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幸運を疑う

 この前、訪れた感触では商工会議所に部屋は余っていると思われた。

 また、その部屋を時間的に分けて活用するという発想も無かったように思う。


 ……というわけで、確認はしてなかったが明後日開催についても「多分、大丈夫」ぐらいの目算を俺は持っていた。

 

 そんな状態で商工会議所に全員で顔を出したのが、恐らく午後2時から3時ぐらいだったと思う。

 すると、待ち構えていたかのようにケプロン氏が出迎えてくれた。

 それはもう、受付の仕事を奪うように。


 そしてケプロン氏自ら、奥まった部屋に案内してくれた。

 ゆったりとソファが配置された、調度品も気品がある中々の応接室。

 前に通された部屋とは明らかにランクが違う。


 8人が部屋に入ってソファに腰掛けても、まだ余裕を感じる広さだ。そして間髪入れずに、ご婦人が3人がかりでお茶とお茶菓子の準備を整えていく。

 俺とランディはともかく、初対面のはずの「鋼の疾風」とウェスタリアさんにまで、下にも置かぬ歓迎ぶり。


 ――かなり不気味だ。


 そこでイヤな予感を覚えた俺は、ケプロン氏に明後日に講座を行いたいと告げながら、こんな風にスケジュールの組み立て直しを始めていた。


 ウェステリアさんに関しては、問題ないだろう――

 「鋼の疾風」に関しても拘束料が増えるだけだ。要するに宿代と飯代。これはいきなり厳しくなったりはしない。5日ぐらいはどうと言うことも無いが……俺がとにかく、この計画からさっさと手を引きたい。


 この先、すぐにポシャる分には問題が無いのだが――そのために、すぐに解散出来るような状態を保っているしな。

 一応、先がある事を想定して動いているが、これが順調にいった場合、かなり()()()()が増える。


 制御出来ないようになれば、尚更だ。

 だからと言って、この計画に絡み続けるような“無駄”に日にちを費やすのも……


「明後日? もちろん大丈夫ですよ。それでこちらからお願いがありまして……」


 そのケプロン氏の言葉が、そんな風に迷走気味だった俺の思考を遮る。

 そして迷走のままに、俺は思考の手綱を手放してしまったのだ。


(やはり日程が難しい――という切り出し方では無かったな。えーっと、なんて言ったんだ? もう一度、頭の中でケプロン氏の言葉を確認……)


「――何か、ありましたか?」


 なんだぁ!?


 横から飛び出た突然の声に驚いてしまったが、それはランディの声だった。

 俺がケプロン氏の言葉に戸惑っている間に、ランディが的確に尋ね返してくれたのだ。


 これはかなり助かった。


 助かったがしかし……ランディは本当にどうしたんだ? 確かに俺の反応が無茶苦茶鈍かったのは認めるが……これは良い傾向か?


 このままランディに任せても――ああ、ダメだ。

 ランディがこっちを向いて、目一杯の笑顔だ。

 

 ――褒めて、褒めて!


 と、今にも背中から描き文字が溢れてきそう。

 いいから顔を正面に向けてくれ。


「実は会議室をお貸しするお話だったんですが、これが――」


 幸いケプロン氏はランディの奇行には気付かなかったようだ。

 構わず話し続ける。

 で、会議室が使えなくなったのか? いや、それだと日程に問題が生じるよな……


「――大会議室でお願いしたいんです」


 何?

 これはかなり意表を突かれた。

 翻訳スキルが壊れてなければ“大”と言うからには、会議室よりは大きいんだろう。


 ――ということは単純にハコが大きくなる?


 これは流石に密に確認していかないと、マズい気がするな。

 参事だ何だと言っても根っ子は“商人”なんだろうし。

 無責任に善意だと受け止めるのは逆に失礼だ。


「ケプロン氏、少しよろしいですか?」


 俺は詰問口調で切り出す。

 ケプロン氏はそれを正面から受け止める構え。


「なんなりと」


 随分、余裕じゃ無いか。

 片眼鏡モノクルが、今にも光り出しそうな風情である。 


「……大会議室と言うことですが、これは単純に収容人数が多くなったと考えても良いんでしょうか?」


 会議室に関しては、余裕を持って100人ぐらいと踏んでいる。

 これでも相当なものだと考えていたが……ライブハウスのように客を入れるのとは分けが違う。


「左様です。単純に倍、と捉えて貰ってよろしいかと」


 マジか。

 そうなると、あえてスルーしていた問題が無視できなくなるかも知れない。

 重要度はさほど高くは無いが、ついでに確認しておこう。


「その大会議室は、何階にあるのです?」


 ケプロン氏は、少しばかり目を細める。

 そして、


「1階です」


 と短く答えてきた。

 俺は胸がざわつくのを感じた。


 ――至れり尽くせりじゃ無いか!


 思わず胸の中で、唾を吐き捨てたいところだ。


 1階と言うことになれば、客を誘導するのも容易になるし、非常時にも避難が簡単になる。

 それに加えて、俺がスルーしていた問題――ご婦人方の長いスカートへの配慮を、恐らくは無視できる。


 俺が頭の中でシミュレートした結果、どうにも上手く行かなかったのが、階段をあのデロッとした長いスカートでどのように扱うのか? についてだ。


 で、俺は考えるのをやめた。


 あまりに、こちら方面の知識がなかったからな。

 今までご婦人方がそれぞれ何とかしていたように何とかしてくれるだろう、と。


 だが、収容人数が増えたことで、階段の移動に不満を持つ者が確率的に当たり前に増えた場合、当たり前な増え方で終わらないのが、満足度、という数値だ。

 100人の中に4、5人ならさほど問題は無いが、200人の中に8、10人となると、講座全体が、


「疲れた」


 という感想で大多数を占めてしまう場合がある。

 流石に数学的な名称まではわからないが、そういう統計学上の現象があったはずだ。


 しかも、疲れたと感じたご婦人が影響力のある人物だったら?

 それに100人なら見ている間にケアも出来るが――「鋼の疾風」頼んだ――200人を実質4人でケアするのは難しい。


 収容人数を倍にした場合の、こういった不安要素を1階であればさほど気にしなくても――いいはず。

 となると、収容人数が増えることで単純に実入りが増えるわけだから……


「――大会議室の使用料はいかほどになりますか?」


 商工会議所側からは当然こういう欲求が出てくるだろう。

 あまり舐めたこたことを言い出すなら、ここで蹴っ飛ばしても――


「こちらからお願いしたことですから、当然、当初の通りの使用料でかまいませんよ」


 俺はピタリと動きを止めた。

 こんな上手い話があるか?

 俺は思わずケプロン氏に詰め寄ってしまった。


「しかし、1階に会場を移すというご配慮も下さってますし」

「ああ、やはりご懸念だったんですね。流石です。やはり階段は少ない方が良い――それに、そもそも大会議場となれば1階にしかありませんから」


 そういう間取りか。

 だが、まだ問題がある。


「こちらにおわす、ウェステリアさんにとっては、これだけ大きな会場で講義するのは初めてなんです。音響の問題が……」

「元々の会場変更が、私どものワガママである事は繰り返すまでもありません。ですから、それによって生じる不都合は、私どもが責任を持って対処させていただきます」


 ……な、何だこれは?

 何を考えている?


「吾輩からもよろしいか? 音響に関しての配慮を具体的に説明していただけるかな?」

「左様ですな。まず……」


 ウェステリアさんが、話を主導する立場に移った。

 「鋼の疾風」の面々からもこういった、具体的な質問が出るようなら尚良し。

 だが……どうにも上手く()()()()()()()


 ウェステリアさんとのやり取りに耳をそばだててみても、取り立てておかしなところは無いように思えた。

 つまり、普通にこちらに親切にしてくれている――ように感じる。


 一応、有り余っている部屋を有効に活用するノウハウを収拾するため、と理由を探し出すことは出来る。

 実際、これで納得してしまうのもアリだろう。


 あるいはケプロン氏に進呈した金貨が頑張りすぎて、人を集めすぎてしまった。

 この可能性もある。


 確かに手探りで始めたこの企画だから、そういう展開になることもあり得るだろう。

 何もかもがマイナスに振れるわけではないだろうし。


 それに、どうやらこの“異世界”では初めての試みのようだから、それに携われるという興奮。

 これによってケプロン氏が浮き足立った……ああ、言い訳はいくらでも出てくるな。


 だが、俺はこんな風に考えてしまったのだ。


(……これは――神の介在が蠢いている?)

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