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管仲とファッション

「う、うむ? い、生き方? ――であるか?」


 ――いきなり翻訳スキルに不具合が生じている?


 これはこれで考えどころだが、まずはこの場を整理しなければいけない。


「失礼しました。簡単に言えば、効果的な服の身に付け方。そういったものをウェステリアさんには講義していただきたいのです」

「ああ、そういう意味であるか……しかし、それはそれで――」

「お役目には、抵触しないと思うのですが……」

「ふむ」


 ウェステリアさんは空を仰ぎ、瞑目する。

 この辺りで考え込まれると、ちょっとマズいんだがな。

 やはり、どうも調子が悪い。


 先に問題点をクリアさせてから、と思っていたが、ウェステリアさんの為人ひととなりから考えれば、


 ――調子の良い言葉で持ち上げたすきに、そっと忍び込ませる。


 という情報の出し方が正解だったことは、火を見るよりも明らかだったのに。


 やはり、俺にとってファッションは鬼門。


 昔から、所詮は「個人の感想です」で着飾ってる連中の存在の意味がわからない。

 しかも「個人の感想」でマウント取ってくる連中、なんなんだあいつらは。


 そして、それを後押ししているのはファッションデザイナーなる気持ちの悪い存在。さらに気持ち悪いのがファッションモデルという自意識過剰な連中。


 あいつらが真に“ファンッション”の“モデル”というのならば、目立たすべきはお前の名前じゃ無くて「服」だろうが。それに便乗してくるテレビの放送もまったく謎だ。


「女優のなんとかさん、コレクションに参加!」

「驚きこれは、なんとかさんとなんとかさんのコラボレーションだ!」


 ……おい、服は?


 注目すべきファッションは?

 少しはあったとしても「個人の感想です」を越えたコメント見たことが無い。


 しかも「流行色」なる謎の存在も、何処かの集団が勝手に決めてるだけらしいな。

 「個人の感想」を、閉鎖的な空間で適当にコンセンサスをはかり、さも偉そうに並べて立てやがって。

 自分のやってること恥ずかしく――思えないんだろうな。 


 誰がやり始めたが知らないが、上手いことやって、服飾関係で巨大市場を形成されてしまったのが運の尽きだな。

 

 かつて管仲は言いました――


 ――「衣食足りて栄辱を知る」


 と。


 しかし“衣”が必要以上にかさばってるのに、あいつら全くの恥知らずのまま。

 名宰相と誉れの高い管仲、まさに千慮の一失。


 俺も裸で居ろ、などと無茶は言わない。

 だらしない格好をするな、とか、風呂に入れ、とかはいちいちごもっともだと思う。

 だがデザイナーの美意識に臣従して、高い金払って、着飾るのはタダの“趣味”だ。


 いや単なる趣味だけなら良い。

 コスプレとか趣味にしてる人達に嫌悪感は全く無い。

 問題は単なる趣味でしか無いと判明している“ファッション”で、やたらに態度が大きい奴らだ。


 本気で憎い。自分が上等な人間だと勘違いしてる連中を逆さに吊したい。

 単純に殺してなんかやるものか――


「ムラヤマ殿!」


 ウェステリアさんが突然に大声を出す。

 別に俺は視線をそらしていたわけでは無い。


 特に慌てること無く冷静にウェステリアさんを見つめ続けていた。

 ファッション愚民共への憎しみを胸に抱いたままで。


「何か?」


 だからごく平静に答える。

 慌てる必要は何も無かった。


「い、いや、凄い顔つきだったのでな……吾輩の返事が遅いことを怒っているのかと――」

「ああ」


 俺は思わず、頭をかく。

 まったく愚にもつかないことを考えていただけだったが――とにかく、イニシアチブを握るチャンスだ。

 ここから組み立て直すか。


「驚かせて申し訳ありません。“ファッション”を前にして、自分の役立たずぶりを痛感。何とも言えない自分に、もどかしさを感じておりました」


 上手く翻訳されていないことを利用して、まず煙に巻く。

 それに嘘を混ぜるにしても、やはり“ファッション”に対する俺の憎しみを利用した方が良いだろう。


「なんと……“ファッション”とはそれほど難しいものか」

「俺にとっては。俺のただの思いつきに価値を見出すセンス――俺がウェステリアさんにお願いしようと思ったのは、その鋭い着眼点に驚嘆していたからです」


「そ、そう言われてみれば以前のムラヤマ殿の表情に納得出来るとこもある」

「そうでしょうね。もしウェステリアさんが俺の世界に行くことが可能なら、さほど名声を博したことでしょう……ああ、これはすいません。今のお役目に邁進されている貴方に詮無きことを申しました。ご容赦下さい」

「いや――どうか、お気になさらずに」


 いい感じに調子に乗ってからの安定飛行に移行することが出来たようだ。


「その類い希なセンスで、何とかご協力いただきたい」

「それはもちろんのこと――だがしかし具体的に如何にすれば?」


 これで一応、言質を取った、と思っておこう。

 どうも上手く行かないな。

 これから先も、おだてることも忘れずに。


「ええ。そこなんですが、基本的には王都に住まうご婦人方に講義をお願いしたい」

「ご婦人にか? いや、しかし吾輩は……」


 ああ、女性苦手なタイプでしたか。

 ここも賭けだったんだよな。

 苦手なら苦手でやりようもあるが、面倒になったのも事実だ。


 まずは――


「ウェステリアさん。意外なことを仰る。貴方のセンスを持ってすれば、ご婦人方からの支持は間違いないでしょうに」


 “センス”って言葉を、どういう風に翻訳されているのか興味が湧いていたが、もちろん無視だ。

 今、大事なところだからな。


「そ、そうであろうか?」


 ……反応としては“引く”が多いな。


 ということは単純に慣れてない、よりも女性に酷い目に遭わされた――被害妄想であっても――という前提でやってみよう。


 “賭け”の連続が、俺の精神力をガリガリ削っていく。

 頑張れ、俺。


「――ええ。それにウェステリアさんはあくまで講師ですから。ただただ講義していただければ、事は済みます。講義が終われば、さっと引き上げれば良いんですよ」

「だが、その講義の内容が……」


「その点は自信があります。それに、あるいはウェステリアさんの職分に叶う事になるかも」

「しかし、吾輩の“センス”が肝心なのだろう?」


 うむ。

 いい感じに、育ってるな――自意識が。

 これを潰さないようにしなくては。

 スポンジケーキを作る時に、生地にメレンゲを混ぜるような、心持ちで。


「正確に言うと、俺が持っている“こちらの世界”での知識と、ウェステリアさんのセンスを組み合わせることが重要なのです。例えば“着回し”という言葉があります」

「それは普通にあるのでは?」


 どういう風に訳されているかさっぱり変わらないから、ここは強く押そう。


「俺の世界では“着回し”を巧みに行える者は賞賛されたものです。単純に次から次へと服を買っていくのではなく、持っている服を組み合わせて新たな魅力を引き出す――服についてもそうですが、着ている人物についてもです」

「それは……吾輩が知っている“着回し”と少し違うな」


 顎をさすりながらウェステリアさん唸る。

 やっぱり齟齬があったか。

 しかし、畳みかけるのはここだな。


「そしてこれは、道徳的にも喜ばしいことです」

「どういうことであるか?」

「この“着回し”が浸透すれば……ご婦人方の無駄遣いが減ります。物を大切にする心が自然に芽生えてゆくことでしょう」

「おお――確かにな」


「そしてこれは王都のためにも喜ばしいことになります。ひいては王家のためにもなるのです」

「そこまでの効果が?」

「はい。“着回し”とは単純に服に頼ることだけではありません。アクセサリーはじめとする小物類、自らの身のこなしなど、あらゆる面を鍛えなければなりません。そうとなれば服に偏って投資されていた富がありとあらゆる分野に行き渡ることでしょう。それはつまり王都の発展に繋がり……」

「――王家の御為にもなるか」


 上手い具合に、台詞を引き取ってくれた。

 ということは、勢いで付け足した“王家のため”も外れでは無いらしい。

 聞くだに、かなり厳しそうだしな。


 とにかく続きだ。


「このように、俺の頭の中では素晴らしい未来が見えている。しかし俺にはそれを叶えるために必要なセンスがまったく欠如しています。ウェステリアさんに指摘されるまで、サンダーバードの価値も、それを使った効果的な仕草も、アシンメトリーを発展させる術も、まったくわからなかった。だから――」


 俺はウェステリアさんを真っ直ぐに見つめる。


「――この未来へと導くことが出来るのは貴方しかいないんです。貴方だけなんです!」


 古典的な殺し文句、その亜流。


 ……ということで。 

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