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悪巧み、始動

 このまま逃げるか。

 はたまた火消しに殉じるか。


 ここが難しいところだったが、ここまで積み上げてきた細工を捨てるのも忍びない。

 強烈とは言え、イヤな予感がするだけ、という見方も出来る。

 ……と言うわけで、取りあえず後者を選択。


 いざとなったら全力で逃げる。物理的には、先ほど覚悟したように壊れスキルを目一杯使う覚悟だ。

 そういう心構えで、ランディの後に付いていくと――


「おい、店ってこれか?」

「そうだよ」


 何故胸を張って、そう答えられるのかがまったく不思議。

 今から「実はドッキリでした~」とかにならないものか。思わず辺りを見回したが、妙なスタッフが待機していたりはしない――当たり前だが。


 ランディに付いていって、辿り着いた場所は王都の繁華街の一角。

 ここに店を構えることが出来るなら、それはもう一流の証、みたいな格式があるのだろう。


 ノラさんが出入りしている「猪亭」――俺が勝手に名付けた店名――がある通りでも、ここよりグレードが下がるに違いない。


 ここに至る道は、高級住宅街ほどに整備されてはいないが、それは交通量が尋常では無いからだろう。そして、まさかのラウンドアラウンド。

 その円形をなぞるように配置された建造物が、商業的な王都の顔。


 ラウンドアラウンドの中央には噴水があるが、到底たどり着けそうも無い。メンテは夜の間にやるしか無いんだろうな。


 ランディの言う“店”というのは、西向きだからそれほど条件が良いとは思えないが、しっかりとこのラウンドアバウトに面している。

 さほど広くないが、この場所に存在していると言うだけで価値があるだろう。


 しかし……


「中身は? 何の商売をする気なんだよ」

「そこを考えて欲しいんじゃ無いか」


 いけしゃあしゃあと言い放ったぞ、こいつ。

 確かに、この一等地に店を構えるのは大したものだと思うが――未だに信じられなくもある――それは、どういう店を構えるかにもよるだろう。


 極端な例を挙げれば、ここで18禁アイテム販売の店を開いても、間違いなく閑古鳥が鳴く。

 一等地で扱うからには、商品1つ取ってもある程度の格式が求められるだろう。


 つまり、何を扱うにしても仕入れが――


「……ランディ、開店資金ってわかるか?」

「カイテン……何かを回す商品かい?」


 上手く翻訳してくれないらしい。

 恐る恐るでも切り出してみて良かった。

 というか、俺かなり臆病になってるな。


「これから店で何を扱うにしても、これから仕入れるんだろ? そのための金はあるのか?」


 難しい言葉を使おうとしてたのは俺の逃げだな。

 最初から、こうすれば良かった。


「うん。その点は大丈夫。でも、何を扱えばギンガレー伯に取り入ることが出来るのか見当が付かなくてね」


 ああ、そういう目的は忘れてないのか。

 しかしこれは……


「……ランディ、これはマズいぞ」


 言ってから気付いた。

 何、マジになっているのかと。


「マズい? でも、店を作っただけだよ。それにまだ何を扱うのか決めてないし。良いも悪いもないだろ?」

「店を、()()に構えたことが失敗」


 前に橋の上で話し込んだときもそうだったが、どうも迂闊に話を進めすぎてるな俺。

 もしかしてランディのスキルの影響下とも思ったが、俺の壊れスキル相手にそれは無いだろう。


 単純に、ランディのやることなすこと“ソツ”ばかりであることと、俺の油断が原因なんだろうな。

 やはり、スキルに頼り切りになるのは危険だ。

 だが果たして、ここから先はどういう風に対応すべきか……


「カケフ、一体何を言ってるんだい?」


 ああ、考えがまとまるまでちょっと待って欲しい。

 だが、よりにもよって俺を話もわからない子供扱いするとは――いや、ランディにどう思われようが、どうでも良いじゃないか。


 ――落ち着け俺。


「何を黙ってるんだい? 意地悪しないで教えてくれよ」

「元はギンガレー伯に取り入ることが目的だろ」


 ああ、真っ当に答えてしまった。

 この鬱陶しさから逃れるために、一番安易な手段「言い負かす」を選んできた結果がこれであるのに。


 今回も、もう手遅れなんだろうな。

 そんな風に諦観に支配されつつある俺に、ランディがぎこちなく答えを返してきた。


「う、うん、そうなるね」

「ギンガレー伯に取り入るために重要なことは?」

「え……良い商品を提供すること?」


 優等生な答えだと思うが、これは違う。


 というか、始めたばっかりの商家がいきなり高品質扱うとか、生産の現場とよほどのコネが無いと難しいだろう。

 どういう未来を描いていたのか? というランディの腹案も聞いてみたいところだが、そこまでやったら踏み込みすぎる。


 ……いや扱う商品を俺に尋ねているわけだから、せいぜいが金貨でブラックジャックこさえるぐらいの考えしかないんだろうな。


 いかん頭の中で、大幅に脱線してしまった。

 話を元に戻そう。


「違う。他の貴族の影が見えないことだ。どうしたって、生活用品は必要になるんだから、王都に着いてから入手しなければならないものは必ずある。その商品に他の家の紐が付いていたら安心出来ないだろう? だから少しばかり品質が劣っても、新しい商家を探す――こういう話したはずだけどな」

「僕は他の家の紐付きなんかじゃ無い!」


 それは嘘だろう。

 本人がどう考えているのかは知らんが。


「お前が、そう主張するのは勝手だけどギンガレー伯は絶対信用しないだろう」

「な、なんで」

「いきなりこんな場所に店を構えることが出来るんだから、金も後ろ盾も潤沢だ、と宣言してるようなもんだ。つまりバックに貴族、それも結構大物がいる――伯爵がそう考えても、俺はちっとも不思議に思わない」


 つまり、出店場所が失敗、という結論に戻ってくる。

 実際にランディのバックに何があるのか? という疑問には触れないでおく。

 もう、大体わかってるしな。


「じゃ、じゃあ……もう手遅れってこと? 僕もかなり頑張ってこの場所に……」


 実際には「僕も頑張っておねだりしたのに」じゃないのか、と思うがもちろん口にはしない。

 しかし、この店構え(入れ物)はそれだけで、可能性は広がるんだよな。


 例えば――


 あ、いかん。


 ――ろくでもないことを考えついてしまった。


 このパターンはリンカル侯を巻き込んだ今の状況を生み出したわけだから、一口に“ろくでもない”と片付けるのは乱暴かも知れない。

 問題は“ろくでもない”だけじゃ無く、俺にメリットがあるかどうかだが……


「カケフ?」


 ランディの呼びかけに対して、俺はセブンスター(セッタ)を1本取り出して口に咥えた。

 そしてジッポーで火を点けながら、頭の中でフローチャートを組み立てる。

 その選択肢を削るようにして、タバコによる血管の収縮を全身で受け止めた。


「カケフ? カケフってば!?」

「ちょっと黙れ」

 

 ハコはあるが、ここでやるのは難しいな。商工会議所みたいなのがあるはずだ。そこを使うことが出来れば……何しろ店を出すときに鼻薬かがせたはずだしな。


 人手を集める……そうか。日雇い労働者を集めるのにうってつけのシステムがあるじゃ無いか。

 偉そうで、押し出しが効いて、社会的地位のある人物――恐ろしいことに心当たりがある。しかも俺に“借り”がある、うってつけの状態。


 資金面はランディが何とかしそうだし、取りあえず1回は成功しそうだ。


 その上で、俺のメリットを探すとなると……厄介ごとが俺の手を完全に離れる可能性。これは少し前に考えた「位打ちの亜流」のような手段になりうるな。

 そして、このやり方が腐っていったのなら異世界の人間が、俺と同一種かと確認するための実験になる。


 ……いや。


 これはもう単純に、俺が試したいんだな。

 文献検索もちょっと行き詰まっているし、単純にストレス発散と考えてみても……恐らくは建設的だ。

 それに、それぞれが自制を心がければ皆が幸せになるはず――俺は忠告しないが。

 

 俺はけじめを付けるためにタバコを深々と吸い込んだ。

 そして、胸の中で対流していた煙をゆっくりと吐き出す。


「ランディ」

「う、うん……」


 怯えたようにランディが応じる。

 俺は構わずに、吸い殻を携帯灰皿の中に放り込んだ。

 そして、こう告げる。

 

「……俺の話に――乗るか?」

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