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坂を転がれ

 ランディが戻ってきた。

 水を木製のコップに入れて自分の分も一緒に。


 ……これどうしたものか。


 いや、まがりなりとも飲食店だからな。

 生水を煮沸ぐらいはしていると思いたい。それに例えランディが腹を壊しても神聖術がなんとかしてくれるだろう。いやそれよりも先に、指輪で使える簡易な魔法で……例えばピュリファイケーションみたいな……あれは、術理がちがうのか?

 この辺さっぱり調べなかったからな。


 俺?


「すまんな」


 と言ってコップを受け取った瞬間に、中の水が淡く発光。

 これぐらいの“調整”は何とか出来るようになりました。


「それで、どこまで話したっけ?」


 ランディから、言われてハタと考え込んでしまった。

 俺としては次はこうなるだろう、と予測して、言うべき台詞を組み立てていたのに、その根本を揺るがして来たぞ、こいつ……


「そんなのお前が話してたんだろ。自分で思い出せよ」


 とりあえず、これで誤魔化すしかない。


「カケフだって聞いてたんだろ?」

「俺は、今のところ……面白く無いわけで」


 そうだった。

 そういう態で話をしてたんだった。

 ランディも、ここで引っかかるものを感じたのかしばし瞑目。


「――そうだ。ギンガレー伯に面白い噂があったんだった」


 何ともモヤモヤすることを言い出したぞこいつ。

 それを話してれば済んだ話だったのでは無かろうか?


 ……とも思うが今さらどうしようも無い。


「確かに伯爵がどうたらとかは言ってたな」

「うん。伯爵が王都に来て……そうだよ、そこからだ。伯爵って最近、急に威勢が良いんだよ」

「そんな話だったな」


 俺は、一服。

 繋がってきたぞ。


「その理由はね……」


 また身を乗り出してきた。

 もうリアクションしてやんない。タバコの火でどっちしろランディは近づけないし。


「……“異邦人”が協力してるんじゃ無いかって話」

「ふ~ん」


 俺は食い気味で返してやった。

 “異邦人”絡みになる事は予測していたので、ランディの話に地雷が反応したようなものだ。


 ランディが見事に鼻白むが、知った事では無い。

 というか、ランディの奴、ここから話をどう繋げるつもりだったんだ?


 ……しばらく弄んでみるか。


 俺は携帯灰皿に灰を落とすと、そのタバコの先でランディを指した。


「確かに俺は“異邦人”だ」

「そうだろう?」


 どういう希望を見出したのかわからないが、ランディが復活する。


「だからといって“異邦人”を全部知ってるわけでもないし、そもそも、その“異邦人”にも興味が無い」

「それは……えっと……」


 ――その伯爵に協力した“異邦人”は君だね!


 こんな感じで話を進めるプランでもあったのか。

 俺がよっぽどの正直者でもないと成り立たんぞ、そんなプラン。


 で、


 ――黙っていて欲しかったら、わかってるよね?


 とかも考えられるが、どうだろう?


 どちらにしろ俺はギンガレー伯の顔も知らない事は紛れもない事実。

 このアリバイ――現場不在証明には違いない――をどう崩すつもりなのか?


 それとも“異邦人”は横で繋がっているとか、そんな“常識”が繰り出されるのか。

 そんな常識知った事では無いけどな。


 ――なぜなら俺はボッチだから。


「カケフは“異邦人”だよね」


 ランディは何故か根本から確認を始めた。

 俺は灰を落としながら、


「ああ」


 と返す。


「だから……伯爵がどんな協力を受けたのか細かいところが見当がつかないかなって?」

「ふむ」


 初期のプランは間違いなく、俺がギンガレー伯に協力した“異邦人”その人だ、というノリで進めようとしてたんだろう。

 が、そこからのこの切り返し。


 悪くはないが、それだと今までの話を声を潜める必要は無くなるな。

 俺が“異邦人”である事は見ればわかる事だし。

 あれで俺にプレッシャーがかかると考えたのか、()()()()()()()のか……


 ――採るべき選択は二つ。


 ランディの誤魔化しを糾弾し、何故俺だと思ったのか、きっちり問い詰める。


 これが成功するにしろ失敗するにしろ、いったん今のねじろを引き払わなくてはダメだろう。

 そして、あまり実りが無い。


 ランディの不細工な会話術は流して、取れる範囲の情報を貰う。


 当たり前にこれしか選択肢がないように思えるが、問題は俺の演技力だな。

 だが批評家ランディが先に失敗してるようなものだから、顔を立ててやればなんとかなるか。


 ……ちょっと知りたいこともあるしな。恐らく、ここですぐにわかる事は無いだろうけど、餌だけは撒ける。


「……じゃあ、伯爵が簡単には、どう協力して貰ったのかは知ってるんだ」


 俺は少し上体を反らして、ランディを促した。

 ついでに静かにタバコを吸う。


「あ、ああ。何でも冒険者を上手く育成する方法らしい」

「育成?」


 意外な単語が出てきた。

 これは本気で俺の知らない誰かがやったのか?


 いや……


「……ただ育成と言われてもなぁ。具体的にはわからないのか?」

「それがわかったら、もっと面白い話なんだけど。だけど――」

「だけど?」

「“報償”を上手い事分配するとかなんとか」


 う~ん。


 俺はタバコの火がやたらに目立たないように、手で持っていて助かった。

 ついでに灰を落とす。


 ――これはやっぱり俺が発端かも知れない。


「その分配をやってるのが“異邦人”ってわけか」


 違っているのはわかっている。

 何せその“異邦人”であるところの俺はそんな事やってない。


「いや、どこかの冒険者ギルドに勤めてた人らしい」


 だろうね。

 一応、それらしく反論しておくか。


「それ“異邦人”が絡む要素有るか?」

「その人が自分で言ってるらしいよ。分配方法を“異邦人”に教えてもらったって」


 レナシーさん……かな?

 あの人なら言いそうではある。


 そして分配方法というのもわかる気がする。

 おそらくモンスターの効率的な狩り方を普及させたんだろう。


 モンスターをハメて、報償だけを安全に手に入れる。

 俺の口出しで巨人ジャイアントを氷で身動き取れなくて、タコ殴りにしたように。


 あれを他のモンスターにも応用したんだ。

 そして能力的には初心者レベルの冒険者から安全に育てる事に成功し、またその戦い方も身につく。


 ……うん、軍隊だな。


 分配方法とか言ってるが、これだと普通に()()だもの。

 問題は、その上でギンガレー伯に忠誠を誓わせる方法だが――そんなところまで心配してやることもないだろう。


「……何か思いつく事はあるかな?」


 ランディが恐る恐る尋ねてくる。

 “異邦人”として、何か考えつかないか?


 ……ということだろう。


「そうだな……」


 思いつく事はある。

 それに合わせてたかのように、いらない事まで思いついた。

 しかも、それがやたらに面白そうに思えてくる。


「……お前達がどういう風に呼んでるかは知らないが、俺の世界に照らし合わせると……」


 たっぷりとタメを作って話し出してみる。

 ついでにタバコも携帯灰皿に放り込もう。


「うん」

「ちょっと思いつく事はある」

「ホントに? それはなんだい?」


「ここまででサービスは終わりだ」

「ええ~!?」


 いきなり絶叫するランディ。

 無理もないだろうが、別にこいつに教えなきゃならん義務はない。


 このまま無視しても何ら問題はないが、これでは()()()()()


「まぁ、待て。ちょっと考えついた事がある。伯爵にとって“異邦人”は今のところ魅力があるわけだ」

「それは……そうだね」

「これを利用して、ちょっと仕官してみようかと思ってる」

「仕官!?」


 あ、この言葉で通じるんだ。

 勝手に翻訳機能が仕事をしてくれたのか。


 それはともかく、続きと行こう。


「だけど、今のまんまじゃ確定情報がなさ過ぎるな。今度は本気で調べてくれ。伯爵のことは良いから、その“異邦人”について、聞ける話なら噂レベルでも何でも良い」

「僕が!? 何で?」

「上手くいったら、二人して仕官出来るぞ」

「仕官? 僕が――」


 そこでランディが言葉を飲み込んだ。

 そうだろうとも。

 

 ――「もう仕えてるから必要ない」


 とは言えないだろうさ。


「まんま“異邦人”の俺がかぎ回ったら、足下見られるだろう? そこで俺の代わりにランディが調べる。で、それを元にせいぜいハッタリ効かせるさ。その時、お前の分も給金出すように言っておくから。なに名義上の事さ。何なら給金は山分けにしても良い」


 ランディが難しい顔で黙り込んだ。

 ここまで言い切ってしまえば、俺も慌てる必要は無い。


 仕込みは大体終わったようなものだからだ。


「……でも、それで上手くいったらカケフは何がしたいのさ?」


 ランディにしては中々の着眼点。

 それでも、これも想定内だ。


「決まってる。偉いさんしか閲覧出来ないような本を調べるのさ。俺がずっと本を調べてるの知ってるだろ?」

「伯爵にはどうするんだい?」


 俺は肩をすくめる――フリをする。


「役に立てるなら、役に立てば良いさ。別に恩も恨みもないんだから。くれる給金分は働いたところで罰は当たらない」

「……そう」


 ランディはまた難しい顔で黙り込む。

 俺は水を口に含んで続きを待った。


「うん……何だか良い話のような気がしてきたぞ。情報を集めるんだったね?」

「そうだ」


 俺は、水を飲み込んで応じた。


「別に急がなくて良いぞ。伯爵が王都ここにいる間の話になるんだし……そういやいつ来るんだ」

「一月後って言われてるよ」

「自分で言い出しといてなんだが……行き当たりばったりだな」


 俺はわざとらしく笑って見せた。

 それに追従するかのように、ランディが笑う。


 ――さて、どこまで転がる?

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