ついに図書庫へ
その後、ノラさんにはお礼を言って、それきりだ。
壊れスキルに関しては、正体が掴めないものの、周囲の人間性との関係性が重要な要素であることは間違いないと思う。
そう考えて、ノウミーでの出来事を思い返してみると、思い当たることもあった。
俺のスキルも最初は常軌を逸してはいなかった……はずなのである。
最初はせいぜいが剣を研いでると変わらないことしか出来なかった。
――それが、いよいよ壊れたのはいつか?
つまり朝起きたら藁束がいきなりベッドに化けるような、朝飯が和食そのものになるような、おかしな具合になったのはいつか?
決まっている。
――メイルとアニカからの誘いを断ってからだ。
恐らくこれは間違いない。
だとするならば……やはり目指すべきはボッチで間違いない。
それが“孤高”の矛盾を回避出来る手段のはずだ。
……はずだがしかし、実際には壊れてしまったんだよなぁ。
その上、俺自身が壊れスキルにかなり頼っている現状、詳細もわからずに容易に仲間を増やせないというハンデがついて回る。
「そんなもの、お前は求めてないだろう」
……などとセルフツッコミが入りそうだが、ここで話が元に戻る。
魔法についてだ。
習得するにあたって、学校なり、師匠なりに世話になったとする。
下手をすると、濃密な人間関係が出来上がってしまう。
学校ならば幾分かは危険性が減るが、魔法を学ぶ者、でカテゴライズされて人間性がまったく考慮されない可能性が高いからな。ひとまとめにされて、強引にクラス分けさてしまうかも知れない。
極端な例を挙げると、
「はい、2人組作って」
という破滅の言葉が唱えられるあれだ。
かと言って師匠とマンツーマンなんか、壊れスキル的にも俺の嗜好的にも御免被りたいところ。
結果、「瞬間移動」は諦めるしかなくなり、今日も文句を言いながら聖堂へ徒歩で向かい……今、到着と相成った次第。
(今日も良い天気だな~)
俺は気持ちを入れ替えて、一つ伸びをした。
聖堂というのは王都の住人がそう読んでるだけで正式名称は、
「アティール女神大聖堂」
となるようだ。
いちいち神の名前をくっつけないといけないのが一神教と違うところ。
前にも触れたが、ヨーリヒア王国でほぼ主神扱いになっているのが女神アティールだ。
で、トールタ神、女神サヤック、ギールカ神と他の神々の名が上がるが、ぶっちゃけよう。
今のところ、明確な違いがよくわからない。
というのも、この神々よく合議してるみたいで、1柱――と一応数えておく――の思いつきで、いきなり行動を起こしたりはしない。
……らしい。
まだまだこの辺は、勉強中だ。
これが確定なら“影向”を望む俺にしてみればなかなか厄介な問題となる。
俺としてはアティールというのだけで良いんだが、下手すると4柱まとめてやり合わなければならなくなる。
何とか、それを避けたいところだが、そのためにも今は勉強だ。
聖堂の造りは、まず塔がある。で、教会と似てるのは正直これぐらいで、他は箱物行政よろしくいまいち使用目的がわからない広間が組み合わさってるだけ。
一応、多目的ホールみたいなものがあって、そこが信徒達の集会場みたいな働きをするわけだ。しかし日ごとに説法が行われるという事も無いらしい。
年中行事みたいなのはあるみたいだが。
しかし神聖術の総本山には間違いなく、どちらかというと大きな総合病院、の方がイメージに近い。
それならそれで、こんな高級住宅街の端っこに建っているのも問題だと思うが、ないよりはあった方が良いのだろう。
で、俺は壊れスキルのせいで健康この上ないし、侯爵からの紹介があったので、そういうメインどころは最初からスルーしている。
今まで紹介した場所も、実はちらっと目にした程度だ。
目的の場所は敷地内でも関係者以外立ち入り禁止の図書庫。
何だかヤバ目の魔導書があるわけでは無く――あるのかもしれないが――ただ単に高そうな書籍を抱え込んでいるからの立ち入り制限。
確かに、基本的に聖堂は出入り自由だからな。
この処置には納得。
俺はいつも通り、その図書庫へと向かった。
□
図書庫はがっちりとした石組みで建てられた、一軒牢獄にも見える堅牢な造りだ。
これを最初に見たときに、俺はホッと胸をなで下ろしたものだ。
何と言っても書籍の最大の敵は“光”だからな。
長期保管を意図しているなら、光が差し込まない造りにしないと。
俺は警備当番の神官に帽子を取って挨拶する。すでに顔なじみではあるが、求められれば侯爵家から渡された紹介状を見せる用意もしておく。
ここで手間を省くような特別待遇を求めても空しいだけだ。むしろ、しっかりと書籍を保管する心構えと、警備を配置するという入念さに自然と頭が下がる。
「ムラヤマさんですな。今日も閲覧が希望で」
「そうです。昨日の書籍を引き続き」
「わかりました」
あっさりと手続きが終わってしまった。
実際、盗難防止が主目的だからな。身元が保証され、数回の使用とその書籍の扱い方に問題がなければ、手間を省きたくなるのもわかる。
ただ、この場合「変装」みたいな魔法があったらどうするうだろう? などと考えてしまうが、何かしら対策はしてるのだろう。
直接、書庫に入り込むシステムでもないしな。
図書庫に入ると、前室としか言いようがない担当の控え室がある。その奥には書庫に通じる扉と閲覧室に通じる扉とがあって、警備担当こそ居ないが、これも安心出来る造りだ。
「……昨日の続きで?」
「お願いします」
俺が今取りかかってるのは、
「我が冒険の忘れ得ぬ思い出と、女神の軌跡」
という風に読める上級神官によってまとめられた紀行文じみたもの。
この上級神官――後に司祭――アルイハムは、元・冒険者で、その若かりし頃、冒険の最中に“影向”に接することが多かったらしい。
あくまでアルハイム個人の感想だが。
そこで、冒険のついでに訪れた先で暮らす人達から女神に関する話や言い伝えを採集して、ある程度まとめられたのがこの本だ。
もしかしたら民俗学的な側面もあるのかもしれない。
最初はもっと学術書みたいなものを探していて、何冊かあたってみたのだが、
――詳しくはアルハイム司祭の著作に詳しい……
――アルハイム司祭の著作によると……
という具合で、まず入門としてこの本は読破しておかねば、何度も蹴躓いてしまう事がわかったのだ。
幸いなことに「我が冒険~」も書庫に収納されていることが判明し、事実上、この書庫の司書役である担当の手伝いもあって、何とか俺の勉強は前進を始めたという次第である。
ただ「我が冒険~」も神官職が書いているのは間違いないわけで、女神への修飾過多な文章に溢れているのが厄介だ。
そういう修飾を突破して、目的の情報を拾ってゆくのは……実は結構楽しかったりする。
担当が書庫の扉に消えて、すぐに帰ってきた。手には赤い革で装丁されたハードカバー程の大きさの本。
正直言って、あまり本の状態はよろしくないが、それはここの保存の問題では無く、収められたときにすでにこの有様だったらしい。
きっと俺と同じく蹴躓いてばかりだった先人が働きかけて収納したんだろうな。
そんな思いを無駄にしないためにも、俺は恭しく本が載せられたトレイ――のようなもの――をうけとる。
……いきなりバラバラになるほど傷んではいないと思うのだが、とにかく慎重に。
俺のそういった姿勢が評価されてのことか、最初は横車を強引に押し通した俺を見る目も厳しかったが、今ではプラスマイナス0といったぐらいまでは復帰しているように思う。
特に仲良くなりたいわけでもないし、この状態の維持を心がけよう。
何せ、壊れスキルの問題もあるしな。
「……それでは閲覧室へ。他にお探しの本はありますか?」
言うまでもなく持ち出せるのは一人一冊のみ。
それなのに担当がこんな風に尋ねてくるのは、ここに最初に訪れたとき何度も書庫を往復させたことに対するイヤミなんだろうな。
俺は頭を振って、
「――大丈夫です。しばらくはこちらを閲覧させていただきます」
と、殊勝らしく答える。
担当は軽く頷くと、今度は閲覧室への扉を開けた。
――これでようやく1日が始まる。




