故買屋でセブンスターを
翌日――
あの後、複雑な面持ちのランディと無事に別れ、ねぐらに無事に辿り着く事が出来た。
きっとランディとしては自分の予定とは違ったのだろう。
ランディはストーカーする余裕もなくなったらしく、意気消沈、と言った方が近いかもな。
俺はねぐらに戻ると、まずシャワーを浴びて胃腸薬を飲んでそのまま寝てしまった。
で、今日の朝飯分の元をランディに渡してしまった事を思い出して、早々にねぐらから這い出てしまった、というわけである。
……いや、元が何でも朝飯にはなるんだけどね。
この辺を“おまかせ”にすると、意外なメニューになったりするから面白くてな。
俺の意志が介在すると、
――ご飯。のりたまの振りかけ。鮭の塩焼き。豆腐と油揚の味噌汁(ネギたっぷり)。
で固定されてしまうのが考え物だ。
いや確かに好きだけどさ。
調整出来るはずなんだが……和食は難しいのかも知れない。
それも含めて色々試したいところだが、今日はやっておきたい事がある。
俺はケシュンを抜け出して貧民街をショートカット。どこもかしこも隙間だらけだから、別にテクニックはいらない。
で、大通り付近の石造りの建物が並んでいるあたりに辿り着く。
これがまた大通り付近だけが立派に見えるんだよな。
実際は書き割りみたいなもので、その石造りの建物のすぐ後ろは、いつものバラックが群れをなしているわけだ。
実際、この辺のバラックは住居としてケシュン周辺より劣悪だとは思う。
ただ大通りに近い、という点が魅力的なんだろうな。
俺はその大通りを王宮に向かって、トボトボと歩く。もちろん端っこの方を。
中央は馬車が行き交っているし、これはボッチとは関係ない……多分。
馬車は基本的に右側通行であるらしく、それが守られているから、一応の民度はある様子だ。
ただ横断歩道みたいなものは無いから、横切るには運と気合いが重要となってくる。
馬車の流れを読めば、そこまで難しいものでも無いが、朝の内はやはり緊張感が必要だ。
朝市に向かう簡素な馬車から、豪華な造りの馬車と、これまた様々。
一応、片道二車線ぐらいかな? もっとつめられるようだが、余裕を持って二車線ぐらい。
これより大きな道もあるから、都市計画は成功――いや、強引に道路を敷き直す事も可能なのか。住民に補償とか考えなくて良さそうだものな。
俺は、気合いでもって通りに足を踏み入れた。
目指す店に行くためには、何処かで渡らないといけない。
中央付近は豪華な馬車専用――的な不文律があるが、今のところ大丈夫なようだ。
小走りに通りを斜めに横切り、俺は無事に通りを渡り終えた。
□
飯は普通に旨かった。
軽く焼いてトーストみたいになった切り分けられたパン。
分厚いベーコン。
スクランブルエッグとオレンジジュース。
あの店に行ったのは……確か3ヶ月ぶりぐらいだったか。
下手に通い詰めると、顔覚えられるからな。
もっとも“異邦人”な容貌のせいで、いかな努力を払っても無駄だ。
根本的な問題は黒髪黒目では無く、顔立ちだと思う。
だから、
――何だあいつ久しぶりに顔見たぞ。今まで何してたんだ?
と、言う具合に気持ち悪がられるのが次善の策になるだろう。
実際、街中で飲食店切り盛りするの大変だと思う。インフラ状態を細かく理解しているわけではないが、地球でも飲食店が登場するまで、結構時間がかかったはず。
宿屋や娼館とごっちゃになっていない食事を提供するだけの飲食店は……大帝国並の統治システムが見えないと、厳しそうだ。
例え魔法という要素があったとしても。
実はこの辺も、世界の差し出口があったと俺は考えている。
大きな街には、飲食店の1軒や2軒、いやそれ以上に軒を並べているべき、という“決めつけ”が無理を押し通したんじゃないだろうか?
その無理を背負って立つ経営者の方々には、本当に頭が下がる。
だから気持ち悪いと思われても、何ら問題ない。
……そもそも外食がイレギュラーだからな。
朝食を終えて、これから向かう先は、歴史的には飲食店よりは古いんじゃないかな。
しかし歴史書には明確に記載されてはいないだろう。
なにせ故買屋なのだから。
俺は飲食店からさらに王宮へと近づき、一つの角を曲がる。
これだけ王宮に近付けば書き割りのような街も、幾分か厚みを増してきていた。
その一画に目当ての故買屋がある。
もちろん「故買屋」などと看板を出しているわけではないが、軒先に薬草らしき乾燥した植物が干されているのが目印だろう。
一応、表の商売がこれなんだろうな。
印象からすると、突然街中に現れる駄菓子屋に通じるものがある。
ああいうところで、拳銃とかが取引されてるのは何か心をくすぐるものがあるが――この店の場合、あまり感じるものがないな。
「開けてるか?」
吊された薬草を暖簾代わりにかき上げて、中に呼びかける。
「開いとるよ……お主か」
いかにも無愛想に応じるのが、この店の主人――通称“木の洞”だ。
その名の通り、年輪に年輪を重ねた容貌で、ただ瞳が真っ黒な穴のように穿たれている。
本名はわからない。
もちろん盗賊ギルドに関わっているからだろう。
別に名前を知りたいとも思わないし、別に不都合は無い。
さして広くもない薄暗い店内の中、カウンターの向こうで小さな椅子に腰掛けている。
その体躯は――意外に大きいのかも知れないな。
俺は改めて話しかけた。
「いつものと……ちょっと相談があってな」
「これ以上は絶対に出さんぞ」
うむ。
ここには大密林とか大仰な名前で呼ばれてるところから持ち帰った、植物とか鉱物を持ち込んでいる。
ここしか引き取ってくれるところがない、というような足下を見られる状態では無かったので、あちらこちら――表も裏も関係なく――で買い取り価格を比較した結果、この店を選んでやったという関係性があるのだ。
どうやらその時に俺が持ち込んだ鉱石が、切実に必要だったらしい。
それを察した俺が、逆に足下を見てやった。
以降、他の取引に関しても俺が優位に話を進め、現在に至っている。
こっちも貴重な品物――らしい――を独占で卸しているのだから旨味があると思うんだがなぁ。
「いやそれはいつも通りでいいんだが。いやなんだったらちょっと安くしても良い。だから相談」
「……言ってみろ」
「今度、仕官しようと思ってな」
「ほ」
……何だその鳴き声は。
構わず話を先に進める。
「で、あまり余裕のない格好をしてたら舐められるからな。多少は押し出しの効いた格好をしたいわけだ。が、俺には――」
「“異邦人”ゆえ、勝手がわからん、と」
有り難くも無いが、先回りしてくれた。
「……別に俺を騙してくれても良いんだがな。それが判明したら、この先の取引は無しだ」
この申し出に即答するほど“木の洞”も素人では無い。
しばらく身動きをしなかったが、やがて二本指を示してきた。
我が意を得たり、とばかりに俺はその間にタバコをはんでやる。
ここ乾燥した物が多いけど良いのかな? などという遠慮はとうに消え去った。
自分も咥えて、ジッポーを“木の洞”に差し出してやり、そのまま自分でも火を付けた。
実際、この“タバコ”も“木の洞”相手に取引を上手く成立させる小道具である事は間違いないだろう。
ああ、ニコチン。
どうしてあなたは麻薬じゃないの?
「……気は乗らんが」
「ああ」
気が乗ったところを見た事は無いが、もちろんスルーだ。
「とりあえず話だけは聞いてやる。仕官先ぐらいは考えとるんじゃろ?」
「ああ。えっと……ギンガレー伯だったな。近々、やって来るという……」
すると“木の洞”は目と口をまん丸に開いて再び、
「ほ」
と鳴いた。
――意外と面白いな、それ。




