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4番目の偽名の威力

 ここでランディが撤退した場合、当然話はお流れになるが、そんなはずも無く。

 俺が尋ねた直後、


「うん! 乗るよ!!」


 ……と、前のめりで食いつきやがった。

 ダボハゼもかくや、という勢いである。

 そうなると順番に組み立てていく必要がある。まずは――


「――それじゃ、ランディ。プレタポルテで何か買ってこい」

「ぷれ……何だって?」


 これは翻訳されないのか。

 もしくは“高級な既製服”なんてものが無い可能性だが……


「ランディ。今、必要なのは服だ。何故かはわかるだろう? 店が一等地ここに出店してるのに、そこの店長がみすぼらしい格好していたら、転がる話も転がらなくなる」


 ランディが身につけている服は、生地は相変わらず上等そうだが、良いとこ普段着という感じだ。


「だから、それなりの格好をでっち上げろ。かと言って、今から服を仕立てたらギンガレー伯が来るまでに到底間に合わない。そこで必要になってくるのが既製品の服だ。パッと見、高級そうな服。理解出来たか?」


「そ、それが、ぷれ……」


「そっちに迷い込むなよ。今、重要なことはわかっただろ? お前がどうやってこの店を用意したのか知らないし興味も無いが、それが出来るなら、このぐらいのこと伝手つてを辿れば何とかなるはずだ。出来るな?」

「う、うん。服を整えるんだね」

「そうだ」

「で、僕が店長なのかい?」


 今さら何を言ってるんだこいつは。


「お前が“責任者”だ。まさか俺に全部やらせるつもりじゃないだろうな。ここまででも、かなりサービスしてるぞ、俺は」


 と、きつめに言っておく。


 これが効いたのか、ランディも流石にそれ以上ややこしい事は言い出さなかった。

 その後、あれこれと指示を出し、午後3時を目安にいったん解散。


 ランディが、これだけの時間で服を用意出来るのかどうかもわからなかったが、本人が「出来る」と言い張るしな。

 で、俺も、身なりを変えて午後3時――

 

 俺たちは王都の商工会議所の前に現れた。


 実際には“商工会議所”と言うのかは定かでは無い。

 ただ王都に数多存在するであろう商会ギルドの総合監督所及び連絡所、みたいなものだと俺は認識している。


 場所は、ランディがやらかしたラウンドアバウトから、少しばかり離れた場所。

 商工会議所であって、特に商売しているわけではないからな。別に人通りの多い少ないは関係ないのだろう。


 それにしてもでかい。


 4……いや5階建てかな。高さだけで無く横幅も相当なものだ。この世界の建築技術はどうなっているのかな――詳しく説明されても理解出来ない自信だけはあるが。


 もしかしたら中に厩舎まで備わっているのか? 建物の中から出現したとしか思えない馬車が俺たちの前を通り過ぎてゆく。


 しかし、ずっと眺めてもいられない。

 取りあえず、今日はそれなりの地位の人間と面会の約束が取れれば御の字。

 あとは職員と繋ぎを取っておこう。


 そのためのお菓子も用意してある。

 “黄金色のお菓子(わいろ)”が有効な組織かまだわからないから、隠喩的な意味合いで無く、ガチのお菓子だ。


 焼き菓子なら、異世界とは言え割と見た憶えがあるのが揃っている。

 多分、マドレーヌっぽかった“何か”だ。


「じゃあ、行こうか」


 と、俺は荷物を片手に、傍らに立つランディを促した。

 そのランディはちゃんと服を着替えている。

 正直、ランディが本当に数時間で用意してくるとは思わなかったが、割とそれっぽく見えるな。


 プリーツたっぷりの艶のある白地のシャツ。その上から羽織っているのは、つや消しの緑色の上着。

 ボトムスにはスリムな拵えのパンツ。色はつや消しの黒。

 で、明るい茶色で染め上げられたロングブーツを履いていた。


 ああ、カマーバンドも着用しているのかな? こちらも黒なので、全体的に引き締まった印象だ。

 取りあえず、やり手の若手、みたいな雰囲気は出てるんじゃないだろうか。


「……カケフ、本当にそれで行くのかい?」


 逆にランディは俺の出で立ちに、不満があるらしい。


 さもありなん。


 自分で意識してそういう格好にコーディネートしたからな。

 といっても、さほどややこしい事をしたわけではない。


 灰色のコートで身体を覆い、頭から飛行帽を被って、ゴーグルに薄く着色しただけだ。

 あ、もちろんゴーグルは着用がデフォルトで。

 ちなみにコートの中の服も普段着に替えている。


「仕方ないだろ。侯爵家ゆかりの人物が絡んでいるとギンガレー伯に知れたりマズいんだから。俺の変装は必須」

「でもそれじゃ……」

「その内、お前の周りからこういう胡散臭い人間が消えるんだ。その時『ああ、よかった。縁が切れたたのか』と安心して貰うためにもこういう格好なんだよ。ずっと俺が仕切ってどうする」

「………」


 何だかモグモグとやっていたが、その内黙り込んだ。

 いい加減、俺に依存するのはやめれば良いのに。

 決して、親切には対応してなかったはずなんだがなぁ。


「ついでだ。これからの“設定”ちゃんと覚えてるか? どうも不安になったぞ」

「その点は大丈夫。まず僕は地方から一旗揚げようとやって来た若者」


 うん……我ながら無茶で陳腐な設定だと思うけど、ランディがあの場所に店を構えることが出来た理由に、あえてツッコまないでここまでやって来たからな。

 逆に、出店しゅってん出来た、という事実だけを振りかざして話を進めるしか無いだろう。

 ランディから、いい加減説明があっても良さそうなものだが。


 だがまぁ、これがランディクオリティ。


「で、カケフはそれに協力している人物。実際の交渉はカケフが行うが、僕たちの関係は特に説明しない。聞かれたら共通経営者とだけ告げる」


 あまり強固な絆設定でも嘘くさいから、ビジネスライクな関係で。

 店の権利はランディが所有している事も間違いないしな。


「それで……」


 もう一つ重要な事がある。

 ランディもそれは覚えているようだが……


「ねぇ、カケフ。本当にやるの?」

「俺の素性は知られるわけにはいかないんだ。だからどうやっても名前を変える必要がある」

「それはわかるよ。でも、今回のはどうも気持ちが悪いというか……」


 何と言うことでしょう。

 言葉の意味を理解していない異世界人が、ただ言葉の響きだけで気持ち悪がるなんて。


 さっすが、天下のナベツネ様だぜ!


 ……というわけで、今回俺が選んだ偽名は「ナベツネ」

 いやぁ、はっはっは――言及は避ける。


「……何を言うんだランディ。これは俺の故郷でも名の知れた商売人の名前だぞ」


 はて?

 商売は上手なのかな?

 そこら辺はさっぱり知らないが、嘘八百並べることになっても別に問題ない。


 ――何しろ異世界だからな!   


「そうなのかい? 僕にはどうもモンスターの名前のように感じるよ」

「逆に“異邦人”っぽくはない?」


 今の今まで、すっかり忘れていたが“異邦人”とバレてもまずいんだった。

 この辺りどうだ?


「うん。ただただ気持ちが悪いよ。“異邦人”っぽくは……うん、あまりないね」


 それは幸い。

 これが“ワタナベ”だったらまた違ったのだろうか?

 あるいは「鍋常」みたいな名字の人が、やって来たら? とかいらぬ心配まではしなくて良いか。


 取りあえずこれで、ナベツネを堂々と名乗れるな。


「よし問題も無くなったし、早速乗り込むか」

「問題あるように思うんだけどなぁ……」


 凄い威力だな、ナベツネ。


 “ナベツネ”の威力は遺憾なく発揮され、商工会議所の受付のご婦人の表情を引きつらせた。

 よほど奇異な響きに感じるらしい。


 ここは商工会議所の1階だ。受付ロビーとも言うべきなのかな? ただロビーと言う程広くは無い。

 玄関入ったら、すぐに受付ブースがある感じで、むしろ閉塞感さえある。


 そういった狭さが“ナベツネ”の威力を倍増させているのかもしれないな。

 ここでランディのフォローがあれば、ナベツネ下げ、ランディ上げの構図が出来上がるのだが――そこまで器用には出来ないか。


 せめて菓子ぐらい渡せないか? ……ダメか。

 仕方ない。せいぜい俺が気持ち悪く渡しておこう。


 出来ればセクハラまではしたくないのだが……ああ、もしかしたらこの出で立ちにも引いているのかも。

 それなら無理はやめておくか。


「すいませんが、お願いしたいことがありまして……」


 ようやくランディが打ち合わせ通りの流れに入ってくれた。


「もちろん、今すぐは難しいでしょうから明日にでもお時間をいただければ……」


 よし、いい感じだ。

 受付のご婦人も、こくこくと頷いている。


「――私でよろしければ、お話を伺いますよ」


 突然、受付ブースの横合いから声が掛けられる。

 そこにいたのは痩せぎすの男性。年の頃は壮年40半ばほどと思われた。

 ゆったりした衣服に、片眼鏡を掛けた雰囲気たっぷりの風貌。


「参事のケプロンと申します。どうぞよろしく」


 その声も、なんとも涼やかだ。

 これは運が良いのか――はたまた悪いのか?   

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― 新着の感想 ―
[良い点] >僕にはどうもモンスターの名前のように感じるよ いいカンしてるぜランディ!!!
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