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交渉開始

 対比的には、先ほどの部屋よりは小さい部屋に移ることとなった。

 1階では無く、2階にある推定客間の1つである。

 まだ午後3時程だと思われるが用意が出来たのが、その時刻だったので西側は避けて南側の一室。


 調度品は流石に揃っていたが、長時間、風が通ってなかったのかくすんだ匂いがする。

 文句を言うどころか、この匂いは結構好きだが、ここでお茶の準備をされると少しばかり複雑な気持ちになるな。もっともそれ以上に不機嫌な表情を浮かべているのは侯爵の方だ。

 すっかり精神が驕っているらしい。


 ――やっぱり普通だ。


 要するに凡庸な者でもレールの上でほどほどをわきまえていれば大過なく侯爵としての役割を果たせるだけの基礎が出来上がっているのだろう。

 だとすれば“俺”という異物に対する対処がやたらに素早かったようだが……


「それでは、やはりお主がギンガレー伯の……」


 あ、色々面倒になったのでざっくり切り込みました。

 “三時のおやつ”みたいな物は無いのだろうか?


「俺が出現したのが伯爵の領地ですから。協力した形になったのは偶々です。本来なら何事も為したくなかった」

「そ、そうなのか?」

「ええ。結果的に伯爵に助力した形になったのが、何とも……」


 ここは本当に、忸怩たるところだ。

 あれから俺のやり方――というか“当たり前”を当たり前に採用したんだろう。


 別に個人の裁量でこれが成し遂げられたのでは無く、自然発生的に選択されたのでは無いかと考えているが……


「ノラさん。何か目立った人はいますか?」


 椅子に座った俺の背後に付き人みたいに立っているノラさんに振ってみた。

 侯爵“閣下”と同席は出来ない、という今後のことを考えてのことだろう。


「まだご期待に添えるような報告は無いね」


 その割には、俺への態度を変えないから、イヤミで立っているようにも思える。

 いや、報告内容は妥当なところだと思うけど。


「な、何をしてる?」


 侯爵が割り込んでくる。


「そちらには関係ないことです」

「ムラヤマさんがこう言うものですから私としても憚られます」


 きっちりと俺を使い倒してくるな。

 俺に“さん”付け復活してるし。


 それはともかく侯爵の顔色が真っ赤に染まってきた。

 これで倒れられたら、それはそれで面倒だ。宥めておくか。


「――侯爵。何でもかんでも抱え込んでは面倒になる一方でしょう。俺は別に侯爵に害を加えたり、そちらに向かって不利益をもたらそうとしているわけでは無い。しかも、これは強制では無い。ご自身の役に立つと思われたなら採用すれば良い」

「……む」

「そちらの先走りで、ややこしくなったが俺が要求しているのは、それだけの話です」


 俺の言うところの“利益”がどういう影響を及ぼすかまでは、あえて説明しない。

 そこを突いてきたのがノラさんで、仕方ないので、その辺りも説明したら、


「仲良くしたくない」


 ときたもんんだ。


 ……それもわからないでは無いが。


「では、それならばムラヤマよ。お主は何を望むのだ?」

「そうですね。まずは捨て扶持を少々」

「“ステブチ”? それはいかなる物か?」


 通じない?

 翻訳機能の限界を見た――成果といえば成果かな?

 とにかく言い直そう。


「簡単に言うとお給金です。さほど必要ではありませんが金貨三枚ほどで問題ないでしょう」

「ふむ」


 侯爵が簡単に頷く。

 この人、侯爵家の財政事情はわかってるのかな?

 その辺りが気がかりではあったが、別に金が本命では無い。


「あとは閲覧が制限されている書籍の閲覧権ですね。これが必要です」

「閲覧? 実物は要らぬのか?」


 おっと、ちょっと斜め上から返答が来た感じがする。

 なるほど、そういう考え方もあるな――しっかりしたねぐらがあれば。

 残念ながらそんな恵まれた環境は持ってない。


「……ええ。読めれば十分です。その代わり、かなり融通を利かせていただきたい。出来るなら王宮にある書物も調べてみたい」

「王宮もか……」

「ええ。不埒な真似はしないと約束しましょう。いま侯爵が安全であるかのように何事も起こすつもりはありません」


 それに侯爵が渋面を作る。

 そして、ハタと気付いたのか、いきなり俺を指さしてきた。


「な、な、なにが……」

「ああ、あのご婦人のことですか?」


 俺は逆にふんぞり返った。


「守り切れなかった、そちらに問題があります。これで俺じゃなかったら悲惨なことになりますよ」

「そもそもお主が……」

「そもそも侯爵が要らないごとを企てるから、俺はあんな風な面倒なことをする羽目になったのです。素直に面会して下されば、今のようにお互い建設的なお話も出来たというのに……」


「ま、待たぬか! 未だお主からそのような話を……」

「ギンガレー伯が行っている、効率的な冒険者の育て方。あれを上回る効率の良いやり方をお教えしましょう」


 侯爵の動きが止まる。

 そして、マジマジとこちらを見つめてくる。


「――必要ありませんか?」

「い、いや、それが確実なら必要なのは間違いない」

「そうまで言われると、躊躇ってしまいますね。俺の“異邦人”としての経験上、まず間違いないと思うんですが……ノラさん、どうですか?」


「確実は確実だろうね。僕としては、もう一つの案の方が現実的だと思うけど」

「待たぬか。お主らは……」

「ええ。侯爵家の繁栄のために知恵を振り絞りましたから」


 嘘。


 単なる思いつきです。


 知らなければ幸せでいられるだろう。

 実際、侯爵の表情が軟化した気がする。


「う、うむ。確かに部下達の不明を詫びねばならぬようだな。私としては礼を尽くして“異邦人”たるムラヤマに接しなくてはならんと考えていたのだ」


 考えるだけでなく実行しろ……なんてことは言わない。

 俺はわざとらしく微笑んで見せる。


「誤解が解けて何よりです。ノラさんもこれで一安心ですね」

「本当に」


 こちらでもノラさんがわざとらしく微笑んでいた。


「これで“友人”の手を煩わすこともなくなるしね」

「まったく」


 一応頷いておくが、随分念押しして俺を盾にするな。

 侯爵も――何か引っかかっているようす。

 だが、それを振り払うようにして侯爵が勢い込んで尋ねてきた。


「――それで、お主が考えているやり方とは?」


 ここはブレないらしい。

 俺も別にもったいぶるつもりは無い。


「侯爵、ゴブリンというモンスターはご存じですよね?」

「ああ。最下級のモンスターだな。それがどうした?」


「そのゴブリンを“養殖”しましょう」


 またも侯爵の動きが止まる。

 よくフリーズする人だな。

 ノラさんが、俺の背後で溜息をつくが、この案については知っているはずなのに。


「――ま、待て。どういうことだ?」

「意味は通じているはずですが……養殖が悪ければ飼育? 要は家畜のように扱おうという提案です」

「家畜……だと?」

「ええ。この世界にもどうやら牛や豚、あるいは鶏などを育てる手法はある様子」


 他にも山羊とか羊とか。

 ゴブリンに関しては俺のイメージだとブロイラー的な物を想像している。


「ゴブリンも同じように育てれば良い。ああ、もしかしたら子供でもいけるかも知れませんが、大人になるまで育ててもさほど問題は無いでしょう。何しろ最下級ですから」

「待ってくれ。そのようなことをして何を――」


 あれ?


 こんな簡単な事、説明が無ければわからないなんて、下方修正が必要か?

 現にノラさんは――そのノラさんが耳元で囁く。


「説明してあげた方が良い。桁違いは君自身だと何度も言っているだろう?」


 俺が悪いのだろうか?


 しかしせっかくの忠告だ。

 素直に従って説明してみるか。

 とは言っても単純な話なんだけど。


「――目的は簡単です。ゴブリンを育てては殺す事を繰り返し、安全に“報償”を獲得する」


 瞬間、侯爵の顔が青ざめた。

 

 ……こんなに表情豊かで、一家の長とかやっていけるのだろうか?

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