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“タンナー”って知ってるかい?

 遅ればせながら、現在の俺の出で立ち。


 ノウミーで揃えた物と変わりません。


 ……では、流石に呆気なさ過ぎるので、もう少し行こう。


 まず下着。

 これ結構重要だと想うんだが、真面目な話。


 とは言っても例のスキルを使えば、洗濯いらずで綿製で肌触りも気持ちいい物をいつでも身につけている。

 どうかすると1枚で事が済んでしまうのだが、精神衛生上の問題から5着用意はした。


 トランクスとTシャツ。

 これが“異世界”の規格にあってるのかは、知らない。

 別に見るわけでも見せびらかすわけでもないしな。


 で、下がアーミーグリーンのカーゴパンツ。ポケットが多いのが選んだ理由。上はベージュのトレーナーとブラウンのベスト。これもポケットが多いのが理由。


 色合いに関しては、まったく好みでは無いが、好きな暗色系統ばっかりだと悪目立ちするから仕方が無い。

 あ、上も下も防刃です。


 あとはリーボックのスニーカー。

 腰の後ろの鞘に短剣を差してあって……武装はこれぐらい。

 防刃仕様の服も武装と言えば武装か。それにポケットにあれこれ。


 あと結局、他に適当な物が見当たらないので革袋に銀貨、銅貨をいれて持っている。

 革製の財布――と言うといきなり高級感が増すな。


 こいつはカーゴパンツの隠しポケットに入れてある。

 もちろんこれらも数着持っているわけだが、どれをどのように着回しても、大体同じ格好に行き着くな。

 

 ……きっと俺はファッションに対する最大公約数が大きすぎるのだろう。


 後は季節によってコートを着たり着なかったりぐらいが変化だろうか。

 で、当然のように帽子をコーディネートに加えたかったのだが、これが難しい。


 ファッションセンス的に難しい――のでは無く、どうやらある程度地位がないと、社会通念上、帽子は被らないらしいからだ。特にこういった街中では。


 あくまで社会通念上なので別に被っているからと言って、捕まるとかそういう感じではなようだが、やはり遠慮しておきたい。


 何せ王都ここに来てからしばらくは、黒ずくめの上に野球帽だったからなぁ。

 貧民街でも、ドン引かれた。


 ちなみに、この常識の例外がある。


 ――“冒険者”


 だ。


 つくづく“や”の付く自由業と変わらない。


 ……俺がどう思われているかは、もっと悪いものかも知れないが。


 さて、そんな俺に向かって一声鳴いた“木のうろ”は、それきり黙ったまま、俺をジロジロと眺め回している。


 ギンガレー伯の所に仕官を申し出るのが“木のうろ”の琴線に触れたらしいが、それを正直に説明するような男では無いだろうしな。

 それでも、こっちも黙って待っていたらやがて口を開く。


「……仕官するにしてもじゃ」

「ああ」


 ここから本番。

 “木のうろ”は店の床に。俺は携帯灰皿にそれぞれ灰を落とす。


「別に腕っぷしで売り込むわけじゃないな。してみると……」

「決まってる。“これ”だ」


 俺は髪を一房掴んで持ち上げて見せた。


 “木のうろ”が年輪を深く刻み込む。

 俺がギンガレー伯の内情をどこまで知っているか考えているのだろう。


「――ならば特に装備を固めたりはいらないだろう」

「そりゃそうだろうさ」


 鎧とか着たら、俺のスキルがどんな仕事をするかわかったもんじゃない。


「俺はお前の服なら、常連のよしみもあって色付けてやるんだが……」

「服売るほど困った試しはない」


 防刃仕様を世に出すつもりもない。


「逆に言うと、俺は服は扱ってない」

「またまた」


 俺はわざとらしくかぶりを振った。

 そしてタバコの先で“木のうろ”を差す。


「その名前の由来はわかってるんだ“木のうろ”」


 思いの寄らぬ物を、暗い穴の中に隠している。

 それが“木のうろ”の由来。


 大体、故買屋が「その商品は取り扱いしてません」で門前払い食らわしてどうするつもりなのか。

 それに屋敷に忍び込んで、服なんかはターゲットとして割とスタンダードだろうし。


「適当なの抱え込んでるんじゃ無いか? なあ“木のうろ”」

「……普通に服屋行けよ」

「服屋は嫌いなんだ!」


 これは実感を込めることが出来る。

 向こうも商売だから、話しかけてくるのは営業努力と割り切る事も出来る。


 ……上手く対応出来ないのは俺が未熟だからだ。


 だがしかし!

 

 ああいう店に居る売り子というか店員!


 服を扱ってる自分って、偉い!


 みたいなところが気にくわない。


 それに他の業種も負けず劣らず頑張っているのに、あのデザイナーという不思議な連中とその取り巻き達。


 どうせ偉ぶるなら、チーフカッターとかタンナーとか、そこを中心に盛り上げろよ!

 これが服飾関係に関しての俺の「偏見」であるとわかっていても、とにかく出来るなら関わりたくない。


 ああいう連中と関わると、魂が汚くなっていく錯覚さえ覚える。


「……お、おう」


 あからさまに“木のうろ”が引いているが、知った事では無い!

 

 ――いや、違った。


 ……狙い通りだ。


 こんな風に俺がエキサイトするのも含めた計画だったんだ。

 故買屋で、仕官の話をする。


 これを自然な状況であると、納得させるための小細工。


「……そんなわけで、ここなら何でも揃ってるだろ」


 “木のうろ”が、諦めたように溜息をつくと、吸い殻を踏みつけ椅子から立ち上がった。


「――高く付くぞ」

「まず安くしてくれ。俺が感謝の念を込めて色を付けるから」

「簡単な話を難しくするのは、詐欺だ」


 ……などと故買屋が言っておりますが。


 価格設定はどちらにしろすんなりとはいくまい。

 まずは現物、という事で試着という流れになるだろうな。


「……要するに、お前のいつもの手だ。他にも仕官を誘ってくるところがあるぞ、という感じに見えればいいわけだ」

「流石。わかってる」


 店の奥から“木のうろ”の声が聞こえてくる。

 しかし別段“俺の手”じゃなくて交渉の常套手段だと思うがな。


「となると……何じゃ、お前」

「親父さん、何でそういう取り合わせになるかな。この色にはこうでしょ?」


 若い女の声がする。


「やめろ。こっちはな……」


 ……高価たかそうに見えるだろ。


 が、小さくなった“木のうろ”の言葉の続きかな?


「それじゃ、見た目がダメダメでしょ。ここは……」

「……」


 何という明け透けな悪巧みである事か。

 思わず笑って、咥えたていたタバコの灰が落ちそうだ。


「大概にしてくれよ」


 実際、ここで服を買うのはフェイクだから、真剣にもならないしな。

 かといって、ここで本気を出して服を欲しがる“フリ”をやったらそれはそれで、この店での“俺らしく”はない。


 加減が難しいところだ。

 

 ……何事に関しても。


「カケフさん、いらっしゃい!」


 と、姿を見せたのはミヒーロという名の……何者だろうな。

 取りあえずこの店を手伝ったり、“木のうろ”の世話をしているようだ。


「ああ。世話になってるよ」


 俺は言いながら灰皿にタバコを放り込む。

 あちこちに飛び散っているような自由奔放な髪型のミヒーロは、頭巾でそれを抑え込んでいる。


 ……考えてみれば、結構頭巾姿の“女性”はいたな。


 男女差別反対。


 ちなみに髪の色は赤茶……瞳の色はそれより濃い茶色だ。

 年の頃は恐らく、二十代前半。


 見た目では無く「嫁き遅れ」とか言ってたから、そこからの推測だ。

 十代でも通じそうではあるがな。


「服なんて一体どうしたの? お嫁さんのなり手でも見つかった?」

「そんな可哀想な女性に出会った事は無いな。幸いな事に」

「またまた~、それで本当は?」


「ああ、仕官しようと思ってな」

「それでウチに?」

「ああ」


 またこの繰り返しになるのかと思ったが、ミヒーロはそこで引いてくれた。

 単純に“木のうろ”が出てきたからだ。


「ほらこれが、妥当なところだろうよ」


 その手にはサテン地に刺繍が施された上下が揃っていた。

 白のゆったりしたパンツに濃紺の上着。何だかコスプレ衣装みたいだが、元はこんな感じの服が基準になっているんだろうし原点回帰みたいなものか。


 ああいや正確に言うと、西洋の社交界で使われていそうな服、といった方がいいのかも。

 俺は、そこまで考えて思いついた事を口にしてみる。


「これ帽子は組み合わせ出来るか?」

「帽子? ああ、なるほど。ちょっと待ってろ」


 “木のうろ”がすぐに帽子を持ってきた。

 上着に合わせてだろう。


 濃紺の……ベレーが一番近いかな。被ると言うよりは乗せる感じのサイズだ。


「親父さんにしてはセンスがいいじゃない」

「ミヒーロの言うとおりだ。これはなかなか良い」


 買わないつもりだったが、1着コッチ製の……俺のスキルの前では無力か。

 しかし加減は出来るはず。


「気に入ったのなら色を付けろよ」

「コッチもとっておきを出すから」


 ――こうしてミヒーロが逃げ出すまで俺達の間で交渉(戦い)が繰り広げられる事となる。

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