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「孤高」

 結局、侯爵は俺の提案を却下はしなかった――


 だが、全面的に採用ともならなかったようだ。

 実を言うと、この状態は願ったり叶ったりでもある。

 侯爵家に深く関わることは避けたかったからな。


 そんなわけで……いや、別に会談の好不調にかかわらずこういう予定だったのだろうな。

 俺とノラさんは今、帰りの馬車に揺られている。


 すでに陽は落ち、侯爵邸に辿り着くまで通り過ぎてきた森も真っ黒――ではないんだこれが。

 目立たないように配置され、巧みに持続光コンティニュアル・ライトが付与されたオブジェが森を彩っている。


 正直に言ってしまうと「どこに労力を割いているんだ?」って事になってしまうが、この仕事ぶりを知っていれば、別の角度から侯爵に言葉を重ねる事も出来たかも知れない。

 例えば……すでに自然を制御し始めていますよ、とかなんとか。


 そんな益体の無い思考の中であっても馬車は進む。

 流れる景色の中で、木々の隙間から万華鏡のように持続光コンティニュアル・ライトの光が踊っていた。


 それに誘われるようにさらに意識を深く沈めると、自分の間抜けさ加減にようやくのことで気付くことが出来た。

 そもそも俺は帰らせる予定も無かったに違いない。


 本来であればボロボロにされるか、死体になっていたはず。

 その時の世話は……ノラさんか。なるほど、向こうは向こうで理屈に合いそうなことはしていたんだな。


 それでも俺のスキルについては、甘く見ていたか……頭から信じなかったのか。

 やはり帰り際に、釘を刺しておいて正解だったのだろう。


 俺が頑なに“閣下”という敬称を使わなかったこと。

 それは知らなかったからでは無く“異邦人”たる俺は、こっちの世界の貴族やら、取り決めなど、馬鹿らしくてやってられないこと。


 だから、こっちが利用出来るなら相手もするし、そちらの言葉遣いも気にしないが、間違っても自分が上位に立っているなど夢にも思わないように。

 あくまで俺は単独で“侯爵家”に匹敵している。


 嘘だと思うなら、もう一回試してみるか? 妾の元を訪れたのも、そもそもは“侯爵家”が要らないことを考えたからだ。

 だが、最悪の事態は回避された。


 お互いに利用し合って、行こうじゃないか。


 ……というような内容を適度に迂回しながら、捨て台詞さながらに告げてきた。

 今、頭が上手く働かないのも、この辺りの作業が重労働に過ぎたからだ。


 あと、ニコチン!

 それと飯!

 重ねて言うと、食事を終えた後の一服!


 ――これに限る。


 新たに俺たちを送るためにやって来た、老境の域に達した執事あるいは家宰の身体が、俺の仕草に合わせてビクリと震えている。

 ようやく俺のスキルに関して、情報の共有が為されたようで何よりだ。


 ちなみに俺が要求していた、本来秘匿されている書籍への閲覧権、それから適当な給金という要望も聞き届けられる算段だ。


 元々、侯爵家にとってはたいしたことでもないだろうし、俺が改めて狼藉は控える、身なりは気を遣うと譲歩すれば、簡単に受け入れられた。

 むしろ……いや、これ以上あれこれ考えるのは止めておくか。


 この状態で思考を続けてもろくな事にならない気がする。

 まずは一服。

 それにノラさんとの交渉が残っているからな。


 数十分後――


 俺たちは仮名・猪亭の例の一室に辿り着いていた。

 もしかすると、元々ここが本当にノラさん一党のアジトなのかも知れないな。


 馬車はこの店の前で俺たちを下ろし、すでに帰してある。

 そこから店先で立ち話もなんだし、ということで部屋まで上がってきた――タバコも吹かしたかったし。


「何か食べるかい? 軽いものだけど」


 自分は蒸留酒をグラスに注ぎながら、ノラさんが尋ねてきた。

 さて、どうしようか。


 椅子に腰掛けながら、少し考える。

 現状では俺が消えてしまっても、ノラさんには問題がないはずだ。


 少なくとも時間的猶予はある。この機会に俺を消す――


「――あのね……僕だって馬鹿じゃ無いんだ。毒殺を目論んだところで君に通用するはずがないだろう?」


 俺の僅かな沈黙で、そこまで読んでしまうか。

 だから警戒してるんだけど。


 それに何かしらの抜け道をノラさんだけが知っている可能性も否定出来ない。よく口にしている“桁違い”に関しても、今日の侯爵にやったように、相手を持ち上げて油断を誘う手法だと考えることも可能だ。


 結論としては――


「タバコ、貰います」


 ――となる。


 自分の持ち物なら、ひとまず安心出来る。腹は減っているが……

 ノラさんは呆れたように肩をすくめるが、やはり警戒は怠れない。


 自己弁護になるが、対人関係として一方的に信頼するよりは、このぐらいの方が潤滑に行くと思うのだが。


「……それで、ここから先は?」


 グラスを傾けながら、ノラさんが本題を切り出す。


「俺の方からは、しばらくの間、侯爵に顔を見せる必要を感じません――向こうが約束を守るなら」

「そうなるね」


「向こうも俺を呼び出す権利ぐらいはあるでしょう。金も出させますし。ですから、その時の繋ぎ……お願いというか、それが適当だと思います」

「考えて貰って助かるよ」

「しかし……あの侯爵は大丈夫なんですか?」


 ノラさんは沈黙で答える。


 話自体は上手く繋がったと思うが、そもそもが軍備力向上自体が不穏な企みなのだ。

 だから兵を鍛えることを了承したのなら、次には王に弓引くことも視野に入る。少なくともそういった疑いの目を向けられることを考えなければならない。


 それが、あの侯爵は無邪気にこちらの提案に惹かれていたようだった……あれは恐らく演技では無い。


 この結果から考えると、ノラさんが俺の最初のプランを止めるように言ってきたのは、侯爵の為人を知っていたからなんだろう。

 あの様子では、強行すれば逆効果になったも知れない。


「――閣下に対しては、なんにしろしばらくの間放っておいても良いと思うよ。その点は僕も同じ意見だ。君の“提案”が形になるまで時間がかかるだろうし……次の呼び出しは恐らくギンガレー伯絡みだね」


 ノラさんが話を先に進める。


「ギンガレー伯が接触してくると」

「というか、接触してきたことについて説明して欲しくなると思うよ」

「説明という名の“気休め”ですね」

「貴族と付き合うなら、この辺は目を瞑らないと」


 もっともな話だったので、1つ頷いておく。

 だが、それに絡めて聞いておかねばならないことがあった。


「少し話に出ましたが、伯爵絡みでお願いしていた件、見通しはどうですか?」

「うん。そっちだけど部下が領地には入ったよ。ざっとあたったところ、君の存在は特に隠されている感じも無いようだね」


 誤魔化すことなく、進行状況を伝えてくる。

 妙なサボタージュを行っているわけでもなさそうだ。

 ただ少し疑問を覚える部分があった。


「そちらから辿っていくんですか?」

「それはね。“影向ようごう”自体を目安に聞き回ると目立ちすぎるからね」

「そうですか?」


 例えば宗教関係者のフリをするとか、単なる好事家とか。


「説明が足りなかった。今、あの領で“影向ようごう”を聞きたければ、必然的に君を調べてることになる。それもかなり首を突っ込む形でね」


 うん?

 少し言われた事を噛み砕いてみる。

 つまり……


「……俺の事はある程度話題になっているから、好奇心で聞いてみるのは割とあり。だけど先に“影向ようごう”を尋ねていくと、俺の行動を把握して調査していると“誰か”が判断してしまう?」

「概ねそんなところだね――もっとも実際に“影向ようごう”が起きているかはわからないわけだけど……」


「いえ――専門家の判断に任せます。進捗状況が知りたかっただけで急かしたつもりもなかったんですが……費用はそちら持ちですしね」

「助かるよ……その費用もたいした額にならないし。君からの“借り”がちょっと大きすぎるよね、僕たち」


 いきなり話が飛んだぞ。

 だが言われてみれば、侯爵の抑えに回ってノラさん一党の立場を固めたのは――ほとんど俺の“暴力”によるものか。


 だがなぁ。


 ノラさんの繋ぎがないと、ここまで迅速に話が進まなかっただろう。

 それに殊勝な心がけに聞こえる言葉だが、罠が仕込まれているかも知れない。


「だから情報を提供しよう。いや情報なんて確かなものじゃない。単なる噂話――いや酒の席の与太話といった方が近いかも知れない」


 相変わらず上手い。

 こちらの警戒を感じ取ってのことだと思う。


 だが、そのレベル程度の話なら罠を警戒せずとも良さそうだ。

 その上で、俺に借りを返すレベルの申し出?

 

 ――一体、何を?


 俺のいぶかしげな視線を浴びながら、ノラさんは薄く笑う。


「――キミのスキルね。恐らくだけど名前の“アテ”があるんだ」

 

 何だと!?


 俺は思わず立ち上がっていた。

 そういう反応も、予想の範疇だったのだろう。

 ノラさんは慌てる様子もなく先を続けた。


「その名を“孤高”――それが口伝えで残された“異邦人”が持っていたスキル名さ」


 ノラさんが、雰囲気タップリに蒸留酒の入ったグラスを掲げた。  

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