上げていた。
経費に関しては、ことごとくランディの懐から出したので、
銀貨1枚×参加者217名=銀貨217枚
という至極簡単な計算の末、弾き出された数字と、今手ずから数えた銀貨の枚数が一致したところだ。
ちゃんと俺とランディで、それぞれ数えている。
商工会議所で、色々書類仕事は終わらせているし、これで本当に――終わりのはずだ。
「……これが僕らが稼いだお金か」
ランディが積み上がった銀貨を見ながら、ぼそっと呟いた。
これは粗利だ、とかのツッコミは止めておく。
そこから説明する気力が無い。
金銭関係は終わりだが、いくつか言っておくことがあるからだ。
別に言わなくても良いような気もするが、そこまでやり終えて、俺としては風呂敷をたためた気分になれる。
つまり、俺の精神衛生上必要なことだ……と、納得しておこう。
「けど、僕何もしなかったような……」
「そういうもんだ。金を1番儲けるのは金が集まってくる“システム”を作った人間だからな。そのシステムが動き出したら、考案者は得てして一番暇なもんだ」
「でも僕は何も考え出さなかった……」
「俺もそうだ。俺の世界でやっている事をこっちに持ち込んだだけだ。それも酷く中途半端な代物を。こっちでは前例がない事を良いことに」
別に、それで後ろめたく思ったりはしないけどな。
むしろ“ふぁっしょん”なんかに絡んだ方が俺としては心が痛い。
それにここで反省会開くつもりは無いし、ランディの愚痴に付き合うのもここまでだ。
「さっきから、何となくは話していたが1度まとめるぞ。いいか?」
「う、うん」
「まずウェステリアさんについてはしばらく利用出来るだろう。お前もその気なら、適当にあしらっておけ。俺としてはウェステリアさん1人に頼らず、他に講座が出来そうな人捜した方が良いと思うが」
謂わば所属タレント的に、ウェステリアさんと契約を結ぶやり方だ。
で、タレントと認識してしまえば、これは複数所属していた方が商売の幅が広がるのも自明の理。
しかしランディはピンときてない様子だ。
「……ウェステリアさんだけじゃダメなのかい?」
「しばらくはダメでも何でもお世話になるしか無いからな。他の人が見つかるまで。商工会議所に話を持ちかけるにしてもウェステリアさんが講座を行う、が前提条件になるだろうし」
「じゃあ、ウェステリアさんで良いんじゃないかな?」
確かにタレント1人で成立している事務所もある。
だからウェステリアさん1本で行くやり方も、ありと言えばありだろう。
だが――
俺はジッとランディを見つめる。
うん、後がどうなっても俺の責任じゃ無い。忠告もしたしな。
俺の精神衛生的にも、放置がベターだろう。
「……ランディがそれで良いのなら、好きにやってくれ。細かいところはロデリック氏と相談でな」
「う、うん」
「で、『鋼の疾風』だが、これはよくわからん。元が冒険者だからな。そっちが本業だと考えてる連中に、この仕事が向いているのかどうか……だがギルドとは密にしておけば――」
「『鋼の疾風』は無理でも、他のパーティーを紹介してくるんだね」
俺は黙って頷いた。
今のランディならこれぐらいは思い至るだろう。
「ま、しばらくは実績を積まなきゃならんから、なれてる『鋼の疾風』に金を詰んで協力して貰った方が良いかもしれないな。ああ、この点でもロデリック氏が頼りになるかも知れない。ギルドに所属してるし」
それについてはランディも同じ立場なのだが、言及はしない。
そのランディが黙り込んでいるウチに、俺は先を続けた。
「前にも話したけど、これは弱小パーティーを救う手段になり得る。下手するとギルドの方が乗っ取りかけてくる可能性すらあるぞ。こっちの商売が軌道に乗り始めたらな。続けるつもりなら、主導権を渡すなよ」
具体的にどうすれば良いのかは、考えてない。
単純に思いつく方法と言えば、商工会議所とさらに親密に、講義が出来る人材の確保、それに講義専門の集客場の建設……ぐらいか。
全部、本気になったら冒険者ギルドの方が上手くやりそうだが、先にこういったフォーマットが出来ていれば、自分たちで1からやるよりは、ありものを利用するだろう。
あるいは、勝手にやらせて上手くいったら利用する――ぐらいのスタンスになるか。
どちらにしろ積極的に動いていかないと、つまはじきになるな。
……もう、どうでも良いんだが。
「それで……」
「ちょっと待ってよ。カケフは? カケフはどうするんだい?」
「俺は終いだ」
俺は、簡単に答える。
くそ、話す順序が変わってしまった。
「な、何でだい? こんなに上手く行ったのに……いや、上手く行ったのもカケフがいたからこそ――」
「ランディ、俺を抱き込みたかったら順番間違えたな」
「じゅ、順番?」
「事が成功裏に……いや上手く行かなくても、先に報酬で俺を縛り付けておけば良かった。お前ここまで、その手の話まったくしなかっただろ」
「だって、それは……それは……」
そこから先は言葉に詰まるだろう。
そう予測していたから、俺から何も言わなかった。
この安全弁だけは確保していたからな。
「これも俺が最後に言い残す、心構えの1つだ。相手の親切に頼るな。絶対に相手の働きに対して代価を支払え」
別に商法みたいなものがあるとは思わないが、この心構えは法の効力より前に、人の社会で生きている以上、必ず効いてくる。
「そ、そんなこと先に……」
「俺は割と見せてきたつもりだが? ケプロン氏相手にした時とかな。もっとも俺に金を払っていたからって、俺がこのままお前の企みに加わり続ける未来は無かった。単純に、そういうことになってたんだよランディ。俺はここで手を引く」
「僕の……企みって?」
俺は眉を潜める。
こいつ、本気で見失ってるのか?
「ギンガレー伯に取り入る。それが狙いだっただろう?」
俺が改めてそう告げると、まるで棒でも飲み込んだような表情になった。
こいつ、この「講演会でウハウハ丸儲けシステム」にしっかり丸め込まれてやがる。
俺は改めて積み上がった銀貨を見やった。
ランディを少しばかり弁護するなら、別に積み上がった銀貨に心を奪われたわけでは無いのだろう。
恐らくは自分の仕事が形になったことが嬉しくて仕方がなかったに違いない。
途中で、何だか目を見張るような反応も見せるようになったし。
で、今のところ不幸になった人にも心当たりが無い。
これを誇るな、と言う方が無理な話だろう。
俺がランディの保護者なら、手放しで喜ぶところだが――残念、俺はボッチだ。
「この商売で、お前は“成功している商人”になった。これで王都の有力者とのコネも作りやすくなった。このコネがギンガレー伯に取り入るための材料だ」
「……………」
ランディは無言のまま。
俺は構わず続ける。
「そしてついでに、ギンガレー伯に頼れ。冒険者ギルドで会ったような、頭の中身がずれた連中を力尽くで黙らせるための背景になってもらえるように懇願するんだ。これはお前の背景に他の貴族が付いていないことの証明にもなるし、相手に良い形でゴマをすることにもなる」
――これ以上は、もうどうにもならん。
俺はセブンスターを引き抜きながら、立ち上がった。
そんな俺を座り込んだままのランディが見上げる。
俺は、構わずジッポーで点火。
深々と一服する。
ああ、旨い……
そしてすぐに携帯灰皿に放り込んだ。
これ以上、板の間で吸うわけにも、ナベツネのままで吸うわけにもいかない。
だが、おかげでイライラが収まった。
それにようやく、この件から手を引ける――1人に戻れる。
「――じゃあなランディ。ここまで乗ってくれてありがとよ。一応、ここから先の段取りはさっき説明したとおり。ま、ここから先は、お前の好きにやってくれ」
ランディは尚も動かない。
話そうともしない。
それでも覚醒状態のランディなら何か言ってくるかと思ったが――あるいは覚醒しているからこそ、言葉が継げないのかも知れないな。
気持ちを先に出す、かつてのランディ的な部分があれば……とにかく、これはこれで都合が良いか。
俺はこの店の前で言った言葉にオチをつけることにする。
「……俺の“話”はここまでだ」
俺の言葉になおもランディは応えず――そのまま俺は店をあとにした。