ボッチ、破綻の兆し
誰も盗りはしないだろうと、広場を囲む家屋の隙間に放り込んでいた看板、というか壊れた柵とぼろ布の組み合わせた物。
無事に発見出来た。
一晩経過したら元に戻る可能性も考えていたんだが――いや24時間経過……まて、この“異世界”の1日も24時間か?
「あんた、今日もやるのかい?」
考え込む俺に、声を掛けてきたのは昨日、包丁を持ってきたおばさんだ。もちろん、おばさんの包丁はすでに処理済みのはずだが。
我に返った俺は、如才なく挨拶を返し、
「昨日の方々は無理でも、朝市がありますからね」
中世ということならあるだろうと、昨日あたりを付けて朝市がある事自体は確認している。
ただ“冷房設備が無い”という推理の前提が、魔法のおかげで台無しになってしまった。
本当のところは校外の農家が順番にやって来る仕組みらしい。
「熱心で結構なことだよ。あたしからも声を掛けてみようか?」
「お願いします」
おばさんを送り出しながら、看板の準備。
これで自然に会話を終了に持ち込める。
そして昨日と同じ、
『壊れ物修繕します』
の看板を広げる。
だが、やっぱり基本は“研ぎ”が取っつきが良いだろうな――研いではいないけど。
俺は看板の傍らに立って、呼び込みも行わず待ちの姿勢に。
街の観察については、引き続き行っていく予定だ。
そして天候も引き続き良い。気温も寒くも無く暑くも無く――季節はあるのか?
広場をぐるりと囲んでいる家屋。世話になっていた宿と、昨日の酒場はあの道沿いにある。
してみると、その道沿いで広場に面したあの大きな建造物が冒険者ギルド?
もしそうならば、それと並ぶほどの大きな建造物が二つほど見えるな。重要な建物が全てこの広場に面して建てられているとも限らないが。
広場に繋がっている一番大きな道路では、数え切れない馬車が右往左往して目的の場所に向かおうとしてるようだ。この辺りの交通事情は洗練の余地があるな。
そんな広場の片隅で、ただ立っている俺もなかなか目立っているらしい。
さらに黒髪。
本当に見かけないな。西洋系でもラテン民族は結構多いと思うんだがなぁ。
さて、ここでコソコソしていたら、いつまで経っても貧乏が治らない。こういう時は覚悟を決めて逆に見返してやる。堂々と。
これによって視線をそらされ、ボッチ道を邁進出来るという絡繰りだ。
……あ、これじゃ貧乏が治らない。
「兄ちゃん、包丁直せるって本当かい」
ろくでもないことを考えていたら、目の前に背の低いおじさんが現れた。
しかも客だ。俺はすぐに応対にかかる。
「スキルで似たようなことが出来ます」
「はん、スキルね」
ジロジロとこちらを見つめて――特に髪のあたりを――おじさんは、柄と刃の接続部分で曲がってしまった包丁を取り出した。
研ぐとかは、もう関係ないな。
「じゃあ、取りあえず俺に上げたフリしてみて下さい」
「フリ? やっぱり“異邦人”のスキルはわかんねぇわ」
そう言いながらも、おじさんは俺に包丁を渡して「やるよ」と言葉を添えてくれた。
その後、こんなんじゃ、やっちまってもおしくともなんともねぇ、持ってきた鶏捌くのに、落として馬車の車で踏んじまった、イヤもう一本あるんだけどよ……
途端に始まるおじさんの演説。
これはこれで呼び込みみたいな効果があるようだが、まずはこっちに集中しないと。
しっかりと直しすぎないようにしなければ。
包丁を握って――う~ん勝手がわからん。
そうこうしているうちに僅かに包丁が発光し、すぐに完成してしまった――ようだ。
「……あの、出来たんですが」
恐る恐る声を掛けてみる。
「ん? もうか。どれどれ――」
俺が差し出した、幅の広い包丁は一応それっぽく見えるな。
問題は材質をステンレスに変えたことに気付かれるかどうか……
「兄ちゃん、何だか前のと違ってるみてぇだが」
「修理に際して、そのような仕様になっており――」
「ちょっと待ってな」
ああ、俺の渾身のクレーム処理が――いや実際クレームだったらどうしようもないな。
俺が見守ってる間に、おじさんがどこかに消えて、すぐ戻ってきた。
「兄ちゃん、あんた凄いな。前より全然ええわ」
試してきてくれたらしい。
「お役に立てて何よりです。代金は大銅貨一枚でお願いします」
あまり調子な良いことばかり並べたら、気に入られてしまうかもしれない。即座に代金要求。
「なんだ、随分安いな。ほらよ」
妥当な価格設定がわからなかったからなぁ。
多分、千円ぐらいだと思うが俺の場合、元手も設備費も技術料も無いからこれ以上高くも出来ない。
俺はおじさんが差し出した銅貨を受け取ると――次のお客さんのようだ。
まずは稼いでおくか。
……半分ぐらいは無くなる覚悟で。
そうやって陽が高くなり、朝市も閑散となった頃、
「よう兄ちゃん! 派手に稼いでるじゃねぇか」
見るからにチンピラ風味の三人組が俺に話しかけてきた。
ついに来た。俺が待ち望んだトラブルの臭い。
俺は内心、
キタ━━━━━━(゜∀゜)━━━━━━ !!!!!
ってな具合だったので、自分でもわかるぐらいの笑顔で、声を掛けてきたそいつの手をぎゅっと握りしめてしまった。
「それで、どこに場所代を納めれば? もちろん払いますよ。いきなり参事会……はないか。ここでの商売を仕切ってるところは?」
予想通り、そして待っていた相手が現れたので、つい興奮して一気にまくし立ててしまった。
このチンピラは俺が払おうとしない場合の恫喝要員。もちろん俺は素直に応じ、さらには小銭を握らせ、この街の顔役に繋ぎを作る。以降、商売しながら市民権に近い物を手に入れる算段の足がかりにする。
皮算用だと笑わば笑え。
何せ“異世界”ですから無理もないんですよ。
どうしても場当たり的な部分は出てくる。
そこで目標をキチンと定めておかないと……
「お、お、俺達は、あ、えーっと、冒険者だ!!」
ピクリと俺のこめかみが引きつる。
………何?
チンピラ三人組は今、何と言った?
俺は改めて三人を観察する。恐らく全員男。革鎧なのだろう防具に剣を佩いている。
色合いが微妙に違うが概ね茶色の髪。
正直、シャッフルされたらよくわからなくなるな。
伝統に則り、俺が手を握りしめてしまった奴を羊羹。右にいる奴を金鍔。左を外郎とするか。
俺がすぐに羊羹の手を振り払ったのは言うまでも無い。
そのまま問いただす。
「――冒険者は街中の商売に文句を付けるのが仕事ですか?」
「ち、違う!」
まだ羊羹がパニック状態から復帰出来ないのは、周囲の目があるからだろう。
世間体を気にしている分、まだ扱いやすいか。
「それでは、先ほどのは気安い挨拶ということで。そちらの所属はやっぱり冒険者ギルドですか?」
「そ、そうだ。少し聞きたいことがあってな」
こちらが態度を軟化させると、少し落ち着いたようだ。
さて、基本は関わらない、で行くとしても多少は話を聞かないとかえって厄介なことになる。経験則上。
仕方が無いので出来るだけフラットに先を促してみる。
「それでお話というのは?」
「あんたのスキルを聞かせてくれ」
だろうね。
予想の範囲内。
だから、
「俺もわからないんですが」
答えはこうなるな。
「ギルドに入れば良いだろ!」
「メイルとアニカからお話は?」
受け答えを早回ししてみる。
「それは……聞いてる」
「では、俺がギルドに入るのを遠慮させてもらってるのもご存じでは?」
「……腰抜けが」
悪態いただきました。
俺は肩をすくめて、それをスルー。
「まぁ、いいや。そのためにこいつを連れてきたんだ」
するとめげない羊羹が、外郎を前に引っ張り出した。
おい、金鍔の立場は?
……と思うが、羊羹の話に興味を惹かれた俺は黙って外郎を見つめる。
「こいつはな、レアスキル<鑑定・スキル>の持ち主なんだよ!」
俺は眉を潜める。
「つまり……どういうことですか?」
途端、ひっくり返りそうになる三人組。
そんなリアクションを取られても俺はいたって真面目だ。
スキル絡みなのはわかるが……
「だからよ! こいつにかかれば、ギルドでカード作らなくてもお前のスキルがわかるんだよ!」
はぁ!?
なんだそりゃ!
プライバシーも何もあったもんじゃない。
どこまでふざけてるんだこの世界は。
「ロラン、もう良い。はじめろ」
こくんと頷く外郎――じゃなくてロランか。
きっぱりと犯罪だと思うが、所詮は俺の知ってる法。これからそれで抵抗するのも難しそうだし、何より俺が――
――俺が知りたい。
ギルドに所属せずにそれがわかるのなら……
知らずに俺は唾を飲み込んでいた。
羊羹、金鍔は余裕の表情。
周囲では、幾人かの人がこちらの様子を窺っている。
やがて外郎が――
「うウへひぇヒョあ、こコいあ、ゲアぐりゃあああアアアーーー!!!」
何だ!?
外郎は奇声を発し、そしてすぐに前向きに倒れた。ほとんど直立不動で。
何が――
――何が起きた!?