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不審者志願

 雨は――


 うん、絶好調だな。

 ここにて晴れたり、小降りになったら()()()()目撃者が増える可能性が高い。


 俺は胸の内で、不審者の心得を確認してみる。

 まずは……


(対象の家屋周辺を下調べだな)


 ここだけ取ると慎重さが光る、良い行為のような気もするが、あくまで目指すのは不審者。

 雨のおかげで、わかりにくくてはいけないと、殊更仰々しく左右を確認する。


 もちろん街中。瀟洒な建物が建ち並ぶ高級住宅街と捉えて間違いないだろう。


 あの実際の家屋に至るまでに結構な広さ庭がある感じな。

 野良犬……貧民街ではあまり見ない――きっと食料――だが、裕福な家では番犬として存在している可能性もあるが……


(まあいいか)


 これで済ませてしまえるのが俺のスキルが大概な所だ。

 番犬でも何でも「モンスター」にカテゴライズできるから、大密林のあれやこれやを経験したあとだと、何ら脅威にならない。

 ましてや見つかっても、構いはしない状況下では。


 俺は目当ての家屋の周りをぐるっと回ってみる。

 当人達は一応、こぢんまりしているものを選んだつもりなんだろうな。()()()でも、こういう齟齬はよくあった。


 それにしても、これこそ桁が違うんじゃないか?


 一区画、丸々取ってるのか? 様子を窺うには都合が良いが……そうか。他の住居と隣接してた方が、色々小細工もしやすいのかも知れない。

 それはそれとして俺はどう出るか。


 鉄製の3mほどの縦格子の柵が巡らされている事は確認した。もちろん、そのてっぺんは槍状になっていて侵入を拒んでいる。


 取れるスタンスとしては、まず……飛び越える。

 出来たら格好良さそうだが、これは避けたい。


 多分、飛び上がる分には飛び上がれるだろう。しかし柵を跳び越すために放物線を描くように飛んだとすると……受け身か。

 やはり飛べるという事と、着地する事は、別の身体の動かし方が必要だ。

 

 では――


 柵に手を掛けてみる。

 この段階で警報とが作動してても気にしない。というかそれも狙いの一つではある。

 さてこの場でやっておくべき事は……思い切って力を入れてみる。


 あ、いかん。


 これは本気で壊せるな。

 柵が俺の握力でへこんでいるし。


(実際に、壊すまではなぁ)


 ()()()ご婦人の住まう家だしな。修理に時間がかるような事はしたくない。

 というわけで、これも却下だ。


 やはり門扉をどうにかした方が、後々問題が少ないだろう。

 そう思って来た道を引き返そうとした時、俺と同じようなフードの男達を発見した。数は二人。


 何だこいつら、と訝しんでみたが俺が不審者で間違いない。

 ということは、こいつらが目当てかな?


「兄ちゃんだよな? 悪い事しようとしてるんならやめときな」


 なかなか穏当――では無いな。

 声を掛けてきた方を前衛とするなら、もう片方がすでに仕掛けている。


 魔法か。


 この感覚……まるで映画館で外れを引き当ててしまって、必死に料金分はなんとかして見ると踏ん張った時と似ている。


 いや、あれほど強烈では無いのだが。


 何か俺のスキル、こういう風に自身に影響が及ぼされるもの――大体全部だが――悉くが有効に働かない……らしい。

 大密林でモンスター相手にしていた時も、こんな感じだった。


 仕掛けた相手が、どんな気分になるのか是非ともインタビューしてみたいところだが、何せ相手はモンスターばかり。

 人語を解するモンスターは、いるのだろうか?


 いたとしても、このような質問に的確に……それはともかく相手の「睡眠スリープ」はやはり俺を眠りに誘う事は出来なかった。

 正直、外れ映画の方が恐ろしい。


 さりとて、相手にとってはそこまでの事情はわからないだろう。

 自分の魔法が有効に働いていない事はすぐに悟るだろうし、できれば――


(いいぞ)


 踵を返して、この場から離れて行った。


 失敗した手段にこだわるよりも、人数を集めに行ってくれたようだ。

 これが即座に行えるのだから、こいつらの練度も悪くない。正直ノラさんのとこよりも良いんだろうな。


 なにより俺が前衛と判断した男が、すっかり本気マジになっている。

 ここで俺をどうこうというよりも、狙いは時間稼ぎだろう。


 半身に構えて、得物は見せない――あるいは持っていないか暗器なのか。


(俺も自己紹介だ)


 俺は腰から短剣を引き抜いた。

 すぐさま光の剣状態に変化させる。


 朝と同じように、雨がすぐに蒸発してモゥモゥと煙を立てるが、良いハッタリになるだろう。

 相手に俺のデータは……流石にこのことは知らないか。


 ルーなんとかさん経由で、もしかしたら知られているかも? と思っていたが、ただ俺の持っている得体の知れない剣に驚いただけのように見える。

 もちろん、ここまで情報が降りてきてない可能性もあるしな。


 さて、次の向こうの手は……


(攻めるか)


 それも判断としてはアリだろう。


 だがその身のこなしは、俺から見ても非常に拙い。

 その上、この雨がさらに動きづらさを増幅させていた。


 これもなぁ。


 考えてみたら、バカな話でこの世界は身につけた技術を“スキル”という形にしてしまう。

 だから、外からその技術を観察されたり、最悪俺のように技術自体に干渉を受ける。


(……まったくバカな世界だ)


 俺は一歩踏み出すと、虚空を踏みしめる。

 と、同時に相手がその動きに合わせたように、うつぶせに倒れた。


 まるで俺に、上から踏まれたかのように。

 これはもう、相手のスキル云々は関係ない。


 この状態で相手がうまく抵抗できないのは、先ほどと同じように、こいつのスキルに俺が干渉しているからだろう。だが、この“踏み潰し”に関しては、俺が何かをしていると考えるしかしかない。


 俺は近付いて改めて振り上げた足をこいつの身体に乗せた。

 いや、まったく申し訳ない。

 こいつは仕事してるだけだもんな。

 

「く、な、何だこれは……」


 流石に、可哀想になってきた。

 俺は短剣をしまうと、ノラさんに貰っていた薬をハンカチに含ませて相手の口元を覆う。


 最初は抵抗していたが――おお、凄い効き目。


 この雨の中で、この効き目だからな。実はかなりヤバいんじゃなかろうか。

 さて、このまま放置だと下手すると肺炎だ。俺はぐったりしたこいつを担ごうと――


(お早いお着きだこと)


 ――ぱっと見で5人ほどこちらに向かっている。


 で、俺の方には逃げる選択肢がないんだよな。

 向こうが打ち止めになるのは、いつのことになるか。

 景気づけに、俺は一言。


「――肺炎になったら、そっちで面倒見ろよ」


                  □


 門の鍵を引きちぎる。


 ああ、いかん。


 さっきまでの立ち回りの感覚が抜けてない。


 打ち止めとは言ったけど、実際そんな間抜けなことが起こるはずも無い。

 ただ、こういう空白の時間はどうしたって訪れる。


 そのまま俺は敷地を横切り、家屋の扉に手を掛けてこちらも無理矢理開ける。


 ……ここも修理は簡単なはず。


 屋内は明かりも落とされて、暗闇に近い。

 この広さからすると玄関ホールかな? もはや住宅と言うよりも邸宅だな。


 さて……と、どこにいる?


「誰なの!?」


 暗闇の中、響き渡る誰何すいかの声。

 声の位置は僅か上方。おそらく階段の途中から。向こうから出て来てくれたのは助かる。


 俺は答えようとして、ハタと立ち止まってしまった。

 これは難しい質問だ。


 別に泥棒しに来たわけでは無いし、暴行を働くつもりもない。

 その一方で、確実に法に触れてそうだしな。


 この場合、適当なのは……


「え~っと、多分、賊です」

 

 ヒィ


 細い悲鳴が上がる。


 いや、本当に申し訳ない。


 俺はフードを脱いで素顔を晒した。そのついでに、相手の姿も確認。

 この暗闇ではどんなに目が慣れても、若い女性だとわかるぐらいが精一杯で、それで十分だろう。


 そしてそれは向こうからも同じ。


「……い、“異邦人”……?」


 はい満点。

 思った以上にしっかりした人だな。


 あっさり気絶とかされたら面倒だったが、これだけ気丈であれば色々と証言してくれるだろう。

 ついでに自分の操も証言すれば良い。


 強姦魔にされても面倒だし。


 俺はベストのポケットから、安くは無いであろう宝石の填まったブローチを取り出す。

 そしてそれを、足下に置く。


「俺に近付かれるのもいやでしょう。これプレゼントです」

「ぷ、プレゼント……?」


 言いながら、こちらに向かってくる気配。

 良くないな。

 こんなに簡単に賊への警戒を解いてしまっては。


「近付かないで下さい。あなたに会えたことで目的は達成出来ました。あとはおいとまします。そのプレゼントは、その証」

「わ、私に……?」


 しかし、その理由を説明する必要はない。

 別にこの人に懸想けそうしたわけではないのだから。


 俺は壊した扉に手を掛ける。


「壊してすいません。他の狼藉者が現れるかも知れませんが、それはあなたの“運”に頼らせていただく」


 そう言い捨てて、俺は外に飛び出した。

 さて、この人の運は……果たして良いのか悪いのか。


 何せ王国にも影響力を持つ大貴族――


 ――リンカル侯のめかけなのだから。

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