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×の恐怖

 ノラさんの話を聞けば、当然考えつくことはある。

 つまり――


 ――何のためにヒロト・タカハシは異世界に放り出されたのか?


 で、ある。


 逆算してみると“大密林”を巡る既得権益を整理して、王国に安定をもたらす――これがヒロト・タカハシに期待されていた事だったのでは無いか?

 当の本人は納得してないようだが……当たり前か。


 この“納得しない”は神も織り込み済みのようで、“異邦人”には先払いで報酬が与えられている。

 もっともこれが、そのまま“異邦人”の目をそらすミスリードになっているのが、上手いというか、極悪と言うべきか。

 それはさておき、俺。


 神はどういう意図で俺を放り出したのか?

 どうも推測していくと、王家再興ではないだろうか……とも思える。


 一応、その方向に進まないように、あれこれやってみてはいるが――ここでも“影向ようごう”が引っかかってくる。

 神は、これを行うことで、かなり積極的に介入することも可能だからだ。


 俺が一向に神の望む方向に行かないので、修正に取りかかった。

 壊れスキルに関しては、どうも手出しが出来ないようだ。

 出来るならとうの昔に“直して”いるだろう。


 となると……


 俺は顔を動かさずに、周囲視だけで確認。

 ランディ。ウェステリアさん。そして「鋼の疾風」のコーネル、ショーン、ワーニー、ビルツ。


 6人。

 男ばっかり6人。


 いや「鋼の疾風」の面子に関しては、俺の希望もあったが、男ばっかり6人――ケプロン氏まで入れてしまえば7人。

 コーネルとケプロン氏が当日の準備の段取りとかの話をしているのは、実に喜ばしいが男ばっかり7人。


 ――この7人の中に、メイルやアニカのような存在が居るとするなら?


 ここまで想像が及んだ時、俺の背筋に冷たいものが流れる。

 これはちょっと――いや、心胆寒からしめる恐怖だ。


 女性に反応しなかったから“そう”に違いない――などと神が勘違いをしていたら?

 神……つまり女神アティール……女神……要するに女子か……


 ――「ホ○が嫌いな女子なんかいません!」


 くそっ!!


 確実に思い出してはいけない言葉を思い出してしまったぞ。

 とにかく冷静になれ……まだ何も始まってないぞ俺。


 まず、俺が“そういう目”でこいつらを見ることは無いわけだし、能動的な行動については気を付けていけば良い。

 日頃、ボッチを貫くために研鑽を積んでいるからな。

 これからも気を付けていけば大丈夫だ……大丈夫なはずだ。


 受動的な部分に関しては……どうしようも無いな。

 正直、そういった趣味の方と接触したことが無い。

 想像するると、何が何だか仕組みがよくわからないが、この中の誰かが俺に好意を……あ!


「ど、どうかされましたかな!? ナベツネ殿」


 その通り!

 今の俺は“ナベツネ”だった。

 ナベツネが人から好かれるとか、そんな現象、物理的にあり得ない!

 

 この真理に至り、思わず身じろぎしてケプロン氏を驚かせてしまった。


「失礼。どうかお気になさらぬよう。こちらの采配の見事さにただただ感服するばかりです」


 これは、文意がまったく繋がっていないが、下手に出ていれば相手が勝手に良いように捉える法則。

 誤魔化すのに、なかなか有効だ。

 実際には自分の想像に恐怖してまったく聞いてなかったが、ここでコンボを繋げよう。


「――ついては、段取りなど書面にしていただけませんか? こちらも改めて具体的なリハーサル案を検討したく思いますので」

「もっともですな。先ほど具体的な提案を下さったこともありますし、こちらでも詰めてみます」


 はい、時間を取り戻す作業完了。

 商工会議所側は、こちらの提案について僅かな修正で応じることが出来るようで、夕刻には用意できると自信満々の構えだ。


 こちらは自信もなにも手応えを感じるような経験すら積んでいないので、唯々諾々と従うだけ。

 取りあえずウェステリアさんにはすぐに引き上げて貰って、講義の準備をお願いする。


 本業に差し支え……ええい、そこまで心配していられるか。

 いい大人なんだし、何とかするのだろう。


 「鋼の疾風」についてはコーネルが自分で質問していたし、俺も出来てきた書面を参考にして、問題があるようなら、指摘していくしか無いな。


 コーネルは真面目に警備をするつもりらしいが――実際、それは圧倒的に正しいのだが――それだと俺の“実験”にならない。

 言ってみれば“見得の切り方”みたいなのが必要になると思う。


 もっとも、それっばかりでは真面目さを好む層から反発を……しかし、何も無しというのもな……いっそハプニングを仕込む……いや、これは初仕事だし……

 勢いまかせでここまでやったが、俺にとって未知数過ぎるな。


 あれもこれも、と目標を定めすぎるのは問題がある。

 ここはまず、この計画を成功させることを目標に据えるか。


 俺の“実験”については、言うなれば“制御できない怪物”を生み出すのが目標だからな。

 最初から俺の小細工を受け付けるようでは、望み薄かも知れない。


「ナベツネ、大丈夫かい?」

「ああ。やるべき事を順番にこなしていこう。その内、終わる――時間は勝手に進むものだ」


 たいして含蓄もない、当たり前の現象を口にすることで、俺は喝を入れ直した。


                     □


 街灯に備え付けられていた覆いが取り払われる。

 正確に言うと、シャッター状の覆いを畳んでいく感じだ。

 規格は統一されてないようで、くるっとひねる事でシャッターを開く街灯も見たことがあるな。


 そうやって、中に収められている持続光コンティニュアル・ライトを露出させるわけだが……考えてみれば、開きっぱなしでも良いような。


 だが何かしらの不都合があるからこそ、このシステムが普及したんだろう。

 街灯の1本1本に、何やら仕掛けの付いた長い棒を差し込んで、シャッターを開けていく決して裕福とは言えない身なりの老人。


 あるいは、こういった老人に職を与えるために、あえて不合理なシステムが生き残っているのかも知れない。

 宵の口を迎え、ある種、王都の風物詩じみた光景に、とことんまで散文的な事を考えてしまう俺。


 とにかく――


 ――ヤニが欲しい。


 これでも、合間を見てスパスパやってたんだがな。

 ゆっくりと味わう余裕は流石に無くて。


 おまけに臭いが染みついたマントを、壊れスキルでいちいち脱臭するのが、便利は便利なんだろうけど、とにかく面倒だった。


 所詮、人間は“便利”にすら慣れていってしまうもの。

 これは教訓? いや、ただのダメ人間宣言だろうな。


 とにかくそう言ったわけで、あれこれと動き回った3時間。

 ようやくのことで、終わりが見えてきた。


 ウェステリアさんは、考えていたとおりに講座の準備に入って貰った。

 俺は1人でやらせるつもりだったが、ランディが誰か付けた方が良い、と提案。

 その事実には驚かされたが、確かにその方が良さそうだ、ということになりワーニーを付けることとなった。


 単純に背丈タッパがあるから便利そうだ、ということで俺が勧めたわけだが――ま、少しぐらい邪心の御心に従っても構いはしないだろう。

 残った三人で確認は十分だったし、宿に戻ってきたワーニーに段取りはしっかり伝えることになっている。


 明日のゲネプロ――もちろん、こんな言葉訳されてないから“通し稽古”で――は午前中に行い、ワーニーは再びアシスタント業に。


 残りの面子は、商工会議所に残り実際の準備を手伝う。

 実働部隊は、こういう段取りで動くことになるだろうな。


 司令官になるランディは、商工会議所の一室に陣取って、書類関係の整理と偉いさんへの顔つなぎ。

 こういった形が見えてきたのが、つい先ほど。

 つまり、ようやくのことで俺はセブンスター(セッタ)を味わう自由を得た、ということだ。


「カケフ!」


 ――後を付いてくるランディの存在が無ければ。


「なんだよ。俺はもう飯食って、思う存分タバコ飲んで、寝るんだよ」

「じゃあ、ご飯を……」

「俺はこの格好だと、タバコ飲めないの」


 俺はジト目になって、マントを広げてみせる。


「飯の後の最高に旨い一服が、何よりの楽しみなんだ。いい加減、解放してくれ――それに()()()()だ」

 

 ――これ以上、絡んでくるようなら神の介入があると判断するしか無い。


 いきなり覚醒したのが何とも不自然だし、何より気持ち悪いぞコイツ。

 

 だが幸いなことにランディの歩みは止まった。

 これ以上付いてこられたら“ねぐら”がわからないように撒かなくてはならなかったところだが、何とか間に合いそうだ。


「……わかった。じゃあ今日は止めておくよ。また明日」

「ああ」


 それで良いんだ。

 背中を向けて歩き出すランディ。


 それを見て、忘れていたことがあったのを思いだした。

 別に急いでは無いが、思いついた時に行っておいた方が良いだろう。


「ランディ」

「なんだい!?」


 あっという間に振り返るランディ。

 うむ。

 やっぱり気持ち悪いな。


「やっぱりご飯を……」

「お前に宿題だ。秘書候補考えとけ。どういう人物を雇おうとか、そういうのを形にしとけ。明日、ケプロン氏に紹介して貰うつもりでな」

「ああ……カ、ナベツネはどういう人が良いと思う」

「ランディの子守りが出来る人」


 即答だ。

 決まっている。

 もう、この計画が終わったら全部そいつに丸投げしたい。


 しばらくランディは呆気にとられていたが、


「アハハ、ひどいなぁ」


 と、どういうわけか笑い出した。

 思っていた反応と違うことに戸惑いながらも、


「だから、この計画は成功させるぞ」


 と断固たる決意を示す。

 自分を立て直すためにも。


「そうだね……」


 ランディの声が深まり始めた夜の闇に溶けていく。


 ――やはり“女”神(かみ)の介入?

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