扉を壊して
タバコを燻らせながら、ちょっと一息。
ここから先の作業にどうにも気分が乗らない。
それに……
「馬丁さん! どうしますか!?」
と、声を掛けてみる。
乗ってきた馬車が変わらず停まったままなんだよな。
一体どういう指示が出ていたのか。
……俺たちの死体の運搬にしては豪華すぎるし。
一応は帰すつもり……だったとしても、あの場所で放り出すとも思えないが。
「ムラヤマさん、動けない動けない」
ノラさんに肩を叩かれてしまった。
「え? あっちにまで影響が?」
「それはもう」
保障がついてしまった。
よくも馬が――ええい、やっぱり加減がわからん、このスキル。
あれ? と言うことは……
「これって、家の中にも?」
「そうだと思うよ。だから色々と動けなくなってるんだと思う」
なるほどそれなら、ちょっとはマシか。
「それに。侯爵閣下ともあろう人が小さな部屋で待ち受けるはずもないし――」
「あの正面の両開きの扉が一番怪しい、と」
家の中は、もちろん玄関ホールが備え付けてあって階段は左右から。ざっと見たところ上は扉が結構な数が確認出来るから客間なのかな?
逆に一階は、先ほど指摘した正面の扉以外は目立った扉が無い。
左右を確認すれば――なるほど階段の影に扉があるな。何というか正面の扉は自己顕示欲が滲み出ているような印象だ。ここの主はここにいるぞ! と主張しているような。
これはこれで、わかりやすいな、と感心しているとノラさんの肩が微妙に震えていた。
「何かありましたか?」
思わず尋ねてみると、ノラさんはこらえきらなかったのか、クスクスと笑い出し、
「……失礼。閣下にしてみれば別にコソコソしたつもりは無いんだろうと思ってね。それをムラヤマさんが“怪しい”とか言うものだから――」
何とも返事のしようが無い。
確かに向こうは自分の家にいるだけだ。
それならそれで無法者――俺たちのことだという自覚はある――に文句の1つも言いに来たら良いではないか。それがここまで反応が無いというのは……
結局、俺はタバコを携帯灰皿に放り込むと無造作に歩を進め、問題の扉の前に。
さて、ここからどうした物か。
蝶番を見る限り、内開きらしい。そうなると扉の影に……そもそも片方だけ開けると……いっそのこと勘で“踏み付け”てみるか……ええい!
俺は腰の鞘から、短剣を抜き放つ。
「おいおい」
ノラさんから、投げやりなツッコミ。
しかし、これが一番簡単な気がする。
短剣の刃が、いつも通り白刃へと変化。これで運が悪い人には――いや、どうせ壊すんだし丁寧にこだわらなくても良いか。
それに火が出るか確かめることも出来るしな。
右の扉の中程辺りに、えいや、と刃を差し込む。
こういう時、
バターを切るように
などと言われるが、実際驚くほど手応えが無い。バターナイフでバターを扱っている時よりもだ。
この感触は、熱したカッターでプラモを切ってる時に似ているような気がする。
さて、火は……大丈夫なようだ。ただ炭化している。無論焦げ臭い。
さぞ良い木材なのだろうな、と思いながら差し込んだ刃をひねりながら、横に向かって歩き出す。
相変わらず手応えが無い。
扉の向こうから大きな声や物音が響いてくる。ここで当たりのようだが……何ともはや。
「これはひどい」
ノラさんも同じ感想を抱いたらしいが、どうしようも無い。
せめて言い訳させて貰おう。
「そりゃ酷いですよ。俺は刃筋の立て方も知らないんですよ?」
「そうではなくて……」
違うのか?
俺は扉の端にまで辿り着くと、まずその刃を床まで下げる。単純に振り下ろせば出来そうだが、ここは丁寧にしゃがんで。下手すると多分あるだろう絨毯が燃え上がりそうだし。
うん?
何だか静かだな。
まあいい。
俺は引き続いて刃を上へと。
うう、流石に平均身長が高めの“異世界”だ――だが背伸びして無理をしてもかえってやりにくい。
結局、腕を上げるぐらいの高さで妥協した。
「その剣は、どういう代物なんだい? 光の――魔法じゃ無いよね?」
「光じゃ無いですよ。結果として発光しているだけで、純粋な熱の塊です」
ノラさんの疑問に答えながら、俺は剣を掲げたまま反対側の扉に向かって歩く。
「それを強力な磁石の力で、剣の形に閉じ込めてるんですよ。“こっち”の世界でも光に細工してあると勘違いしている人が沢山いました」
「なるほど。やはり“そっち”の世界は凄いものだ」
ええ。
こっちの世界の“SF”ではね。
むしろスペオペの範疇だと思うが、一応理屈だけは完成している。
もちろんビームサーベルの実物なんか、元の世界でも見たことがあるはずない。
実は完成していたが公表されていない――というパターンもあるのか?
この辺をまとめて説明するにはやはり……
「これ、プレートメールとかにも有効なのかな?」
ノラさんの質問タイムが続いていた。
その現実的とも言える問いかけに、俺の意識が引っ張られる。
さて?
俺の知ってるビームサーベルなら相手が金属でも問題なかったようだが、実際どうだろう?
現実は――と比較出来ないしな。
「――理屈では問題ないはずですが、実際に試してみないと」
頭を巡らせると、おあつらえ向けに寝転がっている鎧が二つ。
しばし歩を止めて、眺めて見る。
「試すのかい?」
「う~ん、それも面倒なような。そんなに器用に使えるかわかりませんし。肉が焦げる臭いは……」
あ、いかん。
扉の方が焼け落ちる。
俺は慌てて、歩を進め両方の扉の上部を焼き切った。
「それは中の誰かに鎧を脱いで貰って実験しましょうか」
「そうだね」
そのまま俺は反対側にそうしたように、剣を下ろしてゆく。
ズン、と狙い通り扉を切り落とすことが出来たようだ。
あとは蹴り飛ばしても良いんだが、せっかくやったんだから最後まで丁寧にいこう。
俺は中央部に戻ると扉に手を当てる。心持ち上の方だ。
ちなみに“スイッチ”は言うまでも無く入れっぱなし。
軽く力を入れてやるだけで、切り取った扉――と言うか木の板に退化したそれは向こう側にゆっくり倒れていく。
意図せずスローモーション演出を作り出してしまったが、暢気にそれを堪能もしてられない。
向こうが飛び出して来たら……あれ?
確かに人はいる。
金属鎧が、4人。
そいつらがしっかりフォーメーションを固めていた。
その中央にいるのは、半白頭のでっぷりとした男。年の頃は5、60代ぐらいだろうか。
何せ金属鎧に囲まれているので、よくわからない。どうやらソファの中にうずくまっているようだが、ここは、
「――ええい! あの不埒物に教訓を与えてやれ!!」
……とか、なんとかやるところだと思うのだが。
「ノラさん?」
「はい」
「侯爵がいると考えてたみたいですけど……」
俺は油断しないように連中を見据えながら、ノラさんに声を掛ける。
「もしかして、空振りですか?」
どこにも侯爵らしい人物が見あたらない。
やがてノラさんから声が返ってきた。そっちを向きたいが油断は出来ない。むしろ剣を目の高さまで掲げて警戒を強める。
「――こういうことを言うのは好きじゃ無いんだけど」
ノラさんが前置きから始める。
「お願いします」
推測が外れたからと言って、文句を言うほど狭量では無いつもりだ。
しかしノラさんは予想外の言葉を紡ぎ出した。
「まず、この扉を切ったのは何のためだい?}
え?
いや、そんなことわかるだろう?
「警戒のためですよ。開けるタイミングがこの構造じゃ簡単に掴まれてしまう。その時に、仕掛けられたら何があるかわからない」
「そこがおかしい」
迷いの無い断定の言葉。
――どこがおかしい?
「君がさっきまでやっていたことは、閣下には“威嚇”にしか見えなかっただろうね」
「威嚇?」
「わけのわからない剣で、易々と扉を切り裂く人物が乗り込もうとしている。しかも、その人物は怒っている――かも知れないぐらいは考えているかも知れないな」
そう言われて、1つの現象に対する多角的な捉え方を学ぶ。
要するに“納得しました”というわけだ。
確かに客観的に見て威嚇と言われても反論のしようが無い。
……うん?
もしかしてさっきの質問タイムは威嚇の一端か。
この抜け目の無さが、俺の心を安らげる。
それはそれとして――
俺は剣を短剣に戻して鞘にしまう。
それでも、相手の警戒は緩む気配は無い。
……とにかくだ。
……タバコ咥えても良いかな?




