“ナベツネ”は無敵
相変わらずランディ下げが続いておりますが……
小柄な女性が言うには、昔同じパーティーで仕事をしたことがある。
で、その時にランディが何やら失敗をしたと。
それは構わなかったらしいが、その後、なんだかんだと失敗に対して口止め作業が行われた。
そして最終的には、パーティー間で巨額な金が動いたらしく、あれやこれやで空中分解。
……みたいなことがあったらしい。
これをわざわざ大声で触れ回る意味がわからない。
それに、この女も今は他の連中と組んでるんだからそれなりに時間が経過してるんだよな。
その他のパーティーメンバーは……特に止めるつもりも無いようだ。
それならそれで、何処かに行けば良いのに取り囲んでニヤニヤしているだけ――このやかましい女と、どういう力関係なんだろう?
女は金髪をツインテールで結っていて、わざわざガキっぽさを強調しているようにしか見えないが、彼女なりの処世術なんだと理解しておくことにする。
だが、その方向の処世術と罵倒の連続は矛盾するんじゃ無いだろうか?
まるで一周回って、ギャップを狙ったものの、もはやテンプレに成り下がって陳腐化したキャラのようだ。
だから、放置で済ませたいところなんだが――今、ランディの評判が下がるのも問題があるんだよな。
「――アンタも何だってこんな奴と連んでるのよ」
……俺にまで矛先を向けてきたぞ、この女。
ランディがうずくまって、反応しないものだからストレス解消の役に立たなかったか。
かと言って、俺が受けて立っても……ああ、タバコ吸いたい。
「ちょっと聞いてるの?」
聞いてますよ。
でも、反応するべき理由が見いだせないな。
このままスルーしたいところだが――何で俺が難癖付けられているんだろう?
疑問を覚えて軽く首を傾げると、
「ハン! 何よ! 言葉もまともに通じないの?」
と、言葉が降ってきた。
全天候型もかくやの、爆撃性能。
ますますお近づきになりたくないが、この調子であちこちで触れ回って貰っては……かといって止めに入ると、目立ちそうだし……
「そんなおかしな格好して――」
「あ」
女の言葉で、思い出した。
俺は今、カケフでは無い。
ナベツネだった!
何と言いましょうか、この無敵感。
何しろ後先考えずに無茶苦茶やっても良いんだもの。
――だって“ナベツネ”だから。
取りあえず、ナベツネらしさを演出してみるか。なにナベツネとなれば、話は簡単になる。
「な、何よ、いきなり声を……」
「ぬしゃ、何なら?」
目一杯、凄みを効かせて答えようとした結果、このような言葉使いに。
これ、なんだったっけ?
あ、九里虎か。
「な、何よその言葉は!」
あ、こう言うのってニュアンス込みで変換するんだ翻訳スキル。
俺の適当岡山弁が、相手にどう聞こえているかは永遠の謎だろう。
だが、この調子でやっていく。
ゴールは決まっているし。
「貴様こそなんじゃ、さっきからぁ! ピーチクパーチクと喧しいな! ワシになんな用か!?」
……一体どこの言葉なのか。俺が知りたい。
「き、聞いてなかったの? このランディが、どれだけ情けないかって話を……」
「じゃけん、ランディは別に仕事を探しに来たんやのうて、発注しに来たんじゃ。おどれこそ、ちゃんと確かめたんか?」
これ、通じるのだろうか。
見れば女は顔を真っ赤にしている。
うん。
通じてるな。
「だ、だから何!? ランディの顔なんて見たくないのよ! こいつは冒険者の風上にも置けないんだから!!」
「せやろか?」
これはきっと河内弁。
「当たり前でしょ? こいつのやったことは最低なんだから!」
「したら、おどれは?」
「は?」
「ランディはそれでもこうやって、次の仕事始めとるで。お前は何や?」
「見たらわかるでしょ。私はキチンと冒険者を……」
「とてもそうは思えんなぁ」
「何ですって!? 私に喧嘩売ってるの?」
う~ん、面白いぐらいテンプレな女だな。
自分の行動がさっぱり客観視出来ないタイプ。
少しナベツネを引っ込めて、応対するか。妙な言葉はそのままに。
「ランディは冒険者やめて、それでも俺からの希望があったから恥を忍んで冒険者ギルドに来たんや。だから何言われても黙っとった。それをなんや貴様、偉そうにようも吠えたもんやな」
出来るだけ眇目も意識してみる。
女が少し怯んだ。
この隙に畳みかける。
「真っ当に仕事しとるんが、昔の話でいちいち絡んでくるかぁ! ……ははぁ。読めたぞ。実際、貴様無茶苦茶弱いやろ」
「な、何ですって!? どれだけ失礼なのよ!?」
「したら、やってみるか」
俺は相手に見せつけるように立ち上がる。
これでわかっただろう。
俺が、どれだけ素人なのか。
何しろ剣のまともな振り方もわからないんだから。足捌きもわからないし、体幹を意識したことも無い。別に筋骨隆々――これはマントに隠れててわからないか。
とにかく、見る人が見れば戦えるはずが無い、と判断するだろう。
実際、そういう眼力の持ち主は尊敬に値するのだろうが……みんな壊れスキルが悪い。
こんな俺を見れば、まともな感覚の持ち主なら、
「あれだけ大口叩いておいて、何だこいつ? 狂人か? もう放っておこう」
ぐらいの反応になると思う。
だが、この女は明らかにおかしいから、そうはなるまい。
「何あんた? そんなので私とやり合うつもりなの? いいわ、思い知らせてあげる!!」
わぁ、簡単。
女は上半身を反り返しながら、高笑いを決める。
……これ、俺が絡まなくても自滅したんじゃ。
恨まれたら厄介そうだが……その通り、心配することは無い。
今の俺はナベツネなのだ。
恨むんなら、ナベツネをよろしく。
俺はこの後、何にしろギルドの外に出るものだと考えていた。
何せ荒事になるのは間違いないし、屋内で得物振り回すのもなぁ、と思っていたら、キチンとそれ用の設備がギルドの中に設置されていた。
ギルドの中という説明の仕方は、ちょっと違ってるかも。
簡単に言うと、ギルドの敷地の中央付近に中庭があって、そこが練武場みたいな施設も兼ねていたからだ。
ここなら暴れても大丈夫、というわけだが、すでに物見高い暇人共が中庭を取り囲んでいる。
完全に見世物だな。
これで、あの女が特殊で俺の壊れスキルが効かない可能性もあるが……その時はその時だ。
「カ……」
声を掛けてきたランディを睨みつける。
一番肝心なところなのに、ここでチャラにされてたまるものか。
「……ナベツネ、大丈夫なのかい? リナは強いんだよ」
リナとは、あの女の名前か。
すぐに脳内から削除したいところだが、この騒動の間ぐらいは覚えてやっても良いか。
「そりゃ、いい宣伝になるな。この後、適当な連中に声を掛けてさっさと帰ろう」
「でも怪我したら……」
「神官に知り合いもいるし、どうとでもなる」
「でも……」
ランディは、心配そうに俺と中庭の対角線上で余裕ぶった笑みを浮かべている女を見比べる。
「良いから俺のことは放っておけよ。勝手に計画を先に進めてるだけだ。お前が心配する理由は無い」
これ以上、あれこれ言われるのも面倒くさいので、いつも通り突き放す。
ランディもいい加減慣れたのか、俺が手を振るのに合わせて、一歩後退する。
「……カ、ナベツネ」
まだ何かいう気か?
「――ありがとう」
……何を言ってるんだこいつは。
中庭は綺麗な円形だったり正方形だったりするわけではない。
大体、ひん曲がった菱形ぐらいが一番近いかな? 単純に長方形でも良いが。
そこかしこに粗大ゴミとしか思えない、ゴチャゴチャした何かが鎮座しているが、とにかく中央部分は片付けられてていた。
――その中を俺とリナは、向かい合ったままで中庭の外周をグルリと回る。
大きさは最大で40mぐらいか?
つまり真ん中に進めば半径20mか――間に合うかな?
しかし今さらどうしようも無いことで悩んでいても仕方ない。俺は、無造作にリナとの間合いを詰めていく。
先ほどまで嬲るような表情を浮かべていたリナの表情が憎々しげに歪んだ。
俺はそれに構わず、中庭の中央に進む。
リナはどうでも良いから、出来るだけ“範囲”を小さく絞ることに心を砕きたい。
そんな俺の本音を読んだのか――
「――ナメるな!」
リナが模擬刀を振りかざして突っ込んで来た。