神の不手際
……という妄想をしたのさ。
ぐらいのノリでゴブリンを飼育するにあたっての構想を広げて見せた。
一応、NHK風。あのなんでもかんでも妙に深刻っぽくディレクションする感じで。
いや、妄想をそのまま披露したわけでは無いよ?
あくまで脳内で、そういう情景を浮かべながら飼育にあたっての設備、人員、地方への貢献などを語ったつもり。多分必要ないような気もしたが、神聖術がもたらすであろう高齢者社会にも切り込んでみたつもりなんだが……侯爵の表情が冴えないな。
やはり妄想では説得力が乏しいか。
「……ムラヤマさん。前に聞いた時よりも……随分具体的に思うんだが……?」
背後のノラさんが、何だか苦しそうに声を掛けてきた。
心配だが、いよいよとなったら自分で何とか出来る人だろう。
俺は質問に答えることを優先することにした。ちょっとした質疑応答状態だと思うし。
「プレゼン相手は、侯爵が本命ですから」
プレゼンなんて言葉が、どんな風に訳されるのか気を遣うのは止めた。
どうも説明し続けて高揚してるようだが、こういう状態って自分では止められないものだし。
「ノラさんに話した時は、思いつきレベルの話でしたが少し肉付けしてみました」
「いや……」
「侯爵は実際に運営に携わることになるわけですから、有利な点不利な点も挙げてあります。もちろん俺の頭の中だけで出来上がったことですから、現実にはそぐわない点も――」
「そうではなく……」
「ただ、出るだけ安全に効率的にゴブリンを始末して“報償”を得るというコンセプトは――」
「ムラヤマさん!」
ノラさんが俺の肩を後ろからしっかりと掴む。
そのまま耳元で、
「閣下をご覧なさい」
侯爵を?
見れば青ざめた顔のまま停止している。
これで本当に侯爵なんて地位が務まるのか? こっちは実務的な話をしてるというのに、もう少しダメ出しをしっかりやってくれないと……
「侯爵はどうしたんです?」
仕方がないので尋ねてみる。
最悪、体調を崩した可能性もあるしな。
――そう言えばノラさんの様子も何かおかしかったような。
「ムラヤマさん、今さら手遅れだけどね――やりすぎ」
「何がです? 俺はただ話をしてただけですよ」
「これで何度目になるだろうか……君は桁違いなんだ。十分に注意はしていると思う。それは僕にもわかるんだが……閣下!」
いきなりノラさんが、大声で侯爵に呼びかける。
真っ青な顔のまま、固まっていた侯爵の身体がビクンと跳ねる。
そして、
「――お主、そ、“それ”は何だ? 何なんだ!?」
いきなり“それ”呼ばわりされた。
慣れてるから良いんだが――もしかするとあれか?
侯爵なんて地位の人間なら、と甘く見た俺のミスかもしれない。
「閣下。失礼ながら普通の“異邦人”として彼を扱うのは間違いだと申し上げる。ムラヤマさんは桁が違うのです。お心を強く持っていただきたい」
「し、しかしだな……」
「失礼ながら、この件に関しては閣下と私は同じ立ち位置になります。ムラヤマさんの戦闘力もおわかりでしょう? その上、先ほどの提案。我々に出来ることは、ただムラヤマさんを利用して良い目を見ること。これを優先すべきなんです」
無茶苦茶言ってる。
見れば侯爵が見事に泡を食っていた。
……ただまぁ、ノラさんの言う俺の扱い方は正しいとは思う。
俺を排除しようにも難しそうだし、美味い汁を吸ってくれた方が俺も気が楽だ。
そんな俺を見透かしたようにノラさんが続ける。
「――大丈夫です閣下。このようなことで腹を立てる地平に彼は立っていません。彼の興味は権勢や金銭などには向いていないのですから」
それだけ聞くと、聖人君子みたいで気持ちが悪いがノラさんの口ぶりがそれを見事に裏切っている。
しかし、このままでは居心地が悪いのも確かだ。
「――ちょっと良いですか。俺の話に取り立てておかしな点は……」
「ある」
ノラさんが短く断定する。だがそれでは反省するにしてもポイントがずれた対応になってしまう。
俺は重ねて尋ねてみた。
「確かにゴブリンの生殖についてはよくわかりませんでしたが、何ならコボルトでも同じ事になると思われます。もしかして“コボルト”というモンスターが存在しない?」
それっぽいモンスターが重複して存在――いや“こっち”に居たわけではないけれど――してるらしいから、その前提で話していたが、もしかしたら根本から企画倒れしていたのだろうか?
「そうではないよ。問題はゴブリンを飼育するというキミの発想が異形に過ぎるんだ――ちなみにゴブリンもコボルトもいるよ?」
「なら……」
「――お主は殺すためにゴブリンを育てると申すのか?!」
出し抜けに侯爵が加わってきた。
椅子から腰を浮かせて。
しかし――
「――そうですが、もしかしてそれを問題視してるんですか?」
あまりにもおかしな事を言い出したので、思わず尋ね返してしまった。
「お、お主はそれを――」
「“この”世界でも、牛や豚の肉を食べる文化があるようですが……」
「あれらとゴブリンは違う! あれは肉を得ておるではないか!」
「同じように“報償”を得ておりますが――これ何処か間違ってますかノラさん?」
「現段階では、君の言葉を否定出来ないね――残念ながら」
何だ。
ノラさんも、そういう受け取り方をしていたのか。
確かに“こっちの世界”でも、そういう風に受け取ることがスタンダードであることはわかる。
だが、一般人とは言い難い“侯爵”に“裏稼業”の人間。
そんな場所で立ち止まっているとは思わなかった。
侯爵に至っては物理的に停まっている。
……仕方ない。
「――何か倫理的な問題があると考えられているようですが、考えてみて下さい。先ほどもお話ししたように、これは初心者を“安全に”強化するためのシステムです――これは否定出来ませんよね?」
ノラさんではなく、侯爵の再起動を試みる。
そもそも俺は侯爵を丸め込め――もとい、説得出来れば良いのだ。
俺に言葉を向けられて、侯爵は身じろぎする。
そして考え込むように、椅子に深く腰掛けようやくのことで言葉を発した。
「……うむ。それは否定出来ないようだが……」
ようやく思考に余裕が出来たようだ。
「我々は人間です」
俺は強く言った。
……実際のところこの世界の人間が、本当に“人間”なのかを俺は疑っているが、もちろんそれには触れない。
「であれば、人間の事情を優先すべきでしょう。心情的には躊躇われる事もわかりますが、指導者とは時に非情な判断も必要です。それに――」
「それに?」
侯爵が救いを求めるように乗り出してきた。
「――“報償”というシステム。これは恐らく神の不手際だ」
案の定と言うべきか。
侯爵が停止してしまった。
これは予想していたので、俺はそのまま続ける。
「どんな形でも“報償”という“何か”を蓄積すれば、勝手に強くなる――これは“異邦人”たる俺から見れば異常この上ないんですよ。しかし実際には、そのように世界は出来上がっている。ならば、それを利用しない手は無い――神はこの事態を考えなかったのか?」
「――さてそれは……」
不意にノラさんが割り込んできた。
「神様についてはわかりません。ただ“異邦人”が報償に違和感を感じていたという伝承は残っている」
「真実か!?」
侯爵が再起動。
そろそろHDDが壊れそうな勢いだ。
「ええ。ただその違和感をこのように利用しようと考えたのは――ムラヤマさんが恐らく初めてでしょう。閣下、僭越ながら私は今、歴史の転換点を迎えているのではないかとまで考えています」
「歴史の……?」
「ええ。桁外れの“異邦人”ムラヤマと、閣下の力が結び付いた時、それは新たな波となるでしょう」
なんだ、いきなりの調子の良さは。
今のやり取りにノラさんは何を見出した?
歴史がどうこうなどと言う、形の無い“夢”に酔ったとも思えないが――
「――私もその波に乗せていただきたい」
……この辺りは頼もしいのだが。