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友誼管理

 “カモ”という言葉がどのように訳されているのかわからない。

 だが、それっぽい言葉が伝わっているのはランディの反応を見ていればわかる。

 

 “葱を背負った鴨”


 それっぽい慣用句でもあるんだろうな。

 ちなみにネギは鴨に限らず、どんな肉と合わせても旨いと思うがそれは余談だ。


「カモだって――?」


 なにしろランディの血相が変わってる。

 やはり、リンカル侯の関係者なんだろうな。


 それをおおやけにするつもりがあるのか無いのか。

 俺はタバコの灰を携帯灰皿に落としながら、さらに一押ししてみる。


「そりゃそうだ。()()()みたいなのにとっては、貴族なんか飯のタネでしかないだろ?」


 お互いに、相手のことはよく知らない――という状態でここまで来ている。

 確実なのは会う場所が、こんな風に貧民街付近であるということだけだ。


 それだけで“貧民街の住人”という仮初めの共通項でくくってみた。

 さて、ランディはどうするかね。


「……カケフは“異邦人”だろ?」


 そう返すか。


「“異邦人”なら尚更だ。俺にこの世界での貴族なんか、何の意味もない」

「そう……なのか?」

「そうさ」


 いくらでも理詰めで攻め続けることも出来るが、別にランディの蒙を啓いても仕方がない。

 短く、まるで真理を語るかのように、簡潔に。


 ランディも、こうなれば接ぎ穂が見出せないのだろう。

 構わず俺はランディの腕を引っ張って、大通りの一部でもある橋の上に連れて行った。


 何しろここなら欄干があるからな。

 軽く腰掛けられることが移動の大きな理由の一つだ。


 橋ということで、当たり前に家屋がなく視界は開けている。その代わり馬車の行き交う音が、けたたましく響いていた。


 石畳で舗装されているのと、石造りの橋。

 表面は同じでも、やはり衝撃の受け止め方が違うんだろうな。


 馬車にも……サスペンションみたいな機構があったはずだが、そんなのが備わっているのは、それこそ貴族が使うような豪勢な馬車だけだ。


 普段使いの馬車は……まぁ、うるさい。


 逆にそれだけに内緒話するのには都合が良い――という建前を活用できるし、都合が悪くなったら「よく聞こえなかった」で流してしまうことも可能だ。


 そういうシチュエーションが完成したところで、俺はまずランディに頭を下げた。

 これ、どうも“異世界”でも同じ意味みたいなんだよなぁ。


 だから“頭を下げるのはタダ”という格言も有効なのが世知辛いところ。

 

 その証拠にランディが見事に動揺してる。

 

 俺に誠意なんか欠片もないのに。

 それでも、口上を付け足してみよう。


「すまん。お前に教えてもらった情報だったが上手く使うことが出来なくてな」

「え? ああ、そうなのか?」


 ランディの声を合図に上半身を起こす。

 思わず心配しそうになるほど、チョロい。


「まぁ、その結果おいしい“カモ”と縁が出来たわけだが」

「そのカモってどういうことさ?」


「簡単だろ? 仕官しようとしてた俺が、もっと良い勤め口を見つけたってことさ」

「勤め口……それは仕官とは違うのかい?」

「ああ、違う」


 この辺で良いだろう。

 こっちとしては、ランディの大元について確信が持てた分、結構な収穫だ。


 この後、ランディが身元を明かすかどうか……


「その勤め口って、どこなんだい?」


 うわー、直接聞くかね。

 だがそれが、ランディクオリティ。


「それは言えない。結構ヤバイ橋を渡ったからな。それに実際のところまだ全部上手く行ってるわけじゃ無いんだ」


 その言葉でランディの緊張があからさまに緩む。


「な、なんだ。そんな程度の話なのかい?」

「ああ。だけどギンガレー伯のところより好き勝手出来そうだ――上手く行ったらだけど」


 肩をすくめながら応じる。

 我ながらつかみ所がない会話だこと。


 心の中で苦笑すると、ランディの出方を窺うために、もう少し話を延ばしてみる。

 もともと、こっちにも触れなくちゃならんしな。


「それで頼んでいた、伯爵の情報収集はどうだった? たいして時間も経ってないし無理だとは思うが……」

「あ、ああ、それな……やっぱりすぐには無理だったよ」


 むしろ清々しく、ランディが返事をしてきた。

 このやり取りは、想定してたのか。


 しかし、こいつ本当にどういうスタンスなんだ?

 ある程度の情報に接する事は可能だが、行動は随分フリー、というか指示を受けて動いているようにも……

 そんな風に考えていると、ランディの話はまだ終わってなかったようで続きがあった。


「……それに、どうやって調べたら良いのか」

「出入りの業者だな」


 俺は吸い殻を携帯灰皿に放り込みながら反射的に答えてしまった。


 ちょっと思考に蹴躓いたみたいなもんだ。

 躓いたついでに、ちょっとやってみよう。


「……王都ここに来ると言っても単身来るわけじゃないだろう? 結構な人数が来るんだから発注もかなりのもんだ。それにお前の話だと、今回は調子に乗ってるわけだから――」

「――そうか。王都ここではお金を派手に使うわけだ」


 うむ。

 いきなりの察しの良さ、気持ち悪いぞ。


 しかも派手に金を使うことに因る効果も頭に入ってるっぽい。

 

 ――向こうがバラさないつもりなら、もうしばらく様子を見るか。


「情報収集ならそういう店の店員あたりが狙い目だろうな。今から粉掛けとけば、ある程度使いやすい。もっとも……」

「もっとも?」

「それっぽい店を構えることが出来るなら、それが一番簡単なんだけどな」


 ランディ、のけぞって一時停止の構え。それから身を乗り出すようにして、


「店だって?」


 と、こちらの言葉を繰り返す。

 たいしたことは言ってないはずだが……


「……そうさ。王都ここの古い店は大体他の貴族の息がかかってるだろ? 多分だけど。それなら新しい店に目が向く可能性は結構あると思うな。逆に品質に不安があるだろうが……」

「そうか……店か……」


 おや?


 その気は無かったが、変なスイッチを入れてしまったか?


「ま、思いつきを適当に並べただけだ。とにかく俺は“カモ”に取りかかるからな。お前ももしかしたらら、それで伝手を拵えて伯に取り入ってみるのはどうだ?」

「ギンガレー伯に?」


「ああ。情報ってものは使い方次第だ――それに“カモ”が喜びそうだ」

「え? それはどういう……」

「ヒントは、ここまでだ。じゃあな」


 俺は身体を欄干から離しながら、ランディに背を向ける。

 “ヒント”って、どう訳されてるんだ? と、いつもの事ながら些末なことを思考の上っ面で弄びながら。


「カケフ! またヒントを貰っても良いだろ!」


 ランディの声が追いかけてくる。

 俺はタバコを引っ張り出しながら、後ろ向きに手を振ってそれに応じた。


「俺がイヤがっても、お前が勝手に来るんだろうが」

「はは、そうだったね」

「だから今日は、付いてくるなよ」

「ああ。僕も頑張ってみるよ」


 付いてくる気配はない。

 即座に橋を斜めに渡る。


 同時に、タバコを口に咥えて――


 ――頑張るって、何だ?


 もっとも様々なイヤな予感を抱えても、放置の方針は変わらない。


 今度は“木のうろ”の店だ。


 それぞれのスタンスを確かめておかないとな。


 ノラさんのところに情報流したのは、間違いなくこの店になるんだが、素知らぬ顔だ。

 ということは、これから先も利用出来そうだし、向こうも俺を利用するつもりらしい。


 これはこれでわかりやすくて助かる。

 ここで泣きながら、


「仕方なかったんだ」


 とかやり出したら、今度こそ人を殺せるかも知れない。

 それにしても、少しは大人しくなるかと思ったが……


                       □


「絶対引き取らん」


 こうまで頑強に否定してくるとは。

 ブツは前にここで買った一張羅一揃えなのだが……


「元はここで買ったんだぞ。扱ってない物じゃないだろ?」

「何をどう扱うか決めるのは、俺が決めるこった」


 もしかして怒ってる? 逆に?


「カケフさん、せっかく選んだのに、すぐに売払いたいなんて……」


 ミヒーロからも非難の声が上がった。


 こいつも共犯者だと思うんだがな……


 だが確かに、悪いことをしたとは思う――建前の話だとしても。


「わかったよ。俺が悪かった。ただヘソを曲げられたままだと困るんだ」


 “木のうろ”の片眉が上がる。


「これから、また別なもの持ち込むことになりそうなんでな。ここで取引探し回すよりは、ここで決め打ちできた方が楽は楽だ。忙しくなりそうだし」

「ほ」


 また鳴く。


 だが、やっとの事でそれっぽい反応になった。


「もっとも、買い叩くようなら……」

「現物も出さずに、脅し文句なんぞ」

「そうよそうよ」


 ミヒーロも加わってきた。


 どうやら情報を渡すだけ渡して、その後まで責任持たぬ、というところがこの店のスタンスになるんだろうな。俺の扱ってる品に魅力があったとしても、恐らく盗賊ギルドみたいな組織から指示が出たとなれば、否も応もないだろうし。


「ギルドに逆らっても、顧客の情報は教えんぞ!」


 とかやる“木のうろ”とその従業員。


 うん、気持ち悪い。

 だから、ここはここで正解なんだろう。


「そうよカケフさん、ここはナシュアさんの店じゃないんだから」


 いきなりミヒーロの話が飛んだ。


「あそこがなんだって?」

「あれ? あそこで無茶な買い取りを要求してるって……」


 どこ発信の噂だそれは。

 俺がジト目で睨み続けると、ミヒーロが目に見えて慌てだした。


「あれ? ナシュアさんじゃなかった? ロー爺のとこだったか、ギブナンさんのとこだったっけ」


 見事なまでに爺ぃばっかり。

 とにかく、何か言われてはいるようだな。


 名前が挙がった人達は、全員古書肆だ。ここと違って、無茶をした憶えもないんだが、恨みが残るとどこから足下をすくわれるかわからん。

 今日どころかしばらくやることもないし、これから先、あまり寄れないだろうしな。


 挨拶もかねて、ちょっと回ってみるか。


「……とにかく行ってみるか。ありがとよ」

「あたしが変なこと言い出したとか、そういうの止めてよ!」


 察しの良いことだ。

 それにしても、ミヒーロ……


 ……爺コン?

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