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欲が畏れを駆逐する

 兵の使い方――


 それは戦わせること。他に何かあるか?


 ……とかドヤ顔で言われそうだが、そんなことは無い。

 実際、古代ではかなり柔軟だし。

 

「侯爵、森を拓きましょう」


 だからここも簡潔に。

 実際、これでわかるはずだ。

 侯爵も目を剥いているし。

 そう。一口に森とは言っても、目標はいわゆる「大密林」だ。リンカル侯爵家はあそこも領地だからな。


「――馬鹿なことを申すな! あそこは容易に人が踏み行って良い場所では無い!」


 侯爵が吠える。

 この反応はもちろん想定済み。俺は慌てずにさらに重ねた。


「それを容易にしましょう」

「何だと!?」

「“大密林”を“大密林”として扱うから、面倒なことになるんです。どんな森でも端はあるでしょう? そこから1本ずつ切り倒して行けば良い」

「い、いやしかし……」


「もちろんそれだけで“容易”にはなりません。切り株は当然取り除かねばなりません。邪魔な岩も同じように。道を敷くにあたっては起伏も邪魔ですね。丘ぐらいなら崩してしまいましょう。池の埋め立ても必要になりますね。河川には橋を……」

「ま、待て待て! 待たぬかムラヤマ!!」


 侯爵が強引に割り込んできた。

 実は、この反応も予想済み。俺は即座に停まる――と言うかあれ以上は厳しい。


 ここで一旦停止して、侯爵の言葉を待つ。

 すると息を整えた侯爵から、疑問符付きの言葉が投げかけられた。


「……ムラヤマは兵の話をしていたのではないのか?」


 俺は軽く頷いて、会話を再開させる。


「もちろん。兵の使い方の話をしています。それにこれは訓練の話でもある」

「訓練?」

「どちらにしろ兵を鍛えるために追い込むんです。それで森を拓かせても構いはしないでしょう」

「そ、それは……」

「それに“こっち”の世界では、兵をそのように使うことも当然でした」


 ――古代ローマでは。


 という台詞は飲み込んでおく。


 実際、あの運用方法は無茶苦茶だと思うが、ロジティクスで勝つ、とまで言われたローマ兵には見習うところもあるだろう。

 街を作る兵士とかな。


 ……いや、街までは作らなくても……いや将来的にはそうなるのかな?


 一方で侯爵は“大密林”に手を出すことに、強い躊躇いがあるのか表情が冴えない。


「しかし……それはムラヤマの世界での話であって……」

「十分に応用は可能だと思いますが、何か問題が?」


 別に脅しの意図は無く、純粋に聞いてみた。


 ノラさんも、ここまで話が及んだ時に微妙な表情になったが……これは、こっちの人間に覆い被さっている禁忌タブーのようなものがある?

 ノラさんの個人的な事情で微妙になったのでは無く?


 こればかりは考えていても仕方ない。

 俺は振り返って、ノラさんに尋ねてみた。


「“大密林”に手を出してはいけないとかなんとか、こっちの神が言ってるんですか?」


 するとノラさんは困ったような表情を浮かべて、


「神からは何も……そうだね単純に言うと――怖いんだろう“大密林”が」

「怖い?」


 思わずオウム返しで応じながら、思い出されるのは“大密林”に挑んでいた冒険者達の言動。

 俺はこの壊れスキルのおかげで危険も何も無かったが……


「僕は王都こっちで生活しているから実感は無いけど、話を聞くだけでも恐ろしいと感じる。閣下は、恐らくもっと酷い話をご存じなのでは無いかな」


 そこで侯爵に目を向けてみると、頷くことは無かったが否定もしなかった。

 “怖い”と認めることは、貴族の矜持が許さないのだろう。だが、怖くは無いと突っぱねることもまた“怖い”というわけだ。


 そこまでの考えに至った時、俺の胸にわき上がったのは――怒り。

 もう一人の自分が、そんな自分勝手な怒りがあるか! と突っ込みを入れるが、俺は感情をそう易々と制御出来るような出来た人間でも無い。


 何とか感情と理性をまぜこぜにして説得のためのプランを練っていく。

 戦略目標は、侯爵の士気モラル向上。


 持ち上げるか――あるいは挑発するか。


「――侯爵。改めて確認します。俺は“異邦人”です」


 まず、ここから始めるとしよう。


「う、うむ」

「ですが来歴が特殊であっても、俺は同じ“人間”だと考えています」


 内心の疑いは、この際無視だ。


「つまり、俺の世界で考えられた事はこちらにも通用すると言うことです――侯爵が俺の考えに関心を持たれたのと同じように。ここまでは納得してくれますね……ああ、もちろん“大密林”については除いてですよ」


 先にこのように“大密林”について引いておけば、


「た、確かにそうだが……」


 侯爵は消極的であっても肯定するしか無くなる。


 ……ここでさらに引く。


「それに、大いなる大自然、野生の生物に恐怖する。そのように俺の世界でもこちらで“大密林”に接しているように、自然を丁重に()()()()()事もあります」

「ん……? ムラヤマよ。少し――」


「そうです。俺の世界では自然に対する恐怖は薄れ、むしろ保護に意識が変わりつつあります。そしてそれは、空想の世界でも同じです」

「空想? どういうことだ?」

「こちらの世界でも、物語が出版されてますよね……“小説”で通じるのかな?」


 “小説”という言葉自体が、元は儒教による偏見に基づいた呼称でもあるため、一応慎重に。

 翻訳の仕組みがわからないからな。


 ここで“小説”と創作物を卑下しているように受け取られては、話がややこしくなる。

 ちなみに小説と言う呼称を変更したいとかは元の世界にいた頃から考えたこともない。言葉というのは所詮人の都合の良いように変わっていく物だからだ。


 元が卑下した言葉でも、もうそれが意味をなしていないことは確実。

 そんなわけで言葉の乱れとか言っているコメンタリーは、自動的に失格になるので見られるテレビが無くなってしまった。


「ふむ……私はあまり好まぬが確かに“小説”はあるな」


 良かった。

 それに妙な偏見は無いらしい。

 ただ好みに合わぬと言うだけなら、何ら問題は無い。


「そう。その小説です。俺の世界でも最初の内は空想の中でさえ“大密林”のような場所を恐るべき場所として忌避していたものがほとんどでした」

「……それが変化したというのか?」

「ええ。ある小説でも人間は“大密林”に似た自然の中で僅かに森を切り開き、細々と生きていました。森の中には竜が多数生息しています」


 ちなみに“大密林”に竜と呼ばれるモンスターが存在していることは確認済み……というか実際見たし。

 そんな俺の説明に侯爵は戸惑い気味だ。


 さもありなん。


 侯爵にとっては空想でも無いのかも知れないからな。振り返ってノラさんの様子も確認したいところだが、それは遠慮しておこう。


「この小説の中で人間は森に近付いてはならぬ、と神に律せられていました。こちらでは神による制約は無いようですが、実質同じような状況でしょう――ですが」


 そこで一呼吸おいてみる。

 だが、合いの手も入らない。何だかスベってるようだが負けるものか。


「ですが、小説の方では本質はむしろ逆だったのです」

「逆? どういうことだ?」


 ああ、このタイミングだったか。

 少しの反省と共に、先を続ける。


「神は人間を守るために森に近付いてはならぬ、と律していたのでは無いのです。むしろ逆。そう全くの逆。森を人間から守るために、神は人間を律していた」

「そ、それは……」

「でも、それは小説……つまり本当の事では無いのだろう?」


 ノラさんが侯爵との会話に割り込んできた。

 かなり異常事態だと言ってもいいだろうが、俺は答えを返した。


「それはそうです。ですが俺の世界では、そういう空想が説得力を持つほどに“人間による自然破壊”が当たり前の認識になってたんです」

「自然……破壊」

「そうです。その人間とこちら側の“人間”は同じ――ですよね?」

「それは……」


 ノラさんが言い淀む。侯爵も黙り込んだ。

 未だ“大密林”に対する恐怖をぬぐえないのだろう。

 煽るか――引くか。あるいは……


「侯爵、難しく考えることはありません。いきなり最深部に手を付けろと言っているわけでは無い。まずは端から……それで試してみてはいかがですか?」

「……う、うむ。だが……」


「単に端からでは曖昧すぎるでしょう。まずは一番近場で鉱物が採取出来るポイントへ」

「それは……」


 ここで、とどめと行こう。


「――そこまでの道を整備してしまえばギンガレー伯を掣肘出来ます」


 侯爵の目が見開かれる。


 ――それだ。


 人間が地球で君臨したもっと大きな要因――欲。

 やはり“人間”は“人間”だ。


 ――もちろん、俺も。

作中で偽名主人公が言及している小説についてですが、もちろん実在してます。

ただがっつりとネタバレしてるので、タイトルは出さない方が良い、と判断しましたのでご了承下さい。


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