ランディ、店を出す
ウェステリアさんからの申し出があってから、5日ほど経過した。
この間、積極的な接触は無い――と行きたかったのだが、そう上手くも行かない。
説法講師の仕事もあるのだろう、ずっと閲覧室に居るわけではなかったが、昼食時には何故か席を同じくするパターンが出来てしまった。
制約のおかげか、挨拶程度で済んでいるが俺を観察する目が尋常じゃない。
俺はと言えば、もう帽子も止めて、古着の一張羅着回してるだけなんだが……防刃仕様が、何処かに変化をもたらしているのか? 何処かがラメっぽくなっているとか。
あるいはバッシュか?
……と、視線だけで相当鬱陶しいことがわかったので、ちょいとだけ口添えしてみる。
「俺たちの世界では左右非対称が受けてましてね……」
という具合に、さぞ思いついたように口にしてみた。
いや、もう入れ食い。
そこで、
「俺自身はセンスがなくて、とても着こなせないが、こういうデザインがあって」
――と、さらに話を膨らませてみる。
これは半分本当。
半分は、自分がこれ以上関わりたくない、と逃げ道を作るため。
で、あとの半分が本気でセンスがないから。
元々アシンメトリーなデザインは好みなのだが、頭の中でデザイン思い浮かべても、
「中学生なら、ワンチャン許されるかもね」
みたいな有様になってしまう。
嘘に本当のことを混ぜておくのは、ありふれた手段だが、今回は非常に効いた。
ウェステリアさんはアシンメトリーな意匠に身を包み、まだ何も成し遂げていないのに、すっかり自分が大家みたいな雰囲気を醸し出している。
いや、実際センスがあるかもしれないしな。
是非頑張って欲しい。俺とは関係の無いところで。
それに、こういう状況になってみると、わかることもある。
つまりウェステリアさんは、俺に対してマウントを取りたかっただけなんだな、と。
俺はボッチになるために出来るだけ人から離れようとするが、相手の下手に入り込んで、視界から消える。
このやり方は、かなり有効かも知れない。
ノラさんが行っている手口に似ているが、ノラさんの場合は、そこから自分の利益も引き出さなくてはならないのが難点。
俺はただ単に、視界から消えたいだけなので手間はもっと少ない。
この騒動は教訓を得られたということで、プラスにしておこう。
それにこれでウェステリアさんが珍妙な格好になって目立ってくれれば、本当に隠れ蓑になってくれるしな。しかもその珍妙な格好の発信元の名前として俺の名が出てくることも無い、という安心構造。
俺はゆっくりと文献探索に本腰を入れることが出来るわけだ。
その文献探索だが、上手くいっているのか上手くいっていないのか、自分でもよくわからなくなってきている。
メモを取れるようになったおかげで、データだけは溜まってきたが、これを体系化して有効な情報を拾い上げる――なんてことは出来ない。
データを眺めて“ひらめき”に賭けたいところだが、どうも先入観に囚われているようで、いかなるデータを集めても、発想が広がっていかない。
元は“影向”のデータが取れれば、それが1番の助けになる――例えば発生条件とか、神の自分ルールを見出すとか――と思っていたが、どうやらこれは無駄足になりそうな気がする。
今のところ1番納得出来る法則は、
“THE・気まぐれ”
と、定冠詞を付けて呼びたいくらいだ。
それでも世界の危機には顔を出すようだが……これがどうもなぁ。
神という存在は、全部そうなのか? と思って、トールタという神についてもちょっと調べてみたが、流石にちゃんとしている。
というか、アティールという女神は“アホ”なのでは無かろうか。
あるいは、自己顕示欲が尋常では無く――ウェステリアさんみたいに――自分を抑えることが出来ないとか。
あまりに人間らしい振る舞いは、ギリシャ神話を引っ張り出すまでも無く、あちこちの神話で散見できるが、それは様々な言い伝えや伝承が習合されて“神”という形を為しているからだろう。
それが、この“異世界”の神々とやらは、どうも前歴が見えない。
これは聖堂で調べ物しているから、という理屈でカウンターを喰らいそうだが、これでも1年間民間伝承に近い物まで採集してきた経験がある。
確かにフィールドワークは出来なかったが。
……いったん王都を出るとややこしそうで。
その実績から考えると、アティールという女神はいきなり完成形で出現している。
これは異常ではないか?
あの、一神教バンザイですら、背後に他の神を背負っている。
例えばクリスマスだって、元を正せばミトラ神の冬至絡みであることが見えてくる。
それなのに、この異世界の神々は最初から設定が完成した状態なのだ。
普通の人間の履歴調査したみたいに。アティールについては特に。
(これは思案のしどころかも知れない)
ある程度目処が立った――というか、またも捕まりそうな“影向”の袋小路の影を感じて、俺は閲覧室の席に深く腰掛けて溜息をついた。
今日はウェステリアさんも閲覧室にいて、俺の行動に身じろぎをするが放置だ。
制約が効いているが確認出来たのは喜ばしいが、もしかしたら俺が聖堂に来なくなるかも知れない。
とにかく――
――ニコチン、プリーズ。
気分的には、午前中でフケた学生の気分。
まだ日が高いウチに、街中をフラフラしてると微妙な背徳感があるよね。
それに加えて、歩きタバコだし。
1本だけ! 1本だけだから!
と、現在2本目にさしかかっております。
聖堂をあとにして、一応帰宅目指して王都を歩いていますが――何とも気鬱だ。
神に話を付ける。
ここのところの基本姿勢は変わっておらず、そのために侯爵に取り入ってみたり、ノラさんにお願いしたりしていたが、そう簡単に成果が出るはずもない。
ノラさんにお願いした件は、そろそろだと思うんだが、どうだろう?
だが侯爵家については時間がかかるだろうし……
改めて考えてみると、ここ最近急ぎすぎていたのかも知れない。
ノラさんが割と早回しに事態を処理していくタイプであるのは間違いないし。
であるならば、今は急いでも仕方がないのだろう。
書籍を探す事も止めたわけでも無い。それに聖堂だけじゃ無く、他の神を祀っている神殿もある。
それを含めれば、まだまだ情報という武器を装填する希望はある――あるはずだ。
というわけで、今日はもう気分がどうしても乗らないので半休でいいだろう。
……もしかしたら、しばらく休んでいいのかもしれない。
何しろ、俺は心が弱いからな~ギンガレー伯が来るまで休みにしちゃおうかな~
と、言い訳しながら歩いていると、いつの間にかねぐらの近くまで辿り着いてしまった。
さて、どうしようか。
もちろん帰るのもアリだが、ふと思いついたこともある。
この近所って、書店巡りをしていた時に良く通っていた界隈なんだよね。それで記憶が刺激されたのかも知れない。
俺は脳内地図を広げ、今の目的に合いそうな店をピックアップ。
(ナシュアの店か……)
いきなり本命にあたってしまった感覚。
俺はゲームで、ダンジョンを探索するとき、本命のルートは必ず最後に回すタイプだ。
マッピングするときも、空白が無くなるようにしてから次のステージに向かいたい。
だがナシュアの店が本命であるという保証は何もないからな。
どうせ暇が出来たのだから、と軽い気持ちで――
「カケフ! やっと見つけた」
――軽い気持ちで……フラフラしていたのが原因か?
思わず声がした方に向き直ってしまった。
もちろんそこには、笑顔全開でこちらに手を振る青年の姿があった。
紛う事なきランディだ。間違いない。
そして同時に襲いかかる、思わずダッシュで逃げ出したくなる程に、てっぺんから足の先まで貫くイヤな予感。
いや、実際ダッシュで逃げるべきなのか。
壊れスキルを目一杯あてにしてでも――
「やっと店の準備が出来たんだ!!」
続けられたランディの告白。
俺は思わず立ち止まってしまった。
そこに安堵や希望を見出したのでは無く、事態が知らぬ存ぜぬで逃げられそうに無いほど――
――逼迫しているのを感じてしまったからだ。