「もう、どーにでもなーれ!」
こういう言葉がある。
――「後は野となれ山となれ」
わざわざ言うまでも無く、あまり良くない意味合いを持つ……あれ、ことわざで良いのかな?
この言葉から感じる印象は無責任の極致。
強引にまとめると、他罰的な印象。
「俺は悪くねぇ!」
という、感じだろうか。
それはともかく、こんなの言葉もある。
――「もう、どーにでもなーれ」
これって、良くない意味合いだと感じてしまう先に、哀れさを誘う。
一生懸命頑張ったが、もうどうにもならなくなった。
そこで、そんな状況をせめて明るく表現しているという自虐的なニュアンス。
ほとんど同じ意味だと思うのだが、この違いはどこから?
そんなことは純文学が好きな人にやって貰おう――そもそも純文学好きは「もう、どーにでもなーれ」を知らないか。
つまり肝心なのは、今の俺の心境にはどちらの表現が相応しいかということ。
バタン!
再び大会議室の扉が開け放たれた。
そして、開かれた扉から商工会議所の職員2人がかりで気絶したご婦人を運んでいく。
……本当に気絶するんだ――という驚きの感情も乾いてしまった。
開きっぱなしの扉からは、ノリにノっているウェステリアさんの今にも裏返りそうな声が聞こえてくる。
これはもはや……
もう、どーにでもなーれ!
□
前日はとにかく、自分たちで決めたスケジュール通りに事が進んだと思う。
ウェステリアさんは、講座の準備。
「鋼の疾風」は商工会議所で準備とゲネプロ。
……このゲネプロに、ウェステリアさんに参加して貰うように手配できなかったのが、始まりと言えば始まりなんだろうな。
しかし俺にとっては、基本が“講演会”だもの。
有名人呼んできて、適当に語らせて聞いてる人間が何となくわかった気になって、気持ちよくなる感じ。
あれって、よっぽど素直じゃ無いと受け入れられないよな。
人の意見が1つあったら、必ず逆の意見も聞きたくなる俺にとっては、一方的に人の主張聞くだけなんて拷問にしか思えないもの。
そういう意味では討論会……ま、封建制では無理な話だな。
つまり俺にとってウェステリアさんは、
――講演会で喋るだけ
という基本姿勢があったわけだ。
それはもちろん、ウェステリアさんの個性に期待もしていたし、俺にはよくわからない服飾センスがあることも承知の上だ。
だが、何もかも“初めて”の事であることも事実。
喋るだけで一杯一杯。だから他の要素でフォローしてみせる――後になって考えてみると、色々裏目に出てるなぁ。
今日の講座は午後2時から。
そこから逆算して合わせて「鋼の疾風」の面々は午前10時に集合。
ウェステリアさんは、昼食の後に合流という手筈だったが、ここから大きく狂いだした。
いや時間的には、何も問題は無い。
その前の正装に身を固めた「鋼の疾風」を見たウェステリアさんの反応。
これが、どうも――予想外に過ぎた。
忸怩ながら俺がプロデュースした形になっている「鋼の疾風」の正装。
あの、
――身体の末端部分を大きくする。
という例のアレね。
俺にとってはコスプレの一種ぐらいの認識だったが、ウェステリアさんは一目見るなり叫んだ。
「な! なんだこれは!!?」
まるで、腹を拳銃で撃たれたかのような絶叫。
確かにスケジュールの兼ね合いで、ウェステリアさんが「鋼の疾風」の正装姿を見るのは、初めてだったがこれほど衝撃を受けるものかね?
そこからウェステリアさんは興奮状態で、何やらブツブツ言い続けて完全に“危ない人”モードに。
――で、だ。
実はまだあるんだよなぁ。
これは俺が悪いのかも知れんが、ウェステリアさんにも手を加えてしまった。
あの姫カット。アレを見た時から何となく思っていたことを、この際だからと実行してみた。
本人に手を加えれば客観性を回復するかも……いや、これは言い訳だな。
要するに、あの長髪姫カットをポニーテールに髪を結わえてみた。
ついでに一張羅であろう服を、アシンメトリーに着崩してみる。そして裏地が見える部分に適当な布をあてがう。何かアーガイル的な柄の布があったので――多分ハンカチ――それを利用して。
髪をアップにすると、俺の感覚ではウェステリアさんの男振りが上がったような気がする。
そしてそれは、ある程度の「共通認識」と呼んでも差し支えの無いものだったらしい。
今度は――「鋼の疾風」の面々が覚醒した。
俺のプロデュースした出で立ちに戸惑い気味――当たり前の反応――だった4人の目がいきなり据わった。
ウェステリアさんの繰り言の相手をしていたのも、かなり影響したのだろう。
いきなり、
――「俺たちのやるべき事とは、こうだ!」
と、いきなり見栄を意識した動きがキレキレになる。
この段階で、彼らは完全に俺の手を離れていった――これ、良い言葉っぽいが、この状況で使うと完全に無責任極まりない台詞だな。
で、俺は受付と集金を行う大会議室近くの部屋――控え室代わり――で待機して講座を待っていたわけだが……
「こ、これは凄いですよ! ナベツネさん!」
実際に受付に座っていたロデリック氏が、扉の影に隠れて金勘定していた俺に、興奮したまま話しかけてくる。
ロデリック氏は、商工会議所の商会でランディの秘書候補だ。
ダークブラウンの髪に深い青色の眼差し。
引き締まった身体に、びしっと緋色のジャケットを中心とした衣服に身を包んでいる。
印象的には、切れ長の瞳も相まって、童顔――なのだろう――のランディとは好対照に思える。
経歴には、~~商会、~~商店、~~会、など名前が並んでいたが、わかるはずも無い。
紹介してくれたケプロン氏の弁によると、彼は冒険者ギルドにも登録しており、時折“どうしても”ということで冒険に出てしまうらしい。
一種の放浪癖だな。
それでも優秀らしく、この派手な経歴が出来上がったというわけだ。
人格面についてはケプロン氏が保証してくれたが……
「彼はいなくなる時に、必ず断りを入れてから居なくなりますから」
と自信満々に告げてくるのには正直頭を抱えた。
だから、どうした!
……レベルの信頼の置き方だが、これぐらいでも“異世界”じゃ珍しいんだろうな。
それに俺がどうこうと言うよりも、問題はランディの意志である。
そのランディは、俺がロデリック氏の経歴を確認して、こう告げた。
「冒険者ギルドにも繋ぎが出来るんなら有り難いんじゃ無いかな?」
……本当に何を食べたんだろうか?
ランディは会場にも、控え室にもおらず、2階で次の講座に向けての打ち合わせに出ている。
具体的な話をしているわけではなく、一種の親睦会だなアレは。
この商売は、やはり発展させるべきだ、と商工会議所全体でも結論に至ったのだろう。
間違いなく、熱気はあるようだが……これって成功なのかな?
いずれにしても、
――The show must go on!
……って奴なんだろう。英語的なことわざでは。
使いどころは間違いないと思うのだが、意味は知らない。
なんだ? ええと……ショーは行くべきだ? う~ん、わからん。
日本語怪しい人間に外国語なんか覚えさせるなよ。日本の教育制度。どうせまもなくスマホが何とかするだろうしな。
で、扉の影でごそごそやりながら、とりとめの無いこと考えていたわけだが……遅くないか?
予定では、1時間半から2時間で終わるはず。
あまり遅くなると、ご婦人方の帰還にいささか問題が生じてくる。
この“ナベツネ”の姿をさらして、いやむしろこれによって水を差すつもりで強引に止めに入っても――
バァン!
何だ、また貧血か?
と、覗き込むと「鋼の疾風」が扉を開けて、ご婦人方をお見送りの構え。
4人並んで、恭しく礼をしている――うん、確かに俺が指示したし段取りの通りなんだが、間違ってる気がしてきたな。そもそも警備なんて事はまったく考えてなかったが、それでもだ。
「鋼の疾風」は何故か、帰って行くご婦人方と秋波を交わし合っている。
いやまぁ、一応狙い通りではあるんだが……それにギリギリ時間通りでもあるし。
大会議室の奥では、ウェステリアさんがポニーテールが乱れたままの状態で、歓談に応じている。
うん、これもまた成功なんだろう。
講座の内容が有意義かどうかも、確かにどうでも良いことだったから、間違ってないはずだ。ウェステリアさんに人気が出るのも、良い傾向のはず。
どこが気にくわないのか自分でもよくわからない。
何もかも理屈通りで、賭けの部分も良い方向へとハンドルは切れている。
しかし、どうにも据わりが悪いのだ。
かと言って、これをスッキリさせる方法もわからない。手掛かりもわからない。
これに加えて“実験”についても、成果が出始めたら……
これはアレだな。
もう一度、この言葉に頼るしか無いな。
そう――
「もう、どーにでもなーれ!」
――ああ、本当にこれを大声で唱えることが出来るなら。