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薄暮、古本屋にて

 俺の認識で“古書肆”としたが実際は微妙なところだろう。

 本だけを扱っているところも確かにあるが、絵画も扱っているところもある。

 もちろん故買屋じみたところもある。


 一番多いのは、金に困った貴族からの横流しを扱っているパターンだ。

 この世界、紙はあるが印刷技術が“魔法”なんだよな、どうやら。


 気を張れば大量生産も出来るかも知れないが、それだとあまり利益が出ないな~、という状態で足踏みしている状態なのだろう。


 魔法で大量生産というのがそもそも無理があるのか。

 はたまた識字率の問題で、本の購買層が少ないのか。


 色々、過渡期なんだろうな。


 本だけの店も、どっちかというと「どれだけ見事に装飾されているか」みたいな基準で価格を決めているっぽい。

 

 それで俺の調査だが……繰り返しになるが、頭打ちだ。

 

 “困った時に神様が現れた”


 なんて話は、いくらでも修飾出来る。

 そして修飾過多の方が受けが良いわけだ。


 童話にヒントが隠れてた!


 ……などという展開は、心躍るが、それを読み解くためには、そもそも“神”とは何か? という疑問を掘り下げなくてはならない。

 一応、自力で“ひらめき”に期待して読み漁ってもみたが、多分元々の動機がずれてるんだと思う。


「神様すごいや!」


 じゃなくて、


「どうやったら影向ようごうを起こせるか」


 だからな。

 だから童話では無く、もっと専門的で懐疑的な書籍。


 ……となると「神学」ではないか?


 この世界にあるかどうかはわからないが。

 そもそも「神学」がそういう学問なのかも、知らないし。


 とにかく当たって砕けようとしたが、そもそも教会の本が流れてこない。

 知識の独占という、悪いところはきっちり真似しているらしいし。立派な装丁の書籍には、そういった物もあるみたいだが、


「一冊だけじゃ売れないよ」


 ……悲しいね。


 まとめて買うだけの金を用意したとして、次はそれを運ぶ時はどうするか?

 しかもこれに加えて、雨ざらしになる可能性を考えると、やはり手が出ない。


 やはり蔵書というのは金持ちの道楽なのかもしれない。


 元の世界でもデータ化の波が来ていたし、実物の本を集めるというのはあっちでもこっちでも難しい話……いや、こっちはこれから……ええい。


 ともかく。


 俺はミヒーロに言われた噂を確かめ、消すために古本屋巡りをすることにした。

 挨拶回りもあるしな。


 日が暮れるまで回って、あとは後日――とか思っていたら、


「違う違う! ワシゃ、アンタの悪口は言っておらん」


 自分設定の制限時間まであと少しというところで、見つかってしまった。

 ある意味ではミヒーロの記憶通りにナシュアの店だ。


 ミヒーロが挙げた順番に回ったわけでは無く、帰るのにちょうど良いルートを巡っていたら、この有様。

 何だか理不尽さを感じるが、取りあえずは進展だ。


「俺の悪口を言ってないって事は、誰か他の人の悪口を?」

「アンタも知ってるじゃろ。アランの奴じゃ」

「ああ……」


 それは仕方がない。

 俺がここで物色してる間も、なんだかんだとアランとは揉めていたらしいからな。


 ナシュアの店は書籍と絵画を扱っていて、アランは絵画をたびたび持ち込んでいるようだ。

 これが盗品では無いようだが来歴が怪しい物が多いらしく、ナシュアも嫌がっている。

 

 ……そして俺も愚痴を聞かされるという点で非常に迷惑している。


「この前も、酷く汚れた奴を持ち込んできてな。それはもう修復だけで足が出るという酷さで、売り物には到底ならん。まったくどこから持ってきたのか。で、ワシは言ってやったのよ。『もっと商品を大切に扱え。お前も知っとるじゃろ! あのカケフ・ムラヤマって人を。そりゃ、本じゃけどそれは大切にあつかっとる! それに比べてお前のはなんじゃ!!』とな」


 話が長い。

 とにかく長い。

 古書肆とは思えない……そうでもないか。


 服買う時にやたら話しかけてくる店員じゃあるまいし、基本的に話しかけたりしないだけだ。

 その代わり、いったん話し出すと止まらないタイプが多いんだろう。


 ナシュアの店は絵画七割、書籍関連三割といった具合に商品を取り扱っている。

 店の中に中二階的な場所へと続く階段があり、その階段の下に書籍棚とカウンターが並んでいる感じだ。その奥に住居部分があるんじゃ無いかな?


 上は一度だけ上がったことがあるが、簡単なギャラリーみたいな造りになっている。つまりそちらでは絵画を展示販売を行っているという仕組みだ。


 この売り場面積の差から考えてもナシュアの得意は絵画関係であることは明白。

 アランはそこにケンカを売っているわけだから、ナシュアの憤りもわからないでは無い。


 そうなると、この話の大元は、


「……つまりそれが、おかしな具合になって俺の話になったわけですか」


 という事になる。


 蓋を開けてみれば、簡単な話だ。

 ミヒーロが間違えたのも、わからないでは無いな。


 俺は心の中で頷きながらナシュア用の土産の蒸留酒を出して、目の前に置いてやった。


「念のために準備してたが必要ですか?」

「念のためとは?」

「俺がナシュアさんの機嫌を損ねたと思って、そのために持ってきたんですよ」


 確かこれが好物だったはず。


「いや……そりゃ悪かったのぅ。アンタは何も悪くないのに、こんな気を遣わせてしもうて。これじゃ、何とも……かと言って新しいのが入ってきたわけでもないし、いっそアランを……」

「いやいや無理は止めて下さい」


 ここでゴタゴタが再燃したら、どう巡り巡って恨まれるかわからない。

 その辺りを酒と一緒に言い含めなければ。


「怪我でもしたらつまりませんし、今日は……」

「……あの~ちょっと良いですか?」


 不意に声がする。

 ギャラリーに人がいたのか。

 遅い時間だから油断していた。それも女性の声だ。


 こういう場合、どういう風なスタンスを取れば良いのかわからなくなるからイヤなんだよ。

 今すぐにでも逃げ出したいが、それはそれで問題が……


「どうかされましたかの?」


 ナシュアが受け止めてくれた!

 そうだ、ナシュアさんに任せてしまえば良いんだ。


「すいません、盗み聞きするつもりはなかったんですが、先ほどの話で出ていた方について……」


 言いながら女性は階段を降りてくる。


 まず目に付くのは、豪奢な金髪の巻き毛。そしてグレーの瞳。

 おっとりした雰囲気だが、美人の範疇に入るのだろう。


 何処かの貴族関係の人かと思うが、この時間に女性一人で出歩くものだろうか?

 しかし服もなかなか上等そうだし、単なる側仕えとも……厄介な予感がする。


 下手に動いて、目立ってはいけない。

 慎重に、ゆっくりと、端の方に……


「アランの事ですかな。いや、騒がしくて申し訳ないことで」


 いいぞナシュア。その調子だ。

 身体をずらして……


「とんでもない。ただ、私の知り合いに絵を無くした方がいらっしゃいまして。それも修復は無理なほど痛んでいるけれど、随分思い出のある絵だとかで」

「ほほう。ついに奴め道を踏み外しましたかな?」

「やはり……そういうお方なのですか?」


「ワシは人の悪口は言いたくないですが、奴はダメですじゃ。二言目どころか一言目から『金! 金!』で絵に対する敬意が全く無い。かといって放っておくと絵がどんな扱いになるか……」

「まぁ……やっぱり。そんな方なんですか?」


 言いながら女性が俺の方を向いた。


 ――俺?


 この流れで俺に振る?


「……お、俺に聞かれてるんですよね?」


 念のために確認する。何かの間違いであって欲しい。

 畜生、声が震えてしまった。


「ええ。何だかご存じみたいでしたから」


 ……そうだ。


 とにかく俺の役割は――適当な証言をする刑事ドラマのモブ。

 よし。これでいこう。


「――それが俺は話に聞いてただけで、実際に会ったことは、どうです?」

「そうじゃな。せいぜいすれ違ったぐらいじゃないかの? あのくすんだ赤髪の、ちょっと歯の出た……」

「ああ、あいつか」

「ご存じでしたか」


 女性が尋ねてくる。

 しかしこれには堂々と返事をすることが出来る。


「顔を思い出したぐらいですよ」


 これには嘘もハッタリも無い。


「街で会ったり見かけたりは?」

「ありませんね」


 これも本当のことなので悠々と返したが……何だ?

 何か違和感を感じるが。


 俺がそうやって考えている間に女性は会釈して、出て行ってしまった。


「アランの奴め。次からは出禁じゃ出禁!」

「あんまり興奮して怪我だけはしないで下さいよ」


 そう応じておいて、俺も蒸留酒を渡して暇を告げた。


 ――あの女性のことだけが、どうにも引っかかるが。

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