“旨い話”
突如、声を掛けてきたケプロン氏。
果たして敵か味方か――
――などと物騒な話には、もちろんならない。
そして、友好的であった。
そもそもランディが何をどうしているのか見当も付かないが、やはりあの場所に店を構えていることが、何にも勝る信用の証になるみたいだった。
そして商工会議所の参事ともなれば、ランディの名前ぐらいはキチンと抑えている。
だがその時、俺の胸中にわき上がったのは、
名前を聞いただけで納得したのはどうしてか――
もしかして、それを確かめる魔法かスキルがある?――
頼むから俺は調べないでくれよ――
――という数々の想い。
だが実際には問題は発生せず、無事に俺たちは会議所の応接室らしき場所に通された。
狙い通りランディが主客と思っているみたいで俺のことは気にしてないらしい。
あるいは従者ぐらいに考えているのかも知れないな、と胸をなで下ろす。
「――して、今日のご用件は?」
とケプロン氏が改めて切り出してきた。
これを受けて立つ役目は俺になるのだが――大丈夫かな。
「こちらにお願いがあって参上しました」
取りあえず、挨拶代わりに俺が受けて立ってみた。
ケプロン氏は、顔をこちらに向けて軽く微笑む。
自分で言うのも何だが、かなり珍妙な格好をしてるはずなんだがな。商人は色んな人と会うことが多いせいか、何とも懐が広い。
俺なんか今の自分の格好の奴が近付いてきたら、黙って回れ右だもの。
「お願い……はて? 我々には大したことは出来ませんよ」
ケプロン氏が、自嘲するように笑った。
俺たちが何かトラブルを持ち込んできたと考えているらしい。
実際、ここにやって来る人達のほとんどは、そういう事情なんだろうしな。
してみると、ケプロン氏が俺たちに声を掛けてきたのは、より早くトラブルに対応するため――だとすると、良い人じゃ無いか。
せめて、これから申し出る話が裏表無く、ケプロン氏にとっても“旨い話”になることを祈るばかりだ。
そんなことを考えながら俺はケプロン氏に向き直って、真っ直ぐに切り出す。
「――実はここの施設をお借りしたいのです」
「施設?」
「はい。商工会議所にある、会議室を貸していただきたいのです」
「会議室を……」
ケプロン氏の表情が訝しげに歪められる。
ここで別に隠し立てする必要は無い。
俺は何を行うために会議室が必要なのか? さらに、それは新しいビジネスチャンスになると力説。しかもこれは王都全体のためになると訴えてみた。
少ししか嘘を言わなくて良いのだから、実はこの交渉、割と楽な部類だ。
そして流石に真実は人を動かす――ケプロン氏が乗り出してきた。
「となると、こちらでお手伝いすることは――」
「いやいや。あくまで我が方のビジネスですから会議室をお貸しいただけるだけで結構です」
「警備は……」
「それも計画の内です」
ケプロン氏が忙しくまばたきを繰り返す。
「そ、それでは……」
「そうでした。会議室の使用料はいかほどになりますか? 何せ田舎者ですから、相場がどうにもわからなくて――不調法で申し訳ない」
「し、使用料ですか――そ、そうですね……」
やはりか。
どうやら場所を提供して、それが商売になるという概念が……あるにはあるな。
宿屋とか、そのままだもんな。
ただ使われていない部屋を、時間を区切って細かく貸すという発想がまだ出てきてないのだろう。
建造物に対して権威を抱かせるのが主流だから、それを切り売りすることに対して抵抗があるのに違いない。
そんな分析はさておき――
「当方としては、金貨1枚を考えております」
「き、金貨を? それで我々は……」
「ですから会議室を貸して下さるだけで問題ありません。ああ、しかし――」
「何か?」
「これはケプロン氏だけにお願いがあるんですが……」
「……はい」
「我々のやろうとしていることを、それとなく広めてくれませんか? 何、他の方々とのお話の途中に少し思い出していただければけっこう。それに我々のやろうとしていることが有意義なものである事は、ケプロン氏にもおわかりいただけたはず」
俺はそこで、ランディに視線を流す。
ランディはしばらく小首を傾げていたが、やがて慌てたように懐から金貨を一枚取り出した。
……頼むぜまったく。
「これが十分に知れ渡ること無く、埋もれてしまうのは王都にとっても損失でしょう。我々の手助けをお願い出来ませんか? これは手間賃と言うことで」
「い、いや、これは……」
「考えてみて下さい。私どもの“お願い”に問題がありますか?」
ケプロン氏の目が泳ぐ。
よ~く考えてくれ。
答えは決まっているから。
「……会議室で暴れるわけではありませんし……警護の手配も考えられている……」
確認という名の、自己弁護を始めたな。
その調子で自分を納得させてくれ。
「それに我々にとっても臨時収入が得られる機会でもあり、特に難しい話ではない」
俺は、うんうん、とわざとらしく頷いてみせる。
「そして……」
「我々は“商人”ですよ、ケプロン氏。人にお願いするのにタダでなんてこと、心が風邪を引いてしまいます。ここは我々を助けると思ってお願いしますよ」
言い訳が紡ぎ出される先に、さらに金貨を前に出して圧を掛ける。
そして俺とケプロン氏はお互いの笑顔を確認し合って――合意に至った。
……やはり金貨は重い。
□
さて、その翌日――
商工会議所に関しては、合意に達したということで取りあえずそこで待って貰っている。
何しろ細かいところがまったく決まっていないからな。
で、その細かいところ“その1”が「冒険者ギルド」である。
俺の鬼門……という気もするが、今の俺は謎の商人“ナベツネ”だし、そもそも仕事を受けに来たわけでは無く、仕事を発注しにきたのだ。
……いや、発注は無理かもな。
頼みたいことは冒険でも何でも無いし、危険も無いからな。
やっぱり、ギルドは通さない方向で考えた方が良さそうだ。
だが何にしても冒険者ギルドは訪ねなければならない――冒険者を雇うという基本は同じなので――ということで朝も早くから乗り出してきているんだが……
「ランディ、何だお前、怖いのか?」
「い、いや、怖くは無いよ! 何を言ってるのさ!?」
……確実に様子がおかしいよな。
しかし単純に冒険者が怖い――要するに暴力が怖い――のとは、ちょっと違うような。
ランディの深い部分なんか知りたくないんだが……よし、考えるのやめた。
王都の冒険者ギルドは、一見したところかなり古くさい外見だ。
砂岩でくみ上げられているのか、何となくくすんだ、何処かセピアな雰囲気がある。
あまり高さは無く、ほとんどが平屋なんじゃ無いかな?
その代わり、かなり広い。
というのも建っている場所が、貧民街と道具屋筋の中間地点みたいな場所で、地価が恐らくはがっつりと安い。それに王都が出来たのと同時に、ギルドは存在していたに違いない。
つまり古くからこの地域一帯の、地回りヤクザ……になる可能性を秘めた若者を、抱え込んでいる組織でもあるわけだ。
きっと“地上げ”も自由自在。
無軌道に増築していってるのが、パッと見ただけでわかるし。
もしかしたら最初に建てた時に基礎工事が満足に行われなかったとか、そもそも地盤がヤバいのか。
とは言え、いきなり崩れ出すこともあるまい。
「じゃあ、取りあえず乗り込むか」
「う、うん」
もう知らん。
迂闊に“カケフ”と呼ばないように、と釘を刺してからギルドに乗り込んだ。
雰囲気的にはスウィングドアが似つかわしいと思うが、開け放たれた両開きのドア、というのが現実だった。ノウミーのギルドは……どうだったかな?
外から見ているとだだっ広く感じたギルドは、中に入ってもやっぱりだだっ広かった。
ずっと奥の方に、受付ブースが5つほど見える。
流石に大きい。
丸テーブルが、無秩序にあちらこちらに散乱している様は、ビヤホール思い出すな。
酒はまったく嗜まないが、ああいった雰囲気は結構好きだった。
食べ放題とかも結構あったしな。
さて、とりあえず……
「無駄を確認するために、一応受付で尋ねてみるか。で、ここに席を借りても良いかも……」
「まかせるよ」
何?
「……お前、自分が中心になって動かないといけないのわかってるだろ? 口八丁は仕方ないから俺がやってやるんだから、お前はとにかく顔を売れよ」
「いや、それは……とにかく、ここは任せるから頼むよ。僕はあっちの方にいるから」
「お、おい」
行ってしまった。
それを無理矢理引っ張ってくる熱意は俺にも無い。
――仕方ない。
俺は空いていそうな受付の列に並んだ。




