俺のスキルとは?(暴走編)
新しい朝が来た。
ここから心機一転、取りあえず小銭を稼ぐぞ、と勢い込んで目覚めた俺は頭を抱えた。
昨日寝床に選んだのは、街の門にほど近い馬小屋。推測すると街のインフラ業務に関わっている建物では無いかと思うが、詳細はわからない。
幸いまだ起きてる人がいて、事情を話すと、目一杯同情の眼差しを向けてもらえた。
あと黒髪黒目も有効だったようだ。
そんなわけで由緒正しい馬小屋で一泊となったわけだが――
――俺はベッドの上で目覚めてしまった。
この説明だけだと親切な馬丁さんにお姫様だっこで運ばれたみたいだが、そうでは無い。
馬小屋に突然ベッドが出現しているのだ。
そのベッドの上で頭を抱えながら、俺はこうなった原因を考えてみる。
たとえ、
「俺のせいじゃない!」
とわめき立てようにも確実に原因は俺だろう。
異世界のことでもあるし、仕組みがよくわからないスキル持ちでもある事だし。
思い返していくと、昨日メイルの剣を新しくするまでは大丈夫っぽかった。
それから寝る前……勢い込んで寝藁に身体を預けるが臭いに辟易……そうだ藁を新しくしよう、これで眠れるぞ……から、すぐ寝落ちしたな。
理屈だけを考えると“藁を新しくする”では無くて“眠れる”という欲望の方にスキルが強く反応したようだが、そもそも最初は何の希望も無かったのだ。
一体どういうスキルなのか……
とにかくこのままでは、どうしようもない。
俺は覚悟を決めて、馬丁さんに報告することにしよう――もうどうにでもなーれ。
何処かに突き出されるも覚悟していた。
だが、このシュールな状況を目にした馬丁さんも困ったように肩をすくめ、
「寝台はあんた、いらないのかい?」
「いや、そもそも俺のものでは無いですから」
推測が当たってれば、元はこちらの寝藁だ。
「じゃあ、俺がもらっていいかい? 悪いと思ってくれるなら、それの手伝いと馬房の掃除なんか手伝ってくれりゃ良いさ」
それで許してもらえるなら御の字だ。俺は熱心に頷くが一つ懸念材料がある。
「……あの、俺も良くわかってないですから、そのベッドがいきなり無くなるかも」
そう言うと馬丁さんは、しげしげと俺を見つめる。
そして笑みを浮かべて、
「あんた、良い人だねぇ」
と言ってくれた。
だが、それは間違いだ。
こういうトラブルの種になりそうな要素を先回りして潰してるだけだし、逆に言えばこの馬丁さんに楔を打ち込んでおくようなもの。
……絶対に“良い人”の行いじゃないよな。
「まぁ、とにかく片付けちまうとしよう」
曖昧な態度の俺の背を、馬丁さんが押してくれた。
仕事が終わると朝食まで出してくれた――
そして案の定、またやってしまった。
「あんた、それ商売なるわ」
「…………」
固いパンと水、それに干し肉とチーズ。
木のコップと、大きめの木皿に載せて差し出されたそれを――
――柔らかそうな食パン、ハムの乗せられたシーザーサラダ、オニオンスープ。そしてグラスに入った冷たい牛乳
……俺、日本でもこんなシャレオツな朝食、食ったことないんだけど。
俺は無言で馬丁さんの朝食とそれを入れ替えた。
「いいのかい?」
「さっきも言ったように、自分でも良くわかってませんし」
「そんなもの食べちまえば同じさ」
このポジティブ思考見習いたい。
――無理だけど。
だがこの時だけは、ということで、もう一回朝食に変化を起こそうとしてみる。
――温かな御飯。湯気を立てる豆腐と油揚げの味噌汁。それに卵焼き。お茶は麦茶だった。
もう知らん。
馬丁さんが珍しげにこちらを覗き込んでいるが、それも下手に触れないでおく。
「ところでこの街は“ノウミー”って言うんですよね。何故そう呼ばれるかわかりますか?」
さらに強引に話題を振って気をそらした。
「ん? いや、そもそも俺はこの街の生まれじゃないしなぁ」
「そうなんですか。それじゃ……」
と他の街の名前聞いても、そもそも俺自身がわからない。
俺は自分の間抜けぶりに頭を抱えてしまった。
「あんた、そりゃ無茶だよ。“異邦人”なんだろ」
「……わかりますか」
「わかるよ。その髪色だろ。それと、この見たこと無い……なんだ? 魔法か?」
「それがわからないんですよ。俺はスキルのせいだと考えてるんですが」
「ああ、スキルね。そういうのもあったか」
ん? これはどういうニュアンスだ?
「スキルは、たいしたことは出来ないんですか?」
「そりゃあんた。普通なら自然に身につくもんさ。寝台とか朝飯とかこんな派手なのは聞いたこともないよ。冒険者の連中は色々持ってるみたいだが――そういや、あんた冒険者ギルドに入ったんじゃ無いのかい?」
どこまで浸透してるんだ、この常識。
「ちょっと考え中でして。スキルって、そういうものなんですね。別にカードとか無くても?」
俺は話題をそらしつつ、さらに尋ねてみる。
「そりゃそうだよ。カードが無くても出来るもんは出来る。当たり前の話だ」
「そりゃ、そうですよね。すいません。どうも勝手がわからなくて」
機嫌を損ねないように反射的におもねってみる。
すると功を奏したのか、馬丁さんは幾分か相好を崩してくれた。
「そうか。あんたやっぱり“異邦人”なんだな。ただ“異邦人”になるとスキルが良くわからん事になるからなぁ」
よしこっちの方面で会話を広げてみるか。
「おかしな事になる前例があるんですね? どんなスキルかはわかってるんですか」
「随分前の人らしいから、そりゃ伝わってないみたいだぞ」
随分前?
次々、聞きたいことが増える。
取りあえず落ち着くために卵焼きをいただこう――おかしなスキルのせいで箸までついてるし。
二本の木の棒で器用に朝飯を平らげていく俺を見ながら、馬丁さんが続いて話し始めた。
「どこの国だったかは忘れたけど……」
他の国の話ですか。ここが何処かもわからないが複数の国家がある、と。
これはもう存分に語ってもらって、あとはスルーで。
こっちが好奇心旺盛になると、逆に相手の好奇心を刺激してしまう。
他にも色々片付けたい事があるしなぁ……みんな貧乏が悪い。
「……“異邦人”が国の――いやえらい大臣だったかになった時」
ふむふむと頷いておく。
やはり、そういった地位に昇る可能性もあるのか。失敗例がいくつあるのかは、わかりようも無いけど。
それに現在もその社会制度があるのかどうか。
「そのスキル持ちの“異邦人”の大臣がな、好きな名前を付けた街があるらしいんだわ」
「何て言うんです?」
「それがなぁ。何だか馴染みの無い響きで変なのは覚えてるんだが……」
そこが肝心なところだと思うのだが、突っ込んで聞くともう危険だ。
恐らく馬丁さんの職業的に“覚えにくい名前の街”が印象に残っていたんじゃないかな?
それに、このまま不完全燃焼で会話を終われば馬丁さんも、このやりとりを自分から積極的に思い出したりはしないだろう。
情報源は馬丁さんだけではない。それよりも自分の存在を薄くする。
それこそがボッチの心得だ。
その後は、朝食を終わらせてダメ押しのつもりで馬丁さんの仕事を手伝った。
その時に包丁を研ぐ――取りあえず研ぐという事で――作業を練習。
まず新品にする、という現象はどうやってみても再現出来なかった。だが根本的に違うが似ている物に変えることはなんとか出るようだ。
たとえば刃の部分を和包丁――要するに日本刀と同じ拵えにする。実際馬丁さんもそれで納得してくれたし、これならなんとか出来る。
このやり方を基本にして、なんとか小銭を稼いでいこう。
何とかこうして目算が立ったところで、街が本格的に目覚め始めた。
頃合いというものだろう。
俺は馬丁さんに頭を下げて暇を告げる。
「あんた、勘が良いわ。困ったら俺が上に話してやっから」
魅力的な別れの言葉に心惹かれたが、滑り止めを確保出来た、という心構えで当初の目論見通り動いてみることにした。
……1人、街道を起点でコツコツと仕事をする魅力。
…………実際、馬房の仕事にも適性があるみたいだし。
俺は後ろ髪引かれながらも、昨日、なし崩し的に“研ぎ屋”の看板を出した広場にたどり着いた。
通常の露天の他に、朝市も行われるらしい。
これなら早い内に目標額が貯まるかも知れないな。
――ただ、出来ることなら少しばかりのトラブルが欲しいところだ。