“説法講師”なるもの
「お話はわかりました――」
「真か!」
ええい、落ち着け。
「――わかりましたが、少しは説明していただかないと。俺も侯爵家の伝手で、こちらの厄介になっている身。その家名を汚したりできません。あくまで念のため、どういった意図がおありになるのかは伺っておかないと」
「……うむ。もっともであるな」
やっと落ち着いてくれたようだ。
侯爵家に借りは作りたくない、と言う意味では先ほどの言葉も全くの嘘では無い。
ただ狙いは制約を設定するのに使えそうなものが無いか調べるため――というのが本命。
俺は穏やかに微笑んでおいて、お互いに昼食をいただこうと、さらに雰囲気を緩めてみる。
ウェステリアさんもそれに頷いたところで、俺もサンドイッチをブースト。
これで少しは大人しくなってくれれば良いのだが……
「吾輩は“説法講師”を拝命しておってな」
出し抜けに始められてしまった。
しかし“説法講師”だ? 翻訳スキルまで壊れたのかとも思ったが、何となく想像は出来る。
それに考えてみれば、しばらく解放されないだろうし、下手に世間話とかに興じるよりは“説法講師”なるものの説明を受けた方がマシだろうな。
「……その“説法講師”というのは?」
だから思い切って、尋ね返してみた。
「ふむ。本来なら、あまり知らしめることでは無いのだが……」
勝手に自己紹介してなかったか?
これはツッコむとめんどくさくなりそうだ。
「神官が行う説法であるが、ずっと同じ内容ではその内、人の心を惹きつけなくなってしまう。これは仕方のないことであろう」
思ったよりも理性的な説明。
というか、自分の立場を肯定しているだけか?
「そのため神の“影向”はもちろん、神官達の過去の事績を説法として昇華してゆく。これが説法講師の職責だ」
「ははぁ」
思ったよりも興味深い仕事だ。
キリスト教も、一神教は良いが讃える対象が一つしか無いことで“人”員不足引き起こして、聖人が逆に溢れかえってしまったからな。
宗教関係で、割と真っ当に開き直っている気もする。
だが……
「立派なお仕事だと思うのですが、それで何故、このようなスタイルが必要なのです?」
ここがよくわからない。
俺は肩から帽子を抜きとって、サンドイッチの横に並べてみる。
別に意味は無いが、何となく。
するとウェステリアさんは、何とも言いがたい表情でこちらを見て、
「それだ」
といきなり、肯定された。
何が? この帽子を置いたことが?
「貴殿の仕草であるが、非常に人目を惹く」
――ゾッとした。
まったく俺の生活信条に反する現象が起きてるじゃ無いか。
いやウェステリアさんの勝手な思い込みの可能性も……
「その基本となるのが、やはり貴殿の出で立ちだと考える次第。その帽子も衝撃的であったが」
そうですか。
それは困ったな。
本来は髪色を誤魔化したいという思いでやってみたんだが、完全に裏目に出ている――のかもしれない。
「説法講師としては、その内容のみならず実際に行うときの立ち振る舞いも教えるわけだが――」
そ、そうですか。
段々脂汗が出てきたぞ。
「――帽子といい、エポーレットの使い方といい、先ほど仕草といい説法に実に有効に働く」
いや、諦めるな俺。
まだウェステリアさんの“個人的な感想”を信じるな。
「事後承諾になってしまうが、貴殿の帽子ではあるが非常に評判が良くてな。別に吾輩が作り出したと騙ったわけでは無いのだが、皆からはすっかり吾輩が作った帽子、という扱いになっておる」
――逃げ出したいが回り込まれてしまった。
「こうなると、いささか事態がややこしくてな。いや、確かに吾輩が帽子の経緯を詳らかにしておればややこしくは無かったことはわかっておる」
“帽子のデザイナー”とかになったら、本気で王都を逃げ出すところだから、結果的には助かっている。
だがしかし、ウェステリアさんの為人が“あんまり”であることも確かだろう。
俺が二つ返事で、あれこれと譲り渡していた場合、だんまりを決め込んでいたように思う。
――やはり、あまり関わらない方が良さそうだ。
それだけに、これが最後の機会だと思って、面倒ごとは済ませておこう。
俺はサンドイッチをかじりながら、
「その辺りは、あまり気にされなくても結構ですよ。俺も自分で帽子のデザインをしたわけではありませんし」
「助かる。して、何というデザインなのであるか?」
「そちらの良いように」
「しかし“異邦人”の世界では、名付けられておるのだろう」
ははぁ。
後世の歴史書に誤った形で乗ることを忌避したいタイプか。
これから先“異邦人”が出現して、間違いを訂正されたら恥と感じるんだな。
どうせ打ち明けたのだから、と確実な情報を求めたのか。
ウェステリアさんが、だんまりを決め込んでいた場合は、勝手にファンが名付けるのを待っていたパターンで対応するつもりだったのか。
どちらにしろ、俺は既存のデザインだが名前は知らないんだけどな。
そうなるとやはりここは――
「サンダーバード……と言います」
言ってやった。
後世の“異邦人”よ。
もし、この名前を聞いたら盛大に笑ってくれ。
「何と。随分と大仰な名称に感じるが、相応しくもあるな」
あ、通じた。
それに相応しいだって?
これは俺の世界に対して阿っているのか?
「――ありがとうございます。いや、元々俺が考案したわけではありませんし、その栄誉は元の方に」
「であるか」
胸の内の呟きと、まったく逆な事を口にすると妙な高揚感があるな。
「それでエポーレットの使い方の件だが……」
「これは名前が付いてませんよ。俺が勝手に真似してるだけなんで」
「そうであるか。では吾輩が名付けても……」
「問題ないと思いますよ」
そろそろ話を切り上げたいところ。
“巻き”で行こう。
「しばらくというか、俺はこのやり方止めておきますよ。何か聞かれたらウェステリアさんに教えてもらった、と言っておきます」
「おお……助かる」
「お役目的に、そういった身だしなみが大事なことも理解しているつもりです」
「まさにまさに」
ニコニコ顔で、熱心に頷くウェステリアさん。
この場合の身だしなみは、パワードレッシングに近いんだろう。
もちろん俺は、そんな頭の悪い馬鹿な風習大嫌いだが、それだけにより心からニコニコ出来る。
この笑顔を利用しない手は無い。
「ですが無条件で譲り渡すのも、少し複雑なものがありますね」
「無論、相応の謝礼はさせて貰うつもりだ。吾輩が出来ることであるなら協力しよう」
いい流れだ。
普通なら、メモを取る許可が下りるように協力して貰うところだが、ウェステリアさんの場合は、ちょっと変化させた方が良さそうだ。
それにメモを取る許可は、その内下りるだろうし。
タイミングは聖堂の役職付きであるウェステリアさんの方が掴みやすいだろうし、許可が下りた時にさも自分の手柄のように恩に着せてくる可能性がある。
制約として、有効に機能するであろう欲求は――
「――すぐに思いつきませんので、いったん保留で。いつか俺のお願いを聞いて下さい」
「何と」
驚き方まで仰々しいな。
一種の職業病だろうか。
それはともかく真綿で軽く締めておこう。
「何、大層なことはお願いしませんよ。安心して下さい」
「う、うむ」
「……そうか。サンダーバードのデザインの件もありましたね――あ、お気になさらずに」
「………」
我ながら惚れ惚れするような性格の悪さ。
これで、ウェステリアさんが俺と距離を取ってくれれば大成功だな。
俺からファッションに関して、何か引きだそうと近付いてきたら、
「例のお願いについてですが――」
とかやって、実際には要求せずに生殺しを続ければ、その内離れて行くだろう。
頼み事を引き受けさせておいて、要求をしない。
この宙ぶらりん感が、人と距離を取るのに実に有効だ。
案の定、そこからあまり会話も無く俺たちは食事を終えた。
メモ使用の許可が出たのは、その帰りのことである。
――なかなか上手くやったんじゃ無いかな?




