説客のように奸物のように
限界まで神聖術を使う。
その後、ゆっくりと休息させる。
体力回復のエンドレスは、その時点で終わる――元より最初の内はそう上手く行かないだろうが――事になるが、この時「超回復」が起こるのでは無いか?
何しろ純粋なデジタルデータでは無く、この世界では“子供からの成長”があるのだ。
人間の身体から「超回復」をオミットするわけにはいかないだろう。
もっとも、ここがデジタルデータでは無いという証明は出来ないけどな――また思考がそれているから速やかに修正。
とにかく、デジタルデータでは無いのならば、併用しなければならないはずだ。
それに――
「“スキル”というものは、そもそもそうやって育っていくのでしょう?」
俺の壊れスキルは置いておいて。
自然と獲得していくものである――と言うことは意図的に獲得することも可能では無いのか?
……この辺りがあやふやなのが“次”善の由来でもある。
ただまぁ……侯爵の表情を見る限り“外れ”ではないようだが。
ノラさんに話した時も手応えはあったし、やはりこの“やり方”はイケるのだろう。
それにノラさんが指摘するには、その先のプランの方が惹きつけるものがあるらしい。
「侯爵、今まで誤魔化して話を進めてきましたが今までの鍛える対象、俺はこれを“冒険者”だとは想定していません」
と言うわけで、強引に続けてみる。
「冒険者を育成する話ではなかったのか?」
「もちろん、そのまま転用も可能でしょうが俺はこれを兵士の訓練にこそ用いるべきだと考えています」
「兵士……」
何しろ封建社会だから、各領主がそれぞれ兵を持っている。
むしろ兵の育成は義務とも言えるだろう。
「冒険者は確かに“報償”の事もあって、手を下さなくとも勝手に強くなる。そして失敗しても自己責任である分、手間が掛からないと言えば確かにそうだが――制御も難しいでしょう?」
「う、うむ……目を掛けていても不意に行方がわからなくなったりする場合もあるな」
俺はその返事を聞いて、良かった、と胸をなで下ろしていた。
侯爵も領地経営をまったく知らないわけでは無いらしい。
これなら話もしやすくなる。
「その点、兵ならばそういう心配は無いわけです。そして育成に関しても、先ほどから説明している方法がありますから……」
「なるほど」
侯爵がふむふむと頷きだした。十分、感心しているように見える。
だけど、ここからが本番と言えば本番なんだが……
こっそりとノラさんを窺ってみると、軽く頷いている。
……仕方ない。
「――侯爵、まだ続きがあります。先ほどの方式で訓練した場合、これに対して反発してくるものが必ず出てくるでしょう。この場合は反発したものは容赦なく解雇して下さい」
「解雇だと?」
「はい。本来、兵に必要なのは強さでは無く命令に従順に従うことです。謂わば、冒険者と全くの逆の資質が求められているのです」
「それは……極論ではないか?」
「ですが、戦いに明け暮れた“こちら”の世界の結論でもあります」
「“異邦人”の世界か……」
「そうなります。実際、このようなやり方で強兵を育てた国があるのです」
そこで“秦”の改革を適当に誇張して説明してみた。
商鞅だったか応侯だったかは忘れたが、徹底的な精鋭を育成する方針で秦は強くなった事例がある。
これは単に強兵であると言うだけで無く――
「そうか。自然と支出が抑えられるわけだ」
「そうです。無駄な兵を雇わずに済みますから」
人間、いくら働いてもそうそう食べ量が増えるわけでは無い。
給料を1.5倍にして兵を半分に出来れば、それはもう節約と言っても過言では無いだろう。
しかしやけに簡単に「机上の空論」に引っかかるな、とも思ったが、いわゆる“説客”とはこういうことを繰り返してきたんだろうな。
応侯に至っては、口先一つで復讐を成し遂げたわけで、その点は凄い。
凄いが動機が復讐というのは……いや、俺よりはマシか。
ノラさんに遠ざけられるだけあって、自分でもわかる程度にはなかなか最低だからな。
侯爵には、その辺りをぼやかして行こう。
「それによって余った予算で武器を整えれば、訓練十分、命令には従順に従い、そして武器も見事な兵士が出来上がります。これで治安がさらに良くなれば商業からの税収増加も見込めますね。良い方向へと侯爵の領地は導かれることになるでしょう」
特にリップサービスするつもりはなく、これぐらい事は起こるだろうな、と考えている。
この後、調子に乗った兵士達が肩で風を切り出すのが悪くなる時のパターンではあるが、それを恐れては改革も出ないだろう。
「お主……いやムラヤマと申したか」
おや?
一般で言うところの“デレた”という奴だろうか。
“お主”から“ムラヤマ”にクラスチェンジしている。
その割には、侯爵は何だか複雑な表情を浮かべているが。
「――そのような見識、それはムラヤマ個人が特別に持ち合わせておるものか? それとも“異邦人”全員が?」
その質問に、少しばかり意表を突かれた。
妙なことを尋ねてくると思ったが、こういった改革が他の領土で――例えばギンガレー領――行われる可能性を考えたのだろう。
少しばかり脅かしてみようかとも考えたが、ここは正直に行く。
「――侯爵。俺は他の“異邦人”を知りません。ですから、その質問には正確に答えることは出来ませんが……」
「が?」
「もし、私と同じ来歴の“異邦人”なら、この程度の見識は持っている、と考えた方が良いでしょう」
これは脅すつもりでは無く、そうなっているだろう、という期待を込めての言葉だ。
侯爵は俺の言葉に少したじろいたようだが、ここで矛を収めるつもりは無い。
「俺の世界では為政者の義務として“教育”があるんですよ。これを民の義務と置き換えていましたが、民に教育を施すことが、絶対条件になる政体を用いていたので、やはり為政者の義務でしょうね」
「我が領、いやこの国でも教育については蔑ろにしているわけではないぞ?」
「恐らくは侯爵の思い描かれている“教育”とは少し違うのです。こちらでは、民1人1人が国の政治について見識を持ち、議論を戦わせることが出来る。これが目標になります」
「な、なんと……!」
あくまで理想論だがな。
実際には、とてもとても。
教育がまともに為されていないまま民主主義を続ければ、たやすく衆愚政治に堕するというのに。
「そのような政体、国が立ちゆかんのでは無いか?」
「どうにかこうにか、運営はしていました」
個人的な意見を差し挟むなら、俺は民主主義にも懐疑的だ。“先進的”だと勝手に決めつけている連中が多いが、人類に適した政体とは思えない部分がある。
実際ローマは民主形態から帝政に移行しているしな。
だが、それをここで主張すればややこしくなるばかりなのでスルー。
侯爵がタイミング良く、首をひねりながら尋ねてくれた。
「しかし、そのような面倒な政体を何故……?」
「とてつもなく戦に強いんですよ」
俺はあえて簡潔に答えた。
「考えてもみて下さい。民が政治に関わる政体である事は申し上げたとおり。その場合、いざ戦になれば兵士の士気は強制的に徴兵された場合と比べものになりません。そして教育によって兵士が自分で戦いに意義を見出し、皆が知恵を絞ります」
一番簡単な例を挙げれば“散兵”になるだろう。
だがこれもなぁ。
魔法のおかげで「密集していないと兵に命令が行き渡らない」という、古代から近世まで人類に強制されていた“縛りプレイ”からは、異世界は恐らく解放されているのだろうし。
あまり突っ込まずに通り過ぎたい。
「――ただ“こちら”の世界の場合の話ですので参考に留めておかれるのがよろしいでしょう。詳しく聞きたいと仰るなら、考えないでもないですが……」
「い、いや。私もあくまで試みに尋ねてみただけであった。許せよ」
侯爵も引き方を考えていたのだろう。
申し合わせたように、お互いがこの話題を打ち切る。
さて、元に戻さなくては。いい加減窓の外も暗くなってきたし――侯爵としての仕事は良いのだろうか?
俺を嬲るのにどれだけ時間を割いてたんだ、この人は。
今では、完全に籠絡されたような状態だが……取りあえず後回し。
「さて侯爵。俺の提案もやっと最後にさしかかりました」
まずはこう切り出す。
「ふむ」
「兵を鍛える方法については、納得いただけたかと思います。そうなると次に考えるべきは――」
侯爵が身を乗り出す。
「――鍛えた兵の使い方です」