普通な侯爵
「ムラヤマさん、一服したいんだろ?」
突如、ノラさんから見透かしたようなことを言われた。
少し気分が悪いが、事実は事実。
俺はほとんど反射的に頷いていた。
「それじゃ、雰囲気タップリに飲っててくれ。僕も少し仕事してくるよ」
言いながらノラさんが侯爵――と仮定して否定されなかった人物に近付いてゆく。
俺はお言葉に甘えて、セブンスターを取り出す。
ノラさんの背中を追いながら。
まだ相手がいきなりキレる可能性もあるからな。
しかし本当に侯爵なのだろうか? 金属鎧の集団に守られて、未だに一声も発しないんだが。
ノラさんは、ゆっくりと進んで行き、俺と侯爵集団とのちょうど真ん中あたりで、膝を付いて。
「閣下、まずは直答をお許し願えますでしょうか?」
直答!?
そこまでのぼせ上がってるのか、この世界の貴族種は。
俺は驚きながらジッポーで火を点ける。
ああ、美味い。
「お許しいただければ犬馬の労厭わずに、ムラヤマを宥めてご覧に入れましょう」
宥めるも何も興奮はしていないのだが、わざわざ突っ込むほどでも無い。
それでも俺は、少しは助力しようかと、紫煙を深く吸い込んで、殊更派手に吐きだしてみせる。
イライラしてるように見えるだろうか?
それにしても“犬馬の労”と来たか。
似た言葉が自動翻訳されているのか、実際にこう言ってるのか。
「――ゆ、許す!」
お、ようやく声が聞こえた。
「さすればまずは、ご忠告申し上げます。閣下を護衛なさる方々に、この場からの退出をご命じ下さい」
「な、何!?」
侯爵の声に合わせたように、金属鎧が一斉にガチャガチャやり始めた。
俺を出迎えた連中と同じような認識の仕方なら、現在身動きが取れなくなっているのは無駄に積み上げたプライドのおかげ。
俺自身は別に排除しなくても良いと思うのだが……高みの見物といくか。
携帯灰皿に、灰を落とす。
「厳しいことを申し上げますが、ムラヤマは今日呼び出されてここに現れただけ。しかし、この“出迎え方”はいかがなものか?」
おお。本当に厳しい。
「恐らく閣下は、その大きな御心にて、このようなことなどせずに、ムラヤマを迎えるおつもりであったのでしょう。護衛の方々が先走ったのではないかと愚考しますが、如何?」
なるほど。
敵の分散は当たり前の戦術だが、口先一つでよくもまぁ。
……俺も見習いたい。
「そ、そうだ! 私は捨て置けと命じたのだがな。こいつらが勝手にやらかしたのだ」
乗っかる乗っかる。
“このビッグウェーブ”でも目の当たりしたのだろう。
しかし、このオッサン、人間としてテンプレ過ぎるな。
扱いやすそうではあるが、逆にいらない苦労も背負い込みそうな気もする。
「私としては、申し出にあった通り面会を許すつもりであった」
「やはり……しかし」
ノラさんは鷹揚に頷きながら、頭をさらに下げる。
「護衛の方々も閣下の身を案じてのこと。どうかご寛恕賜りますよう伏してお願い申し上げます」
ここで護衛もかばうか。
どうも俺の基本姿勢と似ている気がするが、ノラさんの場合は少し違うだろう。
「う、うむ……そうしたいのは山々ではあるが、それでは……」
「ムラヤマの事なら、ご心配めさるな。“友人”の私がきっと収めて見せまする。なにとぞ穏便に」
――俺を“友人”として、コントロール下に置いている。
そういう印象を与えると同時に、直接会うことが頻繁になるだろ護衛の面々に恩を売る。
上手いことやるもんだ、俺は利用されるに任せてタバコを吹かしていたが、ノラさんが中腰で立ち上がり、後ずさりしながら静かにこちらに近付いてきた。
俺はノラさんに尋ねてみる。
「――ちょっとゴネますか? それとも素直に行きますか?」
なんて、正解はわかっているが。
ノラさんは立ち上がりながら、肩をすくめるという器用な芸当を見せてくれた。
わざとらしいのはどうかと思うが、単純な図式にした方が効果覿面のような気がする。
俺は腰の鞘から短剣を抜く。
で、刃を伸ばす。
実はこの練習は結構したんだ……いや、ちょっとだけ中二心が刺激されたことも否定しないよ?
鏡の前でやってないだけ、マシだと思っていただきたい。
そんな風に自己弁護を頭の中で展開していると、ノラさんに肩を掴まれた。
「しっかりしないか。それで焼かれるのはゾッとしない」
「すいません。下らないことを考えてました」
「君ね……」
「一回こっち側に振り払いますから、タイミング合わせましょう。1、2の――」
「3」
右手側に身体を半回転。
ノラさんはその場に残る形で、離れた手が泳ぐ。
演技派だ。
何しろここで、
「ノラは“異邦人”を御し得ている」
なんて判断されては、俺が侮られるし、ノラさんの“仲介”も軽く見られる。
だから、ここで駄々をこねるのは、むしろ必然。
軽く目を向けてみると、いい感じに効果が出ているようだ。
だがここで、新たな破壊活動――そんなつもりなかったのだが――を行うのはやり過ぎだろう。
ノラさんの手がもう一度肩に置かれる。
「……このぐらいかな」
「見た感じだと、良いと思いますよ」
ノラさんにとっては背後になってしまう侯爵達の様子を告げる。
「剣――しまいましょうか?」
「その前に――」
言いながらノラさんが、その場で回転する。
「閣下!」
呼ばれた侯爵がビクンと跳ね上がる。
「やはり護衛の方々に、かなり憤ってます。まずは方々の退出を――」
「し、しかし……」
「こうも言っております。『たかだか数名いたところで物の数では無い』と」
うわ、強気。
ノラさんはさらに続ける。
「実際にはそうも行かないでしょうが――」
ここで剣を振ってみるか。
ノラさんの手が強く肩を掴む。
「間違いなく怪我人は出るでしょう。すでに倒れられた方も心配です。閣下、お耳が痛いでしょうがすでに判断を間違っておられる。閣下の権威を権威たらしめたるにはここは引くことも肝要かと。むしろ閣下がどのように対応なさるか。それによって、さらなる権威を知らしめることも可能でしょう」
「う、うむ……」
「正直申し上げて、これ以上はムラヤマに引けとはとても言えません。護衛の方々の退去が為されないなら……」
「わ、わかった! だが私の安全は――」
「私の身命を賭けまして保証いたしましょう」
「よ、よし。ええい、お前ら、ここから出て行け!」
なんとかなりそうな流れに乗った。
問題は護衛としてのプライドだが――
「し、しかし閣下……」
やっぱり素直には行かないか。
「ええい! 実際にお主達は役立たずでは無いか!! そればかりではなく要らぬ面倒を増やしおって!」
無能と罵るだけで無く、その設定も――護衛が勝手に俺に襲いかかったという――拾って保身に走るか。
上司としては……普通だな、うん。
とことんまで普通だな、侯爵。
だとすれば、少し疑問だな。
(侯爵はなぜノラさんを排除しようとしていたのか?)
当初の計画ではノラさん達グループを生け贄にして、俺に恩を売る予定だったはずだ。
今となっては、ノラさんに頼るしか無い――そういう風に彼女が持っていた。
俺も協力したし。
つまり、ノラさんは侯爵から疎まれている確信があった。
だからこそ、ノラさんは今も懸命に自分の立場を造りにかかっている。
その行動は、俺の目的と合致するから放置で構わないが……調べておかないとダメだな。
俺が理想的な形で侯爵に接触するなら、そちらから情報を引き出すことも可能なはずだ――と、そろそろタバコの灰が限界。
護衛の連中が、こちらを睨みつけながらも退出していき、玄関で倒れている同僚の側でしゃがみ込んだのを確認しつつ、剣を鞘へと戻す。
そして携帯灰皿を取り出して、今にも崩れ落ちそうな灰を落とし、ついでにタバコも放り込む。
さて――
「――それでは仕切り直しといたしましょうか」
――台詞取られた。