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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
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編集とは邪悪の化身

 ムラタは視線を宙に漂わせる。

 その仕草の何ともわかりやすい事か。

 

 どうやってノラの申し出を躱すことが出来るのかを考えているのだろう。

 あるいは、そうと見せつけて、ノラが撤回と言い出すことを期待しているのか。

 

 だがそれにノラが応じることは無く、ついでに都合良く躱すための理由も出てこなかった。


 何しろこの作戦はムラタが言い出したことなのだ。

 どんな風に理論を展開させても、結局のところは言い出しっぺに返ってくる。


「……つまりはカタツムリなんですよ。ええ。確認しますがカタツムリというのは、巻き貝を背負って、本体はぬめぬめとしていて、動くのが遅い……」

「ああ、同じものみたいだね」


 話が飛んだようだが、考えるまでもなく、そうではない。


 カタツムリ――蝸牛とは問題の物語で重要な要因ファクターになる単語である。


 最後まで読んだことで、ノラには蝸牛の重要性は自明の理だが、恐らくすぐに読むのを止めてしまったムラタがすぐさま蝸牛に注目しているのが、面白いと言うべきかどうか。


 とにかくノラとしては話を先に進めるしか無い。

 

「カタツムリがどうかしたのかい?」

「これって、王都で普通に見ますか?」


 言われると確かにあまり見ない気がする。

 それが重要なことだとは思えなかったが、とにかく自分は見たことがあるとしか答えようが無い。

 それに王都内にこだわらなければ、それほどおかしなものとも言えない。


 その旨を説明すると、ムラタは深く頷いた。


「――では、ノウミーではどうでしょう?」

「どうでしょうと言われてもね……何とも答えようが無いよ。普通にいるんじゃないのかな?」


「ですがノウミーの気候は、王都ここよりは寒冷のはずだ。となると、馴染みが無い生き物と考えても、それほど不自然では無い」

「そう言われればそうだけど」


 ノラは首を傾げる。

 ムラタが何を言いたいのか、ますますわからなくなってきたのだ。


「物語全般で考えると、ノウミーの自然にこだわるような描写がある。そういう人物に仕上げたいという意図があるんでしょう。それがいきなりカタツムリです。ここがね……どうにも引っかかる」


「引っかかるって……別に嘘の――」


「基本的に“物語”とは嘘の話なんですよ。だからこそ丁寧に構築しなければならない。だから、おかしな部分にこだわる……というか、それこそが“謎解き”ものを読むときの心得でしてね。先にそういったものを読んだのが仇になってしまったのか、どうにも、あの蝸牛という表現の仕方が気に掛かるんです――恐らくは深い意味は無いだろうことを予感しながら」


 実際、蝸牛であることは意味は無い。

 読了したノラはそう言い切ることも出来たが、果たしてそれを告げることが、この場での“正解”であるのか。

 何とも判断に迷う。

 

 となれば、ここは保留のためにも、少しピントのずれた質問を行うべきかも知れない。


「……ちなみに“謎解き”ものだとどういう展開になるんだい?」


 この質問は、良い具合にムラタの精神を活性化させたようだ。

 咥えたタバコの先が、上を向く。

 そして、やおらに語り始めた。


「そうですね……この物語がある人物の手記という設定として」

「はぁ」

「こういった文章が発見されるわけです。例えばある事件の重要な鍵を持った人物の手記で、探すためには手記を読み解くしかない」


「……それで?」

「で、探そうとする人物は手記にある“蝸牛”に違和感を覚える。手記を書いた人物の履歴からは“蝸牛”が出てくるとは考えづらい、と」

「…………」


 ノラが無言でグラスを呷った。


「そこでそれを手掛かりに推理を進め、この手記には第三者の手が入れられている、という結論に達する」

「何だか、面白そうだね」

「……こういう感じに罠を仕掛けるのが“謎解き”ものでしてね」


 ノラは首を傾げる。


「その“純文学”だったっけ? それもそんな風に物語を作っても……」

「実際“純文学”で認められて、その後“謎解き”ものを作り出した人物もいますよ」


 ノラが、そういう風に話を作れば良い、と言い切る前に、ムラタがそれを先回りして疑問に答える。

 だが、即座にそれを自分で否定して。


「ただ、1度“謎解き”ものを書いてしまうとねぇ。ああ。あのパターンもあるか」


 また、自分で否定してしまった。

 どうにも、ムラタは自家中毒を起こしている。


「つまりは君がこだわっているだけじゃないのかい?」


 さすがに面倒になったノラが、そんな風に言葉をかけた。

 実際“純文学”であったとして、何の問題があるのか?


 結局のところそういうことになるだろう。

 そして、ムラタが何を問題と感じているか。

 ノラが知りたいのはこの辺りだ。


「――いや、確実に“純文学”に携わる者たちには選民思想があります」

「セン……ああ、何かおかしな具合になったが、自分たちを貴族だと思うってことか」


 ノラがため息をついた。


「……君、翻訳スキルまで壊してしまうつもりかい?」

「そんなつもりは全く無いんですが――ただそういう人物相手にするの面倒でしょ」

「それは……まぁ、そうだね」

「俺は、イヤな予感しかしません」


 ノラは、必死になって次の手を模索する。

 ムラタをこの件から手を引かせないようにするのは割と簡単だ。


 何しろ言い出しっぺである。

 最低限の仕事はするだろう。


 問題はこだわり(弱点)をさらけ出すほどに積極的に、この件に絡ませるにはどうすれば良いかだ。


「――だが、それは君の世界での話だろ?」


 途端、ムラタがいやそうな顔を浮かべた。

 さすがに気付いてはいたらしい。

 だが“当たり”には違いない。


 ノラは、ここを引っかかりとしてムラタを攻めることにする。


「君の言う“純文学”も“謎解き”も、全部まとめて物語なんだよ、こっちの世界では。同じ価値があると君が広めてしまえば良い」

「……俺はそんな事したくないんですが」

「だがこの計画を続けるなら、やりやすいように環境を整えた方が良いだろう?」


 ますます表情を歪めるムラタ。

 ノラの論法に、身に覚えがありすぎるのだろう。


「――しかし、ノラさん」


 ムラタが何とか言葉を発した。

 そこから先の言葉を、ノラは予想できないでいた。

 ここまでは上手く言っているように思うが……


「それだとまるで俺は……」

「俺は?」


 いよいよ弱点露呈か、と内心の喜びを見せないようにノラが合いの手を入れる。


「……俺は“編集”になってしまう」

「………………“ヘンシュウ”?」


 ノラはオウム返しに呟いてしまった。


 彼女には何かしら意味のある言葉が聞こえたような気もしたのだが、最終的にはムラタの言葉がそのまま聞こえるという、いつもの仕様に落ち着いてしまったらしい。


 本当にいつか、ムラタは翻訳スキルまでおかしくしてしまうかも知れない。


 その時の被害者は――多分“こちら”側の人間だろう。

 とんでもない怪物モンスターが発生することになるのだから。


 ――ただ、喋るだけで被害をまき散らし殺す事も出来ない。


 そんな未来図を想像したノラは、今までで一番真剣に(アティール女神)に祈ってしまった。


 ……どうかムラタの翻訳スキルよ。耐えてくれ、と。


「つまりは、文章を流布しやすいように形を整えることを生業とする職業です」


 ノラの危惧には気付かぬまま、ムラタは説明を続けた。

 今度はノラにも通じたし意味がわかれば、なるほど有用な仕事だ、とも納得出来る。

 それなのに、ムラタは何を嫌がっているのか。


「理屈はわかるんですよ。編集という仕事は難しい。そもそも人間には不可能なんじゃないかと、俺は考えています」


 ムラタが止まらない。

 その上、どう考えても話が大きくなりすぎているような気がする。


 こういう感じの暴走状態はノラが望んだものであったはずだが、果たして無事に済むのかどうか。

 忘れてはいけないのは、ムラタが全部“無し”にしてしまおうと考えてしまう危険性だ。


「とにかく理屈を教えてくれないか? それじゃ僕にはわからない」


 ノラは、何とか制御しようと試みる。

 それはもう、人間としての義務感に近いものがあったかも知れない。


 彼女が焚きつけた結果――とも、中々言い難いのだが。


「……つまり作り手は好きに書きますよね」

「それはそうだろう」


「で、編集はその作り出したものを、流布しやすい形になるようにアドバイスします。これはまぁ、親切でもあるんですが、もう一つ目的がありますよね?」


「ああ。流布し易いってことは、売れる形に持っていくってことだからね。つまりは商売出来るようにするんだろう?」


 この辺りの理屈はわざわざ確認するまでもないことなので、ノラはあっさりと答える。

 だが、そこに問題があった。


「そう。まさに商売優先。この理屈が強すぎるために、人間ひとは簡単に編集あくに堕ちるのです!」


 ムラタの力強い主張。


 その時、ノラは引っかかりを覚えていた。


(また翻訳スキルがおかしくなったのか――おかしな響きがあったような)


 危険な状態は続く。 

 

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