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ディレッタントな1日

 扉を開けると、すぐに閲覧室だ。

 書見台が、ざっと見た範囲に4台。それぞれが敷居で囲まれる事も無く、明け透けになっている。

 盗難防止、あるいはすり替えをさせないための配置だろう。


 そんなわけでこの部屋には窓が設置されている――北向きであるが。

 

 俺はトレイに乗せられたままの本を持って書見台を目指して歩いて行く。

 この部屋の担当、というか見張り役にチラと目向けて、その脇を通り過ぎると……またいるのか。

 というより、闖入者は俺の方だな。


 書見台の1つに、先客がいるのだ。

 神官服を着ているから間違いなく聖堂の関係者、


 ダークブラウンの長い髪を……こういう単語が浮かんできて仕方がないので、もう言ってしまうが“姫カット”してるんだよな、あれ。


 もちろん日本で言うところの“姫”なので、ストレートだ。

 これが西洋風であれば、縦ロール……よし、この妄想は止めだ。


 で、ここからが問題なのだが、いつの間にかこいつはサンダーバード帽を身につけていた。

 色は着ている神官服に合わせたのか白だったが、デザインが俺のがでっち上げたものにそっくりだ。


 別にオリジナルを主張したいわけでは無いが、何となくモヤモヤする。

 しかも、ここは聖堂で向こうが関係者だとするなら、状況的に俺不利じゃないか?


 ……勝負しているわけではないけれど。


 それに、ここに着いてしまえば髪の色を隠す必要はない。

 先ほど挨拶のために脱いだ帽子をわざわざ被る必要もないだろう。


 今は後ろのポケットに突っ込んでいるが……肩口にくっついてるベルトに帽子を挟んでるの見たことあるな。

 ――今度、改造してみるか。


 書見台の一つに腰を下ろし、昨日まで目を通したところまで順繰りにページを捲っていく。

 手描きのように見えるが、これはこれで魔法の産物らしい。


 単純に「複製コピー」でもあるのか「自動書記オートマティスム」みたいな魔法なのか。

 で、もちろん横書き。


 俺は洋書を嗜むほど教養は無かったので、どうにも本を読んでる気分にならない。かと言って、理系の教科書の記憶は遠く――PC上でネット眺めてる状態が一番近いのかも知れない。

 そして今日もまた、修飾過多な紀行文を解読していく作業が始まる。


 まず、ページごとにざっと見渡してみる。

 幸いなことに冒険者家業の方の記述はあまりない。もしかしたらパーティーの中ではあまり重要なポジションでは無かったのかも知れないな。


 神官職と言えば、パーティーの要になると勝手に思っていたが、あくまで素人オレの勝手な思い込み。

 それとも、本の主題とは関係ないから、あえて記述しなかったのだろうか?

 こういった文章を書く奴が、そんな気遣い出来るとも思えないがな。


 例えばこういった感じだ。


 ――依頼人の見送りに応えながら、ふと目を落としてみると、魂消るような清冽でそれでいて色香匂い立つ、青紫の星のような花弁。そのはかなげな立ち姿は雨に濡れた騎士を待つ淑女のようであり……


 頼むから、道ばたに咲く花を過剰な形容詞で飾り立てるのは止めてくれ。このまま、その花を主役にスピンオフが展開されて、コミック化、アニメ化まで届きそうな熱量だ。

 ……流石に、実写映画はないか。


 で、何故こんなにフィーチャーされているかというと“影向ようごう”した女神が愛でた花だったから――というのが、読み進めていくとわかってくるという構成。

 小癪な真似を――という、伏線にしてやられた心地良い悔しさでは無く、


「なんで、こんなあからさまなのか」


 と、虚脱感が襲ってる感じ。 


 アルハイムという人物にしてみれば、意図して構成に凝ったわけでは無く、心の赴くままに筆先を走らせたらこうなっただけなのだろう。


 しかし、これがなかなか疲れるのである。


 単純に読みとせば良いような気もするが、どの記述が他の書籍・文献で引き合いに出されているのか、わからない。


 一番簡単なのは、この本を手元に置きながら、他の書籍をあたる事だが、閲覧のシステム上それは出来ない相談だ。

 無茶を押し通すと侯爵家の借りが増えるしな。


 とにかく読み進めれば、光も見えてくるだろう。

 それに――今の段階でも引っかかっている事がある。


 単にアルハイムの筆が走りすぎたためなのか、それとも揺らぎようのない事実なので、記述されているのか?

 他の書籍と合わせて、確認してみたい。


 そんなこんなで昼時だ。

 昼には担当が引き上げるので、自動的に書庫での作業も休憩となる。


 何というホワイト!


 と、イヤミ半分に叫びたくなる気分だが、もちろん休憩はあった方が良いだろう。

 休憩1時間で、後は午後5時まで詰めることになる。

 昼飯は、敷地内に食堂みたいな施設があるからそこを利用していた。


 実際よくわからない施設なんだよな。無償で施される炊き出しみたいな感じではない。それはそれで、聖堂とは別の場所で行われているみたいだが。

 やっぱり最初に似ていると思った印象が一番正解に近いのかも。


 つまり――学食。


 この聖堂に居を構えている人は、ここで食事を摂るようだ。多分、安価で。

 で、そのついでのように外へも解放している施設、という感じじゃないかな?


 ――別に確認はしてないが。


 ここが学食と似てると思ったのは、基本的にセルフであるという部分も大きいだろう。

 席に掛けたら注文を取りに来てくれるのでは無く、厨房近くで自分で注文して代金と引き替えにメニューを受け取るというシステムが採用されている。


 食券とかあったらもっとスムーズに行きそうな気もするが、余計な口は挟まない。

 流石に俺は“異邦人”だけあって、この食堂に現れた直後はヒソヒソとされたものだが、今では風景の一つとなることに成功している。


「サンドイッチを」

「はい」


 とこんな風に短いやり取りだけで、流れ作業で昼食を手に入れることも可能となった。


 厨房にいる人も、ここの関係者なんだろうな。神官服着ているし。

 何かの修行の一環みたいなことかもしれない。


 というのも同じ品質を届けるという基本が徹底されていないらしく、同じサンドイッチを注文しても、味にばらつきがある。


 こういう風に食堂とかそれに類する施設から“提供されたもの”と認識していれば、俺の壊れスキルが暴走することもないのだが、あまり酷いときにはわざと暴走させる。

 今日は……多分、大丈夫だろう。


 サンドイッチが乗せられたトレイを持って、席を探す。

 食堂はかなりい大きい。100人ぐらいは余裕で入るんじゃないだろうか?


 混み合っていた記憶はないが、夕食時にはまた違うのだろう。外に出ている連中、ほぼ全員がここで夕食をいただくわけだからな。

 いつも通り窓際に腰掛けて……タバコを吸うために隠れられる場所を探そう。


 午後は先ほども言ったように午後5時まで。

 午前中と同じ手続きをして『我が冒険の忘れ得ぬ思い出と、女神の軌跡』に挑む。


 本を読むことは慣れているつもりだったが、やはり難物だ。

 感覚的には古く注釈タップリの本を、注釈無しで読んでいるような感覚。


 この本もまた“読者が知っている前提”で書かれているところが多い。だが、この状況で都合の良い本など求め続けても仕方ないのだろう。

 この本は、比較的マシな方だし。


 ……だが、流石に少しはメモを取りながら読みたいものだ。


 メモ自体は、ここに預けても構わないから情報を整理していかないとその内に詰む。

 本の内容が漏れるのを防ぐため――メモがあれば確実性が増すし。それとメモを取るためのインクが、本自体にダメージを与える危険性。


 この辺りが理由となって、禁止されているのでは無いかと勝手に考えていたが、実際どうだろう?

 そういえば――と、やっぱり午後も一緒となった姫カットの方を見てみると、本に顔を埋めんばかりに耽溺している。


 アレで本は大丈夫なのか?


 と、心配になるぐらいだが――はて、一体何を読んでいるのだろう。

 そして俺はその傍らに、積み重なっているメモ用紙らしくものを確認。

 申請したら、割とあっさり通るのかも知れない。


 何とか半分ほど読み進めて、本を返却。

 メモを取ることについて尋ねてみると、上に申請してくれるそうだ。


 もしかしたら侯爵家にお伺いを立てる、みたいなことになるかも知れない。これで借りが増える事態は避けたいが、全部、頭の中に……ちょっと思いついた事があるが、実現は可能だろうか?

 これからの行き帰りの最中に、歩きながら検討するにはちょうど良いのかも知れない。


 そして、夕闇の中を帰路に就く。

 ちょいと疲れたときには辻馬車を利用したりもする。朝、これをすると到底商売にならないところで乗り捨てることになるから、使わないことにしている。


 恨みを買いたくないからな。


 帰りに辻馬車を拾うときも、必然的に商業区画に入ってからだ。賃金は感覚的にタクシー料金ぐらいだろうか。つまり、贅沢は敵だ、ということになるのであまり使わない。


 そして夕飯は、ねぐらに戻ってから適当に。

 元になる食料を買い込んではいるが、そろそろ補充が必要だろう。


 買い物に行くついでに、ここの大家に――具体的に言うと奥さん向けに――差し入れ用の果物かお菓子も用意しておこう。

 基本は良い人、という評価になれば関心も薄れていくだろうしな。


 ――これが、新しい俺の1日である。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんと言うか埋もれてるのが惜しい作品 同時になろう読者層向きでもないとは感じる ラノベとしてちゃんとし過ぎていて ロードス島の後の時代とかならそこそこ売れたレベルだと思う  そうこれはラノ…
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