ふぁっしょんりーだー
今日も今日とて図書庫通い――
そろそろ『我が冒険の忘れ得ぬ思い出と、女神の軌跡』も終盤だ。
メモの許可は、まだもらえていない。
実はあの時思いついていたのは、スマホを壊れスキルで出現させる、というやり方。ページごとに撮ってしまえば簡単じゃ無いか! というコンビニで情報雑誌を撮影するような鬼畜外道なやり口。
聞いたところによると、何でもスマホの奴め。
撮影した本のページなんかを、自動的にテキスト化するとか聞いたことがある。
どこまで、人類はスマホに寄りかかるつもりなのか!?
もはや科学と魔法の境目がわからなくなっているのでは無いか?
……だが、そもそもそんなやり方、耳目を集めないはずも無く。
流石に担当の興味を惹くだろうし、姫カット――結局、ずっと一緒だ――の視線からも逃れることは叶うまい。
それにスマホの“元”がよくわからない。
壊れスキルを暴走させるとして、スマホに進化しそうなアイテムが思いつかないのだ。
まず電話が無い。情報伝達には魔法があるから、あまり発展してないようだ。ノラさん一党が使っていたアイテムが思い当たるが、あれは電話の元なのだろうか?
どちらにしろ、ああいったアイテムを入手するのも面倒そうだ。
では、メモ用紙を暴走させる。スマホから電話機能を取り去った、ただの便利アイテムとして変化させてみる……なども考えてみたが、実行には至っていない。
所詮思いつきレベルだしな。
一方で“影向”調査しながら、もう一方でスマホ入手。
これは中々の難事だ。
さらに、実は俺スマホ持ってなかったんだよな。この辺が問題なのかも知れない……ビームサーベル持っていたわけではないけど。
この辺りの齟齬をどうやって乗り越えていくか。
壊れスキルに付き合うには、まだまだ、といったところだろう。
とにかく目の前の本を読み切ってしまって、次の段階に進みたいところだ。
別に、2度と読めなくなるわけでも無いし、この辺りは気楽に臨むとするか――と割り切ることにした。
午前中で『我が冒険の忘れ得ぬ思い出と、女神の軌跡』も読み終わった。
読み終わった、というよりは、最後のページに辿り着いた、と言った方が正確かもしれない。
当たり前だが、山無しオチ無しで、なだらかに、それでいて唐突に終わった。
編集後記みたいなのがあれば、また違うのだろうが、そもそも編集されているのかどうか。
それでも収穫はあった――あとは別の文献でも確認出来れば、ちょっと面白くなるかもしれない。
(しかし誰も気付かないものかな?)
その辺が疑問だが、畏れ多いということなのか、あまり珍しくは無いのか。
神にアヤ付けようとしている我が身としては、十分手掛かりに――不味い!
現在、食堂でランチタイム中だが、今日の当番は外れだったようだ。
サンドイッチがここまで不味くなるとは……ある種の才能を感じざるを得ないな。
仕方ない。壊れスキルで調整を――何だ?
急に周囲が陰ったのだ。
その原因は……なんだ姫カットじゃないか。
もちろん食堂に姿を現したのは食事に来たためだろうが、わざわざ俺に近付いてきたのは――
「失礼する。少々、よろしいかな?」
――やはり、こういう事態になったか。
出来れば関わりたくない。タバコも吸いたい。何かイヤな予感がする。
こんなに理由があるのに、
「もちろんですよ。どうぞ」
と向かい側の席を勧めてしまう、ボッチ道の厳しさよ。
ここで無下に扱うと、この姫カットとの間に“恨み辛み”という架け橋が形成されてしまう。
さっさと用を済ませてしまった方が、軽傷で済むからな。
その姫カットは、俺の勧めに従って向かい側に腰を下ろした。
トレイに載せているメニューは……シチューか何かを中心にしたセットのようだ。
外れの時に大胆な選択を……しまった。俺も“何とか”するところだったんだ。何、こっそりとランクアップさせるのは得意だし、わかりにくいようにサンドイッチを注文している。
思うにサンドイッチは、料理として完成形の域にあるのだな。
ランクアップさせても外見は変わらないし。
そのため隙を窺うために姫カットを観察してみると、胸を張ってこう切り出してきた。
「吾輩の名は、フィフス・ウィステリアと言う」
……名前がまだ無かったのは猫だったか。
だが猫ならまだしも、人間でこの一人称はイタい。
いや、異世界的にはOKな可能性もあるが……取りあえず、挨拶を返して置かなければな。
「丁寧にありがとうございます。俺はカケフ・ムラヤマと言います」
実はまた別の名前を名乗りたかったが、侯爵家の紹介で聖堂に来ているから、悲しいがこの名を名乗らなければどうしようもない。
「ムラヤマ殿か……不躾なことを尋ねるが、貴殿は“異邦人”で間違いないのかな?」
「ええ。そのように呼ばれる存在であるみたいですね」
「やはりそうか……」
また髪色からの推測だとは思うが、それにしてはタイミングが遅すぎないか?
俺は首を傾げながら、
「やはり、と言うのはどういうことでしょう?」
と、尋ねてみた。
するとウェステリアさんは表情を改めて、
「これは申し訳ない。実は貴殿が取り組んでいたあの本のことだが、かねてより問題があってな――非常に悪筆なのだ」
――は?
ああ……ああ自動的にくっついてきた翻訳スキルが勝手に仕事をしているらしい。
壊れスキルの“孤高”とはまた別なのだろうか?
……それよりもあの本、もしかしなくても私家版か。結構そっちの方が衝撃的。
「“異邦人”が持ち合わせているスキルをご存じなんですね」
「うむ。あの本に関しては“異邦人”が持っていると言われている特殊スキルに頼らなくてはなるまい、と予言されていたのだ。吾輩も今日まで貴殿があの本を解読していたとは気付かなくてな。今日の午前中に返却されるところを見て、ようやく気付いた次第」
ふむ。
理屈はわかったけど、そういうことを話したくて声を掛けてきたのだろうか?
どうも、ウェステリアさんの狙いがよくわからない。
かと言って、それを直接聞くのもなぁ……
「時に、ムラヤマ殿」
「はい?」
考えているところに、声を掛けられて思わず返事をしてしまった。
何だ?
「その……エポーレットに帽子を挟むスタイルな。そちらの世界ではスタンダードなのだろうか」
「え?」
何だこの異次元からの刃の持ち主は。
エ……何だって?
帽子を挟む……?
ああ、肩に着いていた名称がわからなかったベルトみたいな奴って、そういう名前だったのか。
まさか異世界の人間に教えてもらうとは。
してみると、エなんとかはこっちにも名称付きで存在しているのか。
今、俺は例の帽子を、そのエなんとかに挟んでいるが……なるほど“これ”のことか。
俺はようやくのことで首を横に振ることが出来た。
「いえ。特にこのような収納方法が流行っていた記憶は無いですね」
さるアニメで見た記憶以外では無いな。現実のドラマでも無い。
ただ単に、帽子を真似されたことがちょっと癪に障って、思いつきをそのまま形にしたが……これは失敗したか? スマホみたいに、実現が難しいようであれば即座に諦めていたものを。
「それでは、そのスタイルはムラヤマ殿のオリジナルであるかな?」
「いや、それは違います」
食い気味に否定する。
これ以上間違えてたまるか。
「それでは――非常に厚かましい話だが、そのスタイル、吾輩に譲ってはもらえぬだろうか?」
「譲る? このやり方を?」
ウェステリアさんはこっくりと頷く。
眉を潜めながら、少し考えてみる。
譲る――厚かましい……帽子をエなんとかに引っかけるやり方を真似したい……いや、これだとスタンダードかどうかを聞く必要は無いな。
つまり――
「――こういったスタイルの創始者であると主張したい、と」
またも思いついたままに口にしてしまった。
この人、発言が意外すぎる。
すると今度はウェステリアさんが、
「忸怩ながら――その通りだ」
と間髪入れずに頭を下げながら図々しい事を直球で放り投げてくる。
俺は思わず拍手しそうになっていた。
なんというイタさ――むしろ香ばしさすら感じる。
しかし参ったな。このままだと“ふぁっしょんりーだー”みたいな扱いになるのか?
いやそれを、ウェステリアさんが引き受けてくれる……違った。
“ふぁっしょんりーだー”に価値があるという前提で俺が譲るのか。
いや、それも違うな。俺がつまらない対抗心でやらかしてしまったエなんとかに、ウェステリアさんが異様に食いついてきて、新しい何かが生まれようとしている。
――多分、こんな感じだろう。
さて“ふぁっしょんりーだー”を譲ることに未練は無いが、ここまで話が転がってしまっている。
それにウェステリアさんはなかなか香ばしい人物のようだし、無策で放り出すのも危険だ。
――と言うことは、制約でも掛けておくのが無難か。




