単位が違う
そう矛盾だ――
“孤高”と言っておきながら、ヒロト・タカハシは早々に仲間に囲まれている。
しかも伴侶とか言ってたから、何かがどうかして結婚に至っている。
……重婚アリなのか、夫人が複数でも良いのか。
いや、この場合その辺りは関係ないか。
それよりも問題なのは、その仲間と歩みを共にする流れであるのに、授けられたスキルが“孤高”であるということ。
名称的な矛盾、という問題では無い。
スキルと状況が、最初から破綻するように設定されている。
ここが見極めるべき“矛盾”だ。
「このスキルの名をヒロト・タカハシが知ったのが何時か――」
「もちろん伝わっているわけがない」
それはそうだろうな。
“孤高”の名と自分の状況を照らし合わしてみれば、イヤでも矛盾に気付く。恐らく、スキル名を確認したのが遅くなってからなのか、それとも目をつぶっていたのか。
どちらにしても、あまり知れ渡っては欲しくないだろう。
問題は、この矛盾で何が起きているかなんだが……
「それでヒロト・タカハシのスキルはどうなったんですか?」
「特に変化はなかったらしいが、これはもう歴史の範疇だからね」
だから、正確さに欠けると。
ノラさんもなかなか穿ったことを言う。
「ただ、ウチは一応血族だからね。口伝というのも大仰だけど、スキルについてヒロト・タカハシが語った言葉が伝わってるよ」
「それ――教えていただけるんですか?」
「だから君は、この情報に価値を認めすぎだよ。与太話に近いんだから」
「しかしノラさんは、価値があると判断したから、この場で出してきたんでしょ?」
「確かに君への借りを減らしておこう、と考えて出てきた話だけどこれで新たな取引をしようというわけじゃない……むしろ相談に近いかな?」
「相談?」
「ヒロト・タカハシの言葉の意味がね……わからないんだ」
ノラさんがグラスに口を付ける。
呷る感じでは無く、唇を湿らせるように。酒の席での与太話であると改めて宣言しているつもりなのかも知れない。どうにも芝居臭いな。
聞いたら最後、後に引けなくなる、みたいな情報も存在する。
それが狙いかとも思ったが、ここには余人が存在しないという建前になっている。
聞いたはずだと詰問されても知らぬ存ぜぬで通して、ノラさんを切り捨てれば何とかなるだろう。
何しろ、本人(俺)がわかっていない壊れスキルの情報なのだ。使いようによっては俺の生命線を握らせることになりかねない。
やはり用心に越したことは無いだろう。
そういう備えを確認してみれば……現れるのはスキルに関する好奇心だ。俺はどうもこれに弱い。それに意志薄弱だしな。
「では――聞かせてもらえますか?」
ゴクリと唾を飲み込むように、先を促してみる。
そんな俺の様子をみてノラさんは疲れたような笑みを浮かべた。
「どうも君は……やはり“桁違い”なんだ――もう少し強者として振る舞ってくれないかな。君は情報を差し出せと、こちらに命令したって良いぐらいなのに」
そういう油断で毒を仕込まれたら馬鹿過ぎますし。
強者といっても、所詮物理的ものだしな。
「……“単位が違う”」
いきなりノラさんが告げる。
厳かに。それでいて投げやりに。
これがヒロト・タカハシが残した言葉だとするなら……
「それはスキルに関しての言及で間違いないんですか?」
「そう聞いている」
「それではスキルに関連したもので単位となると――」
「レベルだろうね」
即答されたが、確かに他に思いつかない。
“レベル”という言葉を単位扱いしたことはなかったが――どういう意味だ?
それに個人だけ、単位が違うとかそんな馬鹿な仕様……ああ、そうだった。
このふざけた“異世界”には神が居る。
どういう仕掛けを組み込むのかも、随分とやりやすいことだろう。
だが――
「……単位が違って――それはどんな変化をもたらしたんでしょう?」
ここが問題だ。
あるいは“単位が違う”自体が翻訳ミスの可能性だってある。
「残念ながら、それは伝わっていない――意図的に隠されたのかも知れないけど」
「意図的?」
「これは血族の間でしか伝わってないと思うんだが、どうやらヒロト・タカハシは自分のスキルを恥じていたようなんだよね」
これには虚を突かれた。
「単位が違う」と「スキルを恥じる」
確かにスキル絡みの話なんだろうけど、上手く繋がらない。
どういう風に想像すればこの二つが繋がるのか。
いや諦めてはダメだ。丹念に想像していこう。
現状で手掛かりは何も無いに等しいのだから、逆に言えば制約は何も無い。
俺は掌を掲げ、少しばかりの時間をもらう。
――単位が違う、はわからないでも無い。
ヒロト・タカハシが何故、そう判断したのかはわからないが、それよって引き起こされる不具合――そうだ。単位が違うことによってヒロト・タカハシは不利益を被った。
単純に考えれば10,000$だと思っていたのに、10,000ジンバブエ$だった、みたいな場合か。
……例えが極端な気もするがそれはおいておこう。それに、この想像ではどうやってもヒロト・タカハシがスキルによる恩恵を受けていないことになる。
だからこの例えは間違っているが――方向性としては正しいのでは無いか?
10,000$持っている、との自覚から余裕があり、もしかしたら尊大な態度であったとする。
しかしある日気付いてしまう。
「――俺、持ってるのは$は$でもジンバブエ$じゃん……」
うわぁ……
想像するだけで恐ろしい話だ。
脂汗まで額に浮かび上がってきた。
ノラさんが珍しく裏表のない様子で腰を浮かしかけたが、俺はそれを留める。そしてロクに吸わぬまま灰になっていたセブンスターに別れを告げて、新しい1本に後追いさせた。
深く吸い込む。血管が収縮する感覚。
……よし、落ち着いたな。
でも、これで「スキルを恥じる」にも繋がった気がする。
問題は単位が間違っていた場合、想像のパターンなら破滅が待ち受けているはずだ。
「……ノラさん。ヒロト・タカハシの最期はわかってるんですか?」
「病死だね。60ぐらいだそうだから寿命なのかも知れないけど」
「寿命……あるいは病死」
いや、俺の壊れスキルと共通点があるのなら“病死”は考えづらい。
しかも死因が推測出来るほどに、看取られて死んでいる。
ということは――スキルがジンバブエ$でも何とかなった……$以外の通貨、例えば円やユーロを貯め込んでいた。
この場合、円やユーロに相当するのは……
(仲間、そして信頼――か?)
つまり“孤高”のスキルに反した要素が最終的に身を守った。
(……事になるか?)
俺はさらに深く紫煙を吸い込んだ。
最後までスキルに依存し、天上天下唯我独尊な態度を崩さなかった場合、仲間も信頼も失い、残されるのはハイパーインフレを引き起こしたジンバブエ$のみ。
そういう事態を避けるためには、文字通り“日頃の行い”が肝になるわけだ。
構造的に良く出来ている、とは思う。
スキルが矛盾を抱え込んで衰えていっても“老い”のせいだと勝手に納得する可能性も大だしな。
だが“良く出来たスキル”という推測は結果論に過ぎない――そうも感じてもいた。
ほとんど推測ばかりとは言え、それでも俺の手元には推測可能にする材料がある。
しかしヒロト・タカハシの手元には何もなかった――あるいは手元に揃ったときすでに手遅れだった。
ヒロト・タカハシは自分のスキルをどう思っただろう……あるいはその仲間――
「ノラさん」
思わず声を掛けていた。
「何かな?」
いっそ優美とも感じられる仕草でノラさんが応じてくる。
「……ノラさんの血縁がかつてのヒロト・タカハシの仲間だった。そして神官職だった……もしかして棄教されたんですか?」
「……やはり君は“桁違い”だね」
何度目になるんだろう、この台詞。
だが、どうやら“当たり”だったようだ――棄教なんて言葉が通じているのなら、だけど。
となると、
――神にナシをつける
という俺の願望を手伝ってくれる……というわけでは無いのだろう。それに先祖が恨みを抱いていても、子孫がそれを抱き続けなくてはならないなんて、そんな筋合いはどこにもないからな。
つまり、そういう話が伝わっていて、ノラさんはさほど熱心では無いが知りたいこともあり、つまり……与太話か。
俺は溜息をついて、身体から力を抜いた。
「“単位が違う”の推測の成果は、先ほどの質問でおわかりでしょうが……」
「そうだね」
「ただ、もう少しデータが欲しいところです。多分無理なんでしょうが彼が名を売り始めたあたりのレベルが知りたいですね」
「うん、それは尋ねられると思ったんだが……」
「ないわけですね」
「非常に高かった、とも聞いているが、ヒロト・タカハシは“異邦人”だからね」
「何でもあり、ですね」
そして俺もそうなんだが……この壊れスキルは、あまりにも常軌を逸しすぎている。
だが元になったのが矛盾を抱えたスキル“孤高”であるとするならば――
――やってはいけない事はわかるつもりだ。




