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雨の中の襲撃

 ――いやと言うほど、仕官の話を印象づけた翌日。


 そう翌日なのである。

 いくら何でも、早すぎるだろ。


 俺のねぐらの周りを、灰色のフードを目深に被った連中が取り巻いているのだ。

 雨が降っているから、だけでは無く何とも剣呑な雰囲気を漂わせている。


(もっと、こう……)


 と嘆いても仕方が無い。


 それに、()()()()相手には遠慮をする必要が無いし、しかもここはケシュンでもある。

 つまり、人目を気にする必要も無い。


 計画が早回しになったと前向きに考えよう。

 俺はモニターを見ながら、石壁にしか見えないだろう場所を探っている奴が近付いてくるのを待った。

 

 ……俺のねぐらの紹介はまた今度になりそうだ。


 俺はすでに朝食を済ませ、衣服とコートも整え終わっている。

 準備万端だ……それほど激しい事にはならないと思うが。


 ――さて、そろそろか。


 俺は出入り口の扉を()()()()させた。

 今まで慎重に聞き耳を立てていた奴の姿が間抜けに見える悲劇的な様相。

 かわいそうに、と思いながら“素”の状態で腹に蹴りをたたき込む。


「……!」


 おお、声を出さないのか。


 立派立派。


 しかし良くもまぁ、ほぼピンポイントでねぐら(ここ)に辿り着いたな。


 ……ああ、そうか。

 魔法か。


 いつもこの可能性が後回しになるのが、俺の悪い癖だな。


 ――まぁ、あまり()()()()


 俺は残った連中の数を確認。

 雨中で悶絶している奴を入れて4人。


 男1人さらうだけなのに気合いの入ったことだ――俺は頭の中のスイッチを“ON”にした。

 3人が全員短剣、というかナイフを構える。


 さて一応“人間”相手も試験済みだが、上手く働くのかこのスキル。


「……大人しく同行――」

「同行はすると思うが、この辺で試したい事があるんだ」


 俺は、腰の鞘から短剣を引き抜いた。


「――人を殺しておきたい」


 言いながら短剣を強く意識。

 途端に短剣の刃の部分が白く発光し長く伸びた。

 それを確認したからか、あるいは俺の言葉に刺激されたのか、男が1人飛び込んできた。


 だが――


(これは遅い……な)


 その事実を俺は余裕を持って確認した。

 フードで良く確認出来ないが、その口元が奇妙な形に歪んでいる。


 ……間違いないようだ。


 俺はバタ足で近付いてくる相手をどうしようか、とたっぷり悩んで、やっぱりヤクザキックで迎撃した。

 いざとなると“殺す覚悟”はやはりハードルが高い。


 ただ、今回はスイッチが入った状態だったからな。

 蹴り飛ばされた男は地面と平行に飛んでいき、その先にある堤防にぶつかってそのまま意識を失ったようだ。


 ……多分、死んでない。


 というのは俺の希望的観測に過ぎないのかも。

 何にしろこの世界には神聖術なる物もあるし、なんとかするだろう。


「あいつが多分死んでないとするなら、誰かが運んだ方が良い」


 説明するまでもない事を、わざわざ口にする。


「あそこで悶絶してる奴は多分、立てるようになるだろう。それと無事な奴が飛んでいったあいつを介抱しながら撤退。この場の責任者が俺に同行する」


 未だねぐらから出ないままに、俺は今後の方針を提案してみた。


「それでもヤルってなら仕方が無い。今度こそ本気で相手をする。見てもらえればわかると思うが、俺は戦闘に関しては間違いなく素人だ。手加減とか出来ないからな。思いっきりやるだけだ」


 俺は伸びた短剣――ビームサーベルっぽい何か――の切っ先を、連中の一人に突きつけた。

 降りしきる雨が、それに触れてモウモウと水蒸気が立ち込める。


 素人目だが、これの相手をするのは大変そうだ。

 そして、これなら“刃筋を立てる”とか面倒な技術も必要ないだろう。


 さて最後通牒だ。


「――その内、勝手に誰か死ぬだろ。その前にあいつが死ぬかも知れんが」


 言いながら、ねぐらから一歩踏み出す。

 そして、それっぽく半身で構えてみた。


 絶対に威嚇にもなっていないだろうから、名付けて「キチ○イに刃物」的交渉法。

 言うべき台詞は、もう言い終わった。

 あとはどちらに転がるか――


「手がかかるようなら殺せ」


 みたいな指示が出ている可能性は低いと踏んでいる。


 王都に来て目立った憶えも無いし、この“力”を振りかざした憶えも無い。

 割と簡単な仕事だ……と考えられているだろう。


 が、すでに厄介な“力”がある事は示した。それに加えてこの“ビームサーベル”。

 これにケンカを売って俺を無力化するにしても、被害が割に合わない。


 それなら――


「……同行するというのは本当か?」


 ――こうなるよな。


 思った通り連中から手打ちの申し出が来た。

 もっともそれを無邪気に喜んでいたら、舐められるだけだ。


 相手が下がった分だけ、こちらも踏み込む。

 これが定石。


「ああ、ただ縛られて案内されるのはいやなんでな。俺も歩いて一緒に行く」


 そしてビームサーベルを伸ばしたまま警戒の姿勢は、相手のプライドを鑑みてのこと。

 正直、こいつらを脅威と捉えるには無理がある。


 だがそれを態度に表しては、いらぬ禍根が生じてしまうだろう。

 俺のスキルが知られていない以上、勝手にこいつらの頭の中で戦力評価を始め、最終的に、


「もしかしたら弱点があるかもしれないが、極力、関わらない」


 ぐらいに落ち着いてくれれば御の字。


 どいつがリーダーかはわからないので均等に視線を配分しているが、先ほど言葉を発したのは、前に出ている方だった。

 そちらにヤマをかけて、声を掛けてみる。


「決断するなら早くしろ。雨に晒されたままでは助かるものも助からない」

「……わかった」


 言いながら、リーダーと思しき方が構えをといた。ナイフも懐に入れる。

 それを確認した俺も「ホッ……」とわかりやすく安堵の溜息をついて、元の短剣に戻るように意識を整える。


 無論、頭の中のスイッチは入れたままだ。

 ここで突然、襲いかかってくる可能性も否定出来ないからな。


 だがリーダーは仲間の身を案じる方を優先させたようだ。

 まだ無事だった仲間と初っ端に悶絶していた奴に目配せし、それを受けた二人もごねる事無く、へたり込んだ奴を両脇から抱えて撤退していった。


 うん統率も練度もなかなかだ。


 あの蹴っ飛ばした奴が一番未熟者――要は一番若かったのかも。

 だとすれば、上手い具合に手打ちのための最適解を選んだみたいだな。


 さて、次の交渉だ。


「別に答えを期待していないから勝手に喋るぞ――俺が拉致されているという状況なら、そちらのアジトもわからないまま、そこに運ばれて話は終わりだ。だけどこうなったらそうも行かないだろう。俺もむざむざ敵地に乗り込みたくも無い」


 まずはここまで。


 一呼吸置いて、


「そこで提案なんだが、適当な店をそっちで用意してくれないか? そっちの息がかかっていても、それは仕方が無い。まずは俺と対等に交渉を行っているという建前を作ってくれ」


 俺にバックがあるかのように見せかける。

 予想ではギンガレー伯が、そういうポジションに収まってくれそうだが。


「ところで、ここから先にちょっと雨がしのげる場所がある。そこで上と相談してみるのはどうだろうか? あるんだろ? そういうことが出来る道具アイテムが」


 そこまで言い切って、リーダーを観察してみると目が白黒している。


 ……そんなに表情に出るようじゃ裏仕事は難しそうだ。


 それでも、やがてリーダーは目で俺に移動するように促してきた。

 ここまで来たら、俺を拉致する、の命令が優先されるだろう。


 俺はリーダーに背中を向けて、この先の倉庫のひさしに向かって歩き始める。もちろんスイッチは入れたままだ。

 今日はもしかしたらずっと入れっぱなしになるかも知れない。


 加減が難しいのだが……


「おい」


 背後から出し抜けに声を掛けられた。

 雨がしとどに降りしきる中、その低い声は妙に耳に残る。

 

「あんたは……“異邦人”なんだよな?」

「そうだよ。別の世界の“人間”さ」


 俺は即座に答えて肩をすくめる。


「別に天国から来たわけじゃ無い。ここと変わらぬ“人間”達が一杯だ」


 俺の口元に、自然と笑みが閃く。


「――ただ俺達の世界の方が、薄汚れてるだけさ」

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