冒険者ギルドと口入れ屋
待ち続けること10分。
順番が来て、受付の前に立ってみると――
「――はい、次の方」
と、低い声で迎えられた。
……そりゃそうだ。
受付と女性はイコールで繋がっているわけじゃ無いよな。
いや、待てよ?
ランディのところにも受付を装備しなくちゃならんと思っていたが、別に女性雇わなくても済むのか。
だとすれば……
「次の方?」
「あ、ハイハイ。実は依頼を――」
いかんいかん。
先にやるべき事を済ませておこう。
そちらに視線を向けてみると、灰色頭の小太りな男性がいた。別に白髪では無く、そういう髪色らしい。肌つやも良いし、かなり若いのかもな。
「依頼を受けるのなら、掲示板からそれを持ってきて……」
「いや、そうでは無く、依頼を出したいんですよ」
灰色頭はこちらをマジマジと見つめた。
概ね、
――冒険者ならアリの格好かも知れないが、依頼者としてはどうだろう?
とか考えているに違いない。
しかしギルドって依頼の裏を取ったりするのだろうか?
その時はその時で、あの店構えが証明になるだろうし――そもそも仕事として受けてくれるか、微妙なところだしな。
「……それでは5番に回って下さい」
「5番?」
「こっちの端です。ここは2番ですので」
灰色頭が、右手側と「2番」と掲げられたプレートを交互に指す。
「なるほど。お手間を掛けました。ありがとうございます」
「いえいえ。それでは次の方――」
俺は慌てて場所を譲った。
5番の受付に並んで様子を窺っていると、こっちは俺の思う“受付”に近いな。
用件を聞いて、それに適した職員が現れて別室に案内される。
その時に、
「この依頼は、ぜひなんとかさんのパーティーに……」
などという指名制度もある事がうかがえる。
それに対して、ギルドがそのパーティーを差し向けるかどうかが肝だな。
リクエストに素直に従っていたら、
「この危機には、あの連中しか対応出来ない!」
みたいな事態に、
「あいつらは今、迷子の猫探しで……」
なんてことが起こったら、笑い話にもならん。
昔読んだ、藤沢周平さんの「用心棒日月抄」で、口入れ屋の親父が主人公の剣の腕前を見込んで、
「~~様は、私どもとしても“とっておき”ですから」
とか言っていたのを思い出す。
考えてみれば、時代小説に描かれる江戸の街と“異世界”は似てるんじゃ無かろうか?
冒険者ギルドは、そのまま「口入れ屋」だもんな。
それにNHKでやっていた、竹中直人の時代劇とかそのままハー……
「お待たせしました次の方~」
と明るい声で誘われて俺は妄想を止めて一歩踏み出した。
5番の受付はテンプレ通りの若い女性が受付のようだ。
ここいら近辺の農村から、純朴な村人が訪れる可能性もあるからな。
時間帯によっても違うだろうが……
「恐れ入ります。実はこちらに適したお話かわからないのですが――」
取りあえず、最大限に下手に出る。
受付の女性は栗色の髪を揺らしながら、笑顔で応じてくれた。
よく訓練されている。
「――実はこういう仕事なんです」
から始めて、商工会議所でも行ったように、未来図を広げてみせる。
まず単純な力仕事として、会議室を会場として設営。
その後、危険があるとは予想も出来ないが、賑やかしのため警備という名目で本番の最中に立っていて貰う。もちろん、何かが起これば対処して貰うことになるだろうが――これについては俺がやった方が早いだろうな。
……もちろんそれは、口にはしないけれど。
で、片付けも、もちろんやって貰う。
これで終わりだ。
恐らく、半日ぐらいで済む仕事だが慣れないこともあるし、朝から晩まで、ということで考えている。
1日拘束することになるな――いわゆる9時から5時まで。
大体、銀貨1枚ぐらいで問題ないだろう。ギルドの紹介料の相場がわからないが、そこはごく普通に支払うつもりだ。
――こんな内容の説明を、1度やっている分、割とコンパクトに説明出来たと思う。
5分かかってないんじゃ無いかな?
受付が黙って聞いてくれていたのが大きい。
だがしかし、その顔には“困惑”そのものが宿っていた。
俺は曖昧な笑みを浮かべて尋ねてみる。
「やはり……難しいですか?」
「そう……ですね」
お互いに探り合ってのやり取りがぎこちない。
「依頼されている内容は、凄く良いと思うんですよ。目的も仕事内容もハッキリしてますし身元も……」
「共同経営者は、こういった場所に……」
と、ここで必殺の店を構えている場所を説明してみる。
そうすると、受付の表情がさらに苦悶に塗れた。
普通に病気なんじゃ無いか?
「……それでしたら、普通に従業員を雇われては?」
「まだ試験的な段階で、出来るだけ身軽でありたいんですよね。従業員を雇ってすぐに潰れたら、その従業員にも迷惑ですし。その点、こちらにお願いすれば、一時雇いをお願いするのにうってつけかと」
「それは……そうですね」
同意しちゃったよ。
ここまで苦しんでいる理由がよくわからないが、元々無理だろうと思っていたし、こちらから提案してみるか。
「それでは、こういうのはどうでしょう? しばらくここでパーティーに声を掛けるのを許可してもらえませんか? 依頼を上手くこなせないで、お金に困っているパーティーが良いかな? そのまま身を持ち崩すよりはずっと良いと思いますが」
「……確かに」
「我々の身元は商工会議所の参事、ケプロン氏が保証してくれるでしょうし」
金貨1枚の保証付きだ。
受付は、思い切ったように1つ頷いた。
「――わかりました。ただ私の一存ではなんとも言えませんので、お時間よろしいですか? 決して悪いようにはしませんから」
思った以上に強い言葉。
もしかしたら何かしらのスキルの持ち主なのかも知れない。
古いギルドだし、それぐらいの隠し技の持ち主が受付をしていても不思議は無い――いや、むしろその方が自然か。
嘘で埋没しそうな姿の俺自身にはスキルを向けず、言葉のみに焦点を絞ったのかも知れないな。
……あ、そうか。
こんなに怪しげな格好であるのに、言葉にさっぱり嘘が無いから、受付も対応が難しかったのだろう。
とは言え、俺に出来ることもないな。
「それではよろしくお願いします」
一声掛けて、俺はその場を忘れた。
さて、待機と相成ったわけだがランディは……随分と奥まったところに腰掛けている。
それも重装備の戦士の影に隠れるようにして。
こうなれば、いくら何でも気付く。
「――おいランディ。冒険者ギルドで、何かやらかしたんだな?」
席に腰掛けながら、いきなり決めつける。
そのランディの前には、カップが置かれていた。
俺も何か注文しよう――本当なら一服行きたいところだが、確実に身元がばれるしな。
「僕は何も……ただちょっとね」
「ちょっと?」
ウェイトレスを呼んで珈琲を注文。
無いと思っていたのだが、実は流通してるんだよね珈琲。結構高いが、タバコ代わりだ。
「その……実は冒険者カードを持ってるんだ。いや、今手元には無いけれど」
「ほう」
と声を上げて応じてみたが……今、役に立つ話ではないな。
推測されるランディの背景から考えると、冒険者になって一旗揚げる……みたいなのは、ありそうな選択で――きっと挫折したんだろう。
何にしろ命が保たれているだけマシじゃ無いかな?
この調子では、冒険者にコネもなさそうだし、やはりどうでも良いな。
そこで俺は自分の成果を報告する。
「――そうか。こっちの話は大体予想通りだ。今はギルドの返事待ち。斡旋はしてくれないだろうけど、お墨付きはもらえるかもな」
「そうか」
短い返事だったが、ランディの声に喜色が滲んでいた。
打ち合わせでは、ギルドに来るのはこれで終わりのはずだから、話が順調に進めば――
「何しに来たんだよ! ランディ!!」
いきなり呼びかけられる――俺じゃ無いけど。
そちらに顔を向けてみると、子供と見間違うほど背の低い女性の姿。
革鎧に短剣という、実に職業がわかりやすい装備構成。
間違いなく斥候職だな。
つまり斥候が報告を持ち帰るべき相手がいるわけで――やっぱり集団か。
ランディは? といえば頭を抱えるようにして、テーブルに突っ伏してしまっている。
「おい、こっち向けよランディ!」
小柄な女性の怒りは収まりそうに無いが……今は知らぬ存ぜぬで放置も難しい局面。
――これだから人と関わるのはいやなんだよ。




