聞き慣れた言葉
「手を組む? 仲間になるって事かい?」
俺の申し出にノラさんが笑顔で応じる。
それは俺の申し出を“論外”と片付けた上で嘲りの意味もあるのだろう。
だが俺はそんな湿っぽい話はしていない。
「違いますよ。手を組むんです。“そちら”と“俺”とで」
「……すまない。話が見えない」
もちろん説明は必要だろう。
だが、そのためには現状に対する、認識のズレを浮き彫りにする必要がある。
俺がまだまだ推測だけで切り出している部分ばかりだしな。
しかし、その前に――
「そもそも俺はギンガレー伯の所に行くつもりは無い、という事です」
ここをハッキリさせておくべきだろう。
ノラさんが、何とも曖昧な表情を一瞬浮かべた。
さもあらん。
ノラさんが請け負った第一の仕事は「俺をギンガレー伯の下へ走らせない」だと推測されるからだ。
その前提を覆されては、面白くは無いだろう。だが俺が交渉を持ちかけた時に、その可能性も頭に入れていたはず。
だから、まず宣言してノラさんの思考を整理しにかかる。
「俺が、餌を撒いていたのは……恐らくですがリンカル侯を吊り出すため」
ここがまず第一の曖昧な部分。
リンカル侯というのは王国南部に広大な領地を有する大貴族だ。
そう。
あの大密林の名義的な所有者でもある。
民が暮らしている領地も結構な広さだが、それに加えて大密林だ。
元の世界で言うところの“辺境伯”的な権限を許されているようだしな。それに比類するかのように王宮内でも官位を賜っており、現在財務卿。
この辺は江戸時代の○○守と似た感じだが、実際経済基盤が充実しているのも確かだろう。
大密林から上がってくる貴重なあれやこれやを事実上、独占していたのだから。
冒険者ならば貴重な品々であっても。いやだからこそさっさと換金する――リンカル領で。
大幅にレートが下げられているならともかく、この辺りも良心的なレートで運営されているらしい。
実際、大密林で出会った冒険者のほとんどはリンカル領に基盤を置いていた。
リンカル領で実力と資金を貯めた者が王都に凱旋し時には国事に関わる事態にも関わるようになる。
この辺が冒険者のおきまりの出世コースのようだ。
そして有望そうなパーティーにはリンカル侯爵家が後ろ盾になっており、パーティーが王都に帰って後も、隠然たる影響力を持っている。
この辺の絡繰りは見事というしかないな。
王家にとって代わっても良いんじゃないか、とも思う。
あるいは上に王家があった方が都合が良いのか。
何故、こんなに調べているかというと例のルーなんとかさん絡みだ。
自分で言っていたし、装備の質から考えていわゆる“あがっている”状態のパーティーだと踏んだ。
だからこそ王都に籍があると確認したわけで、貧民街に潜り込んだのも追跡をかわすため――万が一の話だ。何しろヤバい事何もしてないからな。
それでも情報収集に努めた結果、どうやら彼女たちのパーティーはリンカル領にいるらしい。
籍を移したのかはわからないが、活動の拠点はあっちにある。
そこで、取り憑かれたように大密林に挑み続けているとの事。
……とにかく、しばらく王都に帰ってこないだろう。
結果、それが俺の判断となった。油断は出来ないが。
もちろん俺はリンカル領は通ったものの街の一つにも寄っていない。
実際、こういう方面に関しては優秀で使い勝手の良すぎるスキルだ。
確実に“ボッチ”が何か関連しているのは間違いないだろう。
さて、ここまで来て話が元に戻る。
先ほど、権力基盤を維持する絡繰りを見事と評したところだが、この絡繰りに横やりを入れているのが、誰あろうギンガレー伯だ。
ランディの言う事を丸々信じるのもどうかと思うが、半分でも真実が混ざっていた場合、リンカル侯が危機感を抱いても不思議は無い。
それに加えて、俺が“イチロー”である事にも確定……いや疑惑で十分か。
“イチロー”がギンガレー領に知恵を付けた。
その後、理由はわからないが“イチロー”の姿は無いが、今また合流しようとしている。
再び何かやられたら、自分たちの権益にますます食い込んでくるかも知れない。
まだ王都に伯がやってこない内に抱き込んでしまうか、それが無理なら“排除”もやむなし。
……理由としてはこれで納得できる。
そんなわけで、リンカル侯が第一容疑者になるのだが――
「リンカル侯だって? 随分、大物が出てくるじゃ無いか」
――ノラさんが笑う。
からかうようではあるが目が笑っていない。
当てが外れたか? それともさらに上の人間がいるのか? それともまだ俺の試験の最中だったのか。
どちらにしろ、こちらが組みたい相手はノラさんで決まっている。
“異邦人”の情報を何気なく聞き出せれば……やはりそれはあまりにも都合が良すぎるか。
やはり、このプランで行こう。
向こうも、この時点でかなり計画が狂ってきているはずだ。
「話は変わりますが、ここから先、俺の救出劇はどういう絵を描いてるんですか?」
「君の救出劇?」
この言葉どういう風に訳されてるかは知らないが翻訳機能に全てを預けるしか無い。
「このまま、俺をリンカル侯――仮にですが――に渡したら、単純にリンカル侯が誘拐劇の主犯になるだけだ。それなら俺が悪漢に捕まって、リンカル侯の手によって救われる。この方がずっとスムーズだ……侯爵の次男が騎士団で地位を得ていましたね」
このまま勢い込んで推測を重ねようとしたところで、突然ノラさんが手を広げてそれを押しとどめた。
何処か間違った部分があるだろうか?
「――すまない。これで確信できた。本当に桁が違うのは君のスキルではない」
ノラさんの手が俺に指を突きつける形に変化する。
「やはり問題は君自身だ」
いきなりの糾弾に流石に次に放つ言葉の選択に迷う。
そこにさらなる追撃が来た。
「スキルを“おかしく”したのは、君の素質によるものだ」
「やはり……おかしいですか。ああ、もちろん“スキル”の話ですよ」
「そこは自分でもわかってると思うが。君がおかしくないと言っても良いよ――重要なのは、それによって為せる働きだからね」
……確かにそうだ。
それにこれは俺が想定している、ノラさんが取引に使ってくる材料になるはずだ。
随分と好意的だが、最終的にイーブンに持ち込むためには向こうにタダで差し出させてはいけない。
そこまで甘くは無いだろうが……
「それで、話の続きだ。もう下らない混ぜっ返しはしない。君が推測している状況は概ね肯定できる――サー・ハミルトンは盲点だった。確かにその可能性はある」
ハミルトンというのは、先ほど話に出てきた侯爵の次男だ。
しかし、それを肯定するという事は……
「疎まれているんですか?」
直球に聞いてみる。
ノラさんが肩をすくめる。
「さて。随分便利扱いしてくれてはいると思うよ」
騎士団が動いてくるのに、それが前もって知らされていない――動く事が想定外とまで。
動かないと判断するに至った経緯はわからないが、仮にそこに謀が含まれていたら、ノラさんのチームは事態収拾の生け贄――あるいは組織内での別の動きがあるのかもしれない。
「まぁ、どちらにしろ君をこんな形で出迎えてしまった以上、変更は確実だね。何しろ助けるべき君がピンピンとしている」
「それでいてリンカル侯の下には赴く。その混乱は俺の願ったものでしたが……」
これはもう一段、積み上げる事が出来るかも知れない。
リンカル侯を踏みつけるための、踏み台を。
「ノラさん、俺を捕まえたのは……」
「まだ報告してないよ。何せこの雨だ。足が付くような便利な道具は交換もしてない」
ははぁ。
そういうアイテムでしたか。
それにしても、雨の使い方が上手いな。
どこまでこの状況を読んでいたのか。
どちらにしろ、俺もこの機会を逃したくはない。
俺はますます早口になって、推測の確認。そして計画を打ち明けた。
話す内にノラさんの口が半開きのままになってしまう。
……そんなに変な事を言ったかな。
俺はセブンスターを味わって、説明の労を自ら労う。
何故かそこにノラさんが手を出してきたので、1本渡してジッポーで火を点けてやった。
ノラさんは深々と吸い込むと、天井に向かって煙を吐き出しゆっくりと俺にこう告げた。
「――君とはあまり仲良くしたくないな」
ほら――こういうことになる。




