表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/334

名前に反する

 ――魔法が欲しい。


 歩きながら無為な思考に耽ることが出来る、という“絶好の状況”の中で、その“絶好の状況”を自ら裏切るような欲求に身を浸してしまう。


 今、俺が欲しているのは魔法全般では無く「瞬間移動テレポート」ただ1つであるが、それだけに切実さを理解して欲しい。

 現在、ほぼ通勤のように通っている聖堂までは結構な距離があるのだ。

 それでも一応はケシュンからは、這い出てはいるんだけれど。


 侯爵家の伝手の伝手の伝手で王都の中程に使っていない倉庫を借りて――魔改造して――拠点は移してあるが、それでも遠い。


 そしてバスやら電車などはない。そんなインフラで大丈夫か? とも思うが遠距離通勤のやんごとなき方々は馬車をお持ちだそうで。それも運転手付き。


 現在、都会の真ん中に居るのに、車を持っていないと身動きが取れなくなるド田舎の気分を味わえてしまうことになる。

 かと言って、伝手を利用して聖堂の近くに居を移せば、流石に侯爵家との繋がりがあからさますぎる。


 これは避けたい。


 何とかして馬車を手に入れた場合――俺の壊れスキルが何をしでかすのか、本気で見当が付かない。燃料ガスとかその辺の消耗品については考えるのを止めれば受け止めることは出来る。


 だがSFに出てくるようなものが出現したら?

 俺はそれをキチンと元に戻して目立たないように出来るだろうか?

 いや俺が知ってるような自動車が出てきた場合でも、果たして使わないでいられるだろうか?


 ……自慢では無いが俺の心は弱い。


 それに欲望に負けた結果、自動車の存在がもたらす騒動を想像すると――ただただ胃が痛くなる。

 結果、残されたのは聖堂までの遠い道のりだけ。


 そうやって悶々としていると、ある可能性に気付いてしまった。


(魔法なら、何とかなるんじゃね?)


 である。 

 

 歩を進めることおおよそ1時間。

 商店街や職人街――新しいねぐらの場所――からは抜け出してはいるが、聖堂まではまだ随分かかる。

 学校まで片道1時間以上の道のりを通っていたのだから、体力的は無茶はしていない……多分。


 しかし散歩代わりと考えたとしても、やはりキツい。

 そもそもが俺はインドア派なんだよな。

 今日は良く晴れているし、高級住宅街に至ってからは風光明媚と表現しても過言では無い、異国なたたずまいが心を躍らせる。


 ……異国どころか異世界なんだが、それは捨て置く。


 俺の出で立ちも、少々変更になっているしな。

 “木のうろ”のところで手に入れた、揃いの一張羅。

 もちろん1着ではどうしようも無いので、他に2着手に入れている。


 一見、ヤワな素材から出来ているがいつも通り防刃仕様に変えたので洗濯にも遠慮は要らない。

 足下はブーツを履くのがスタンダードのようだが、バッシュに変えておいた……本当はつっかけが一番良いのだが、流石にこの格好では無理がありすぎた。


 この服の上から剣帯を身につけても良いらしいが、それは止めておいた。

 で、バランスを取るために上着の下にいつもの短剣――これは大げさだと思うが念のため。


 そして有り難くも帽子がある。

 学士風に、ということででっち上げてみたんだが、思いの外ウケが良かった。


 通っている聖堂で真似をしている人がいるしな。

 帽子は俺の髪を目立たせないために、真っ黒にして“木を隠すには森の中”作戦。


「アレって髪? それとも帽子?」


 みたいな事になれば良いんじゃ無いかと思っている。

 で、肝心の帽子の形状の名前がわからない。サンダー○ードみたいな感じのツバ無し帽子なのだが、イメージしたらすぐに出てきたので、何かしら名称が与えられた帽子なんだろう。


 ……検索出来ればなぁ。


 と、博覧強記のデュパンに怒られそうではあるが、大体そんな格好だ。

 

 さて、というわけで歩きながら“魔法”収得に当たっての問題点を改めて考えてみる。

 欲しいのは「瞬間移動テレポート」だけであるが、習得までに他の魔法だか魔術だかを習得出来れば、それはそれで得だろう。


 1番の問題は、言うまでもないが俺の壊れスキル。

 どう暴走するのかわからない、というのが問題――なのだが。


 本当に問題だろうか? という疑問が今さらながらに頭にこびりつく。

 確かに呆気にとられるが、あのねぐらにしろ、短剣にしろ、俺に害を及ぼすことは無かったのでは無いか?


 むしろ魔法を習得していった場合、それを“自分のもの”だと認識した場合、その性能はとんでもないことになるのでは無いか?


 ……そんなものどこで使うんだ? という疑問はおいておくとして。


 正直、この計画プランには心を惹かれるものがある。

 だが――


 ――“孤高”


 その名称が問題だ。


 なんだそれは?

 と、言うのが俺の第一印象。小っ恥ずかしくさえある。もっと言えば確実に“拗らせている”とまで考えた。

 俺が露骨にいやな顔をしてみせると、


「そう伝わっているものは仕方がない」


 と、ノラさんはあっさりと告げる。

 確かにノラさんに罪は無いだろうが……待てよ「鑑定・スキル」の結果なのだろうか。


 だとすれば“孤高”だなんて名称を思いついたのは……神?

 だとすれば――やりそうではある。この世界の“神”ってどうも頭がおかしい疑惑がある。


 ノラさんの提供してくれた情報はスキルの名称だけでなかった。

 まず、この小っ恥ずかしいスキルの持ち主の名前。


「――ヒロト・タカハシ……ですか」

「馴染みのある響きかな?」

「ええ……」


 と答えるのが精一杯。

 亡くなってから200年程経過しているらしい。


 業績と言うほどに立派かどうかはわからないが、あちらの貴族、こちらの貴族と渡り合って財をなして、生涯を終えたらしい。

 もしかしたら王族とも親交があったとか。


 当時は“大密林”に隣接している領が複数合って、その間で小競り合いが良くあったそうだ。

 貴族同士のケンカとなると、当たり前に派閥を形成してしまう。で、群雄割拠みたいな状態にもなったらしい。


 そこに出現したのがヒロト・タカハシで、かなり放埒に振る舞ったらしい。


「その無茶をやった理由が“孤高”ですか?」

「そうらしいね。そのスキルが君の“それ”と似ている部分があるんだ」


 どこぞで買ってきたアイテムも、手に触れればあっという間に真新しく。

 それどころがなまくらな剣も伝説の宝剣も裸足で逃げ出すというランクアップ。


 無茶苦茶な話であるが――


「……君よりはマシだね。何とかこちらが理解出来る範囲での変化なんだから」

「………」


 言葉の返しようがないとはこのことか。

 黙り込んでいると、ノラさんが実に良い笑顔を浮かべる。


 俺のスキルに関しては色々思うところもあるのだろう。ただ俺も十分被害者だと思うんだが、そうは見てくれないところが少しモヤッとする。


 で、最初はこのスキルを利用して故買商みたいな事をしていたらしい。

 俺と似たようなことをしている。と、言うか必然的な行動なのでは無いだろうか。


 で、一財産……というわけでもなく、主に剣技で頭角を現したらしい。所謂、冒険者家業に手を出したようだ。

 魔法とかも手を出していないとも思えないから、多分使っていたはずだが、戦士というか剣士として名前を売ったらしい。


 この辺りもスキルの影響なのか、どうなのか。

 そして留意しておくべき事が一つある、とノラさんは言う。


「この世界に出現した時から、ヒロト・タカハシには同行している者たちが居てね」


 自分の経験則上、どうにもイヤな予感がする。

 しかも“者たち”という複数形。


 これは……


「……それ女性だったりしますか?」

「ああ。二人共ね。で、将来の伴侶だ。片方が剣の師匠にもなるらしい。片方が神官職で――実は僕の先祖……というのは大げさすぎるね」


 子供まで為している。


 何というテンプレな異世界行だろうか。

 俺も、そういったルートに入る予定だったんだろう。恐らく。


 それが……うん?


 そこで俺の思考が一時停止。


 まず、この話の“何”に留意すべきだとノラさんは考えているのか。


 自分の先祖の自慢話をしたかったのか?

 いや、それは違う。


 この話には大きな問題点がある。


 それはスキル。そしてその名称。


 そうだ。


 ヒロト・タカハシの振る舞いは――


 ――“孤高”の名称に反している。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ