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次善の策は科学的?

 それは良いんだが、あまり期待値を煽っても、このやり方は大きな不安がある。

 もちろん、上手く“報償”を稼ぐことが出来たとしてもだ。


「――しかしながら閣下。ムラヤマさんは、この方式に懸念も抱いておられます」

 

 あれだけ煽っていたノラさんがいきなりトーンダウン。

 ……なるほど。

 そういう手法だったか。


 まず無茶苦茶な価格をふっかけておいて、そこから引いて相手に納得させる。

 古典的手法だが、これが割と効くんだ。


 ノラさんは、もう一つの案を推しているようだが、俺は不安が現実化する前に少しは試してみたいんだよな――ゴブリン牧場。ここは俺とノラさんの間で交渉になるかも知れない。


 侯爵は何故かホッとしたように息を吐きながら、


「何か問題があるのか?」


 と尋ねてくる。

 俺も別に隠すつもりは無いし、素直に応じるとしよう。


「――神の横槍です」

「神……の?」


 “神”への尊称が定まっていないな。“ここ”の連中。

 あるいは啓蒙が始まっているのか。


 とにかく、先を続けよう。


「“報償”のシステムの初期の目的は『戦闘』を行ったものに見返りを与える事になるかと思われます」

「そう……だな。そのように考えておった」


「しかしながら、俺のやり方では『戦闘』の結果の見返りにはならないでしょう。そう解釈してしまう余地が生まれてくる」

「解釈も何も実際……」

「――ここに“神”が介入してくる可能性がある」


 “神”と書いて「うんえい」とルビを振ってみる感覚。

 なんだかんだと文句を付けて自らの不手際を無かったことにする手口。


 あるいは法で規制されてしまう可能性。


 ……“神”を規制する“法”か。


 これは一度、検討してみる価値はあると思う。


 侯爵は脇にそれていく俺を咎めるように、


「どうもお主の言っておることは大げさにも感じるが……介入とは?」


 と尋ねてきた。


 話の流れでわかりそうだが、こればかりはネットゲームの経験が無いと発想が出てこないのだろう。


「――簡単に言うと“報償”が得られなくなるように、世界システムを変えてしまう。そういう介入です」

「そのようなこと……」

「侯爵は神でもそれが不可能だと感じておられるのですね?」

「いや……それは……」


 俺は見せつけるように溜息をついた。


「……先に言ってしまいますとね侯爵。そのあたりが俺の狙いでもあるんですよ」

「狙い?」

「神の……能力調査が一番近いかな?」


 流れで言葉を投入していくと、どうにも曖昧になってダメだな。


「――ムラヤマさん、やはりこの辺りは無理に突き詰めない方が良い」


 ノラさんから声が掛けられた。

 俺も、ここは撤退すべきだと考えていた。しかし何もしないまま諦めるというのも業腹だ。

 どうしたものかと首をひねっていると、


「閣下。僭越ながら、この件は指示を出してみてはいかが?」

「指示だと?」


 ノラさんの声が侯爵へと飛んだ。


「ええ。閣下のご領地において試してみてはいかが? 大体のやり方はムラヤマさんの説明で、大ざっぱな形にはなるでしょう。1度は試す――それが叶えばムラヤマさんも納得するでしょうし、何より上手くいった場合の利は計り知れない」

「神は……」

「それは俺が引き受けますよ。何か言ってきたら俺に振って下さい」


 ノラさんにばかり任せてもいられない。即座にフォローする。

 具体的な方法がさっぱりわからないが、上手く俺の希望する方向に話が進みそうでもあるし。


 これで神とタイマンになるなら願ったり叶ったりだ――“影向ようごう”起こしてくれないものか。


 妄想に耽る俺をおいて、ノラさんが後を引き継ぐ。


「それにムラヤマさんの腹案はゴブリン牧場だけではありませんし。それと合わせてご領地――サー・ゴードンにお任せしてみては?」


 サー・ゴードンとはリンカル侯の長男で世嗣。

 今は、リンカル侯の領地で留守番というか現地での領地経営を行っていると聞いている。


「……アレにか」


 侯爵の顔が曇る。


 わかりやすい今までの反応から考えると、親子の間は上手くいってない?

 そう考えてみるとノラさんの言葉も含むところがあったような。


 だがしかし、そんなところまで構ってられない、と言うのが本音。

 どうしたものかと首をひねっていると、ノラさんからまたもフォローが飛んだ。


「閣下。ムラヤマさんの名前は別に出さずとも良いのでは?」


 俺の名前?

 そこにこだわる必要が今の流れであったかな?


「……お主はそれで良いのか?」


 どうやら、この呼びかけは俺に向けてのようだ。

 俺の名前……ああ、そうか。


 ここに至るまでの脅しで、いつもの通り、部下の手柄を横取り方式で対応した場合、俺がヘソを曲げる可能性を恐れているのか。

 どうやら脅しが効きすぎてるな。


「――良いですよ。俺は見返りとして書籍の閲覧さえ出来れば問題ありません。もちろん侯爵家の力を借りて、やってみたいこともありますが、これってそちらにも利がありますよね」

「お主の功績は!?」

「いやですよ。それで、あれこれしがらみが増えるのは。その辺りは是非とも侯爵に受け持っていただきたい」


 侯爵の視線がぶれる。

 ノラさんも心得たもので、何も言わずに肩をすくめるだけ。


「……では、私の名で……」


 どうぞどうぞ。

 何をビビっているのだろう?

 単純に俺にビビってるだけでは無い?


 ……これはノラさんに任せすぎたかもしれない。ノラさんとは別口の――


「ムラヤマさん、もう一つの案を披露した方が良い。牧場だけでは、インパクトが強すぎる」


 そのノラさんから指示が出た。


 仕方ない。


 侯爵と実際に対面したことで、情報量の増加。それによって思考が先ほどから暴れ出している自覚はある。ノラさんの誘導に従うのも危険な気がするが、とにかく侯爵との面会を終わらせた方が安全だろう。


「……侯爵、“報償”をアテにせずに配下を強くする方法があります」


 正確に言うと、多分そうなるだろう、ぐらいだがここで慎重になっても仕方がない。

 あえて強い言葉を使う。


「な、何を? そんな方法があるなら、無論そちらの方が良いではないか」

「ただし、ある程度時間はかかります。もっとも侯爵には急がれる理由も無いでしょうから、こちらの方が確かに安全かもしれません」


「うむ。してその方法とは?」

「これがまた地味な話なんですが……超回復、という言葉はご存じですか?」

「チョウ……回復……いや、聞き慣れぬ言葉だ」


 やはりこの言葉は適切に翻訳されなかったか――出来なかった、のかも知れない。


「これは“異邦人”であれば概ね知っている言葉です。これを簡単に説明すると『人が強くなる仕組み』についての根幹に関わる言葉でもあります」

「強くなる仕組み……それは“報償”とは違うものか?」


「そうなります。俺たちの世界では“報償”なんてものはありませんから。それでも効率的に強くなる方法を模索した結果“異邦人”の世界では、超回復という仕組みに辿り着きました」

「ふむ」


 おっと、侯爵が身を乗り出してきたぞ。

 こんなテレビでやってた内容を語るだけなんて、小っ恥ずかしいがこの際目をつむろう。


 ……ねぐらのストレージに“あった”ことにならんだろうか。


「――この超回復をこれまた簡単に説明すると、まず徹底的に身体を疲労させます」


 こう告げると侯爵が元の姿勢に戻った。

 う~ん、わかりやすい。実際ノラさんもそんな感じだったしな。


「何だ……それでは今までと変わらんでは無いか。ただ名前を付けただけでは?」


 そう落胆するのもわからないでも無い。

 だが、ここからが“異邦人”の根っ子で共通しているであろう、科学的裏付けを説明する。


「疲労させた後に、しっかりと休息を取らせます。これは優しさでも何でも無く、それが効率の良い方法だと判明したからです」

「効率……?」

「そうです。まず身体が疲労から回復する時に、人間は以前よりも力強く回復します。難しく言いましたが、要するに“身体を鍛える”というのは、人間のこういう仕組みに負うところが大きい」


 ……“こっち”の世界の人間に通用するかどうかは未知数だが。

 とにかく続きだ。侯爵はまだ渋い顔をしているしな。


「では、今まで通り連日苦しい訓練に励めば強くなれるか? これが大きな間違いで疲労させた後には必ず休息させるのです。これによって効率的に人を鍛えることが出来る」

「だからそれは……」

「侯爵――“異邦人”の世界には神聖術なる便利なものは存在しないのですよ」


 侯爵の言葉を無視して、俺は続けた。

 尚も侯爵は何かを言いかけたが、そこで俺の言葉の意味に気付いたらしい。


 俺はゆっくりと頷き、説明を続ける。


「そうです。“異邦人”の持ってる知識に、この世界ならではの神聖術を組み合わせれば、俺の経験を上回る効率で訓練が可能です。元の世界では休息に丸一日取りましたが神聖術があれば回復に時間はかかりませんから。しかも――」

「……しかも?」


 侯爵の喉が鳴る。


「――これは神聖術を行使する術者も鍛えることになりませんか?」   

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