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早くも及び腰

 それにしても、さすがは古い伝統を持つ殺し文句。


 ウェステリアさんは見事に“殺されて”しまった。

 ここから先は、簡単に事が運んでしまったからだ。

 今までの話と矛盾するような提案でも、後から後から湧いて出てくる条件追加でも。


「――ウェステリアさん()()()頼りなんです」


 で、押し通すことが出来る。

 ウェステリアさんに飲ませた“あれこれ”は大体このような感じ。


 まず講義は明後日あさってに行う。


 ここが最大の問題点と言えば問題点だった。

 ウェステリアさんからは、時間がなさ過ぎる、と当たり前の抗議。

 だが、これは簡単に予想出来た反応だったし、次に繋げるための糸口にもなった。


 こういう手法である。


「ウェステリアさん。何も講義は1回でまとめなくても良いんですよ」

「何と!?」

「最初に申し上げたでしょう? これは元々“商売”だと」


 ここからは我ながらアクロバティックだと思う。

 まず、


 ――ウェステリアさん。無報酬で行われる善意が如何に長続きしないか? 長期的視野に立てば素晴らしいことを成し遂げようとしている時は、それと同時に経済的要素を無視してはダメだ。


 と、続けて、


 ――ウェステリアさん。その辺りは“商人”の範疇ですから、お気になさらずに。我々も無茶な価格を設定しているわけではありません。あくまで本命はウェステリアさんによる講義ですから。

 

 に着地。

 ここからとどめのターン。


「ですから大変申し訳ない。ウェステリアさん高邁なこころざしに、このように価格を付けてしまうのも商人の宿痾とお納め下さると助かります――どうか金貨1枚で」


 もしかすると、これは“殺し文句”よりも効果があったかも知れないな。

 さすが、古い伝統を持つ“黄金色のお菓子”

 いや、別に賄賂でも何でも無いんだが。


 その時、俺は金貨を取り出して、ウェステリアさんの前に差し出したから効果は倍増だったのかも知れない。今までは、本気で「机上の空論」そのものだったからな。

 あれほど調子に乗っていたウェステリアさんが、ハッキリと唾を飲み込んだもの。

 俺まで聞こえてくるほどハッキリと、ゴクリ、と。


 さて、俺も金貨の価値がいまいちわからないんだよな。

 基本、金貨って持ってなくても生活出るし。


 まとめて給金を受け取る時には便利だろうが、金貨が必要になるほど生活水準が高くない。

 それでも、ある程度のステータスは確実あるようで、俺の中では――


 ――「これ小判 せめて一晩 居てくれろ」


 という川柳が思い出されて仕方がない。


 だから、大体小判ぐらい――8~10万ぐらい――と踏んでいる。


 王都の物価にも左右されるんでなんとも言えないんだけど。


 商工会議所の参事に金貨を渡したのは、もちろん賄賂の意味もあるけど、あまり端金を渡して軽く見られるのを避けるためでもある。

 参事ともなれば、流石に金貨に触れることも多いだろうしな。

 こういう場合、やはり金貨の持つステータスは有用だ。


 で、ウェスタリアさんは? と言えば……見事にステータスの効用で浮き足立った感がある。

 さすが神官職、清貧な身の上だったか――と、納得出来ないのが地球出身の“異邦人”的には、汗顔の至り。


 何というか、こっちの人間ってスレてないんだよな。

 ある意味、自分の立場に対して教条的とも言える。


「……ほ、本当に、そのような……アレを……」


 “金貨”と口に出すことも畏れ多いと感じているのか、いきなり言語中枢にトラブルを抱え込んだようだ。

 別にここで強く出る必要も無いし、改めてへりくだる必要も無い。


「はい。お納め下さい」


 と、ごく平静に応じながら食堂のテーブルの上に置かれた金貨をさらにウェステリアさんへと押し出す。


 自分の目の前にある、そして自分が好きにして良い、金貨。


 これが上手い具合にウェステリアさんの中で消化出来ないみたいだが、こればっかりは、そちらで何とかして貰わないと。

 ウェステリアさんは、そこからかなり考え込んだ。

 正直、失敗したか? と錯覚しそうになったが、さすが異次元の刃を持つ者は俺の予想を上回ってきたよ。


 ウェステリアさんは、ようやくのことで金貨に手を伸ばす。

 そして自分の正中線に金貨を据えると、深く一礼して何事か唱える。


 ……多分、聖句か何かかな?


 で、右腕を真横に真っ直ぐ伸ばしてから、まるで盃でもあおるように金貨を捧げると、ようやくのことで、懐にしまってくれた。


 ――正直に言おう。


 俺はウェステリアさんが何をやり出しのかまったくわからずに、ただただ恐怖していた。

 やってることの意味がわからないし、理由もわからない。

 何が切っ掛けになったのかわからないが、いきなり精神が不自由になったのかと。


 だって、俺からしてみれば、いつでも“そう”なる下地はあったように思えたし。

 だが、その後のこちらを窺うようなウェステリアさんの瞳を見て、ギリギリのところで閃くものがあった。


 これはウェステリアさんなりのやる気の表れではないかと。

 つまり俺が講義を頼んだ“ファッション”の一環では無いかと。


「……お、お見事です、ウェステリアさん」


 確信があったわけでは無い。

 半ば熱に浮かされるようにして、俺は賞賛の言葉を口にしていた。

 それはもう敵前逃亡と同じだったろう。


「そ、そうであるか? 吾輩はやはり“センス”があるか」


 だが俺の反応を見て、今にもカンラカンラと笑い出しそうになっているウェステリアさん。

 確かに凄い“センス”だ。

 それに間違いなく“ファッション”だ。


 ――何しろ俺がまったく受け付けないのだから。


 そんなこんなで、元はご婦人方の「無駄遣いを防ぐための講座」に金をつぎ込ませるという矛盾構造に、ウェステリアさんは気付かなかったのか、あるいはスルーを決め込んだのか。


 ――講座を繰り返し行えば、その分、金貨が増える。


 この単純な構造に気付かぬはずも無いしな。


 何というか、純真無垢な相手を汚して行くような……ま、いいか。

 とにかくこの状態になればしめたものだ。

 

 それから半日は講義の時に使う衣装の調達、「鋼の疾風」との顔合わせ、もちろんランディとも。

 ちなみに俺はちゃんと“ナベツネ”姿を披露している。

 言い訳はもちろん、リンカル侯爵家を憚って――となる。

 

 ――俸給をいただいている身で、恩人からの頼みとは言え副業に精を出すのはいかにもマズい。何とかお目こぼし願いたい。


 これが、また見事に通用した。

 侯爵家を巻き込んだことの有用性を改めて感じずには居られない。

 やっぱり権力者は適当に利用してナンボだな。


 あと……“ナベツネ”スタイルも一役買ったのかも知れない。


 灰色のマントで身体を覆い、いかにも怪しげな飛行帽とゴーグル。ファッションセンスが欠片もないことは、いかな俺でも理解出来る。

 その上、恐らく決め手になったのは“ナベツネ”という偽名の選択だ。


「……ムラヤマ殿、いくら適当に名乗ったとは言え……」


 ウェステリアさんが悲しそうな、それでいて憐れんだ目つきで俺を見つめる。

 ……いや悪いのは全部“ナベツネ”だからね。

 むしろ心の中でかのナベツネ本人に謝ったぐらい――“異世界”って凄いな。まさかナベツネに謝る日が来ようとは。


 以降、ウェステリアさんがあまり話しかけてこなくなったのも実に有り難かったし。

 そして代わりに活躍したのが、ランディだった。

 言葉付きは多少心許ないが、何しろランディはめげない。


 ……俺もそれにやらてるようなものだしな。


 それにしても、冒険者ギルド以降のランディに相変わらず違和感を感じるが……確変だろうか?

 どうも事が上手く運びすぎるが、理由を探せば“真っ当なことをしてる”という自信がランディを支えているようにも思う。


 これまでランディは……はて? 何をしてきたんだろう?

 大体予測もつくが、そこには触れないでおく。


 とにかく真っ当な事をしつつ、金も稼げる――これはなかなか快感になるんだよな。 

 俺自身は結構、ヤバイ橋を渡っている気分だが、ランディ自身は騙してる感覚は無いだろうし、どういうわけか俺のやることに信頼を置いてるようだ。

 だから、ウェステリアさんにも自然に応じることができるのだろう。


 別に俺も騙しては――いないよな?


 思わず、ジッと手を見てしまう。


 とにかくそこから商工会議所に顔を出して、講座の打ち合わせを本格的に行う事になった。

 「鋼の疾風」に関しては衣装合わせも考えていたが、まだ合わせが出来ていない。


 明日は大丈夫らしいから、一度ゲネプロもやっておくか。

 今日の格好は……ま、別に冒険者を雇うことは説明しているし“ナベツネ”を受け入れることが出来るなら問題ないだろう。


 むしろ、この段階で判明しているミスの方が問題だ。

 俺は商工会議所のスケジュールを考慮に入れないまま、講義は明後日あさって行うとウェステリアさん言ってしまっているのだ。


 ――ああ、早くこのプロジェクトから手を引きたい。

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