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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
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ライトノベルとは“正しい小説”

 ライトノベル――


 この言葉をムラタがそのまま口にしたのはどういった意図があってのことか。


 単純に面倒になったせいもあるだろうが、ムラタのひねくれ度合いから考えるに「翻訳スキル」がどう仕事をするのか、興味を覚えた。


 そんな原因が考えられる。


 ライトは恐らく“軽い”と翻訳されるだろう。

 となれば、果たしてどこから説明すべきなのか。


 なかなか難しい話になる。


 実際、ライトノベルで重い本は――物理的に――いくらでもある。

 さらには“ノベル”の部分だ。


 翻訳の最有力候補たる“小説”という言葉は儒教的偏見に満ちた言葉であるから、これまた難しい。

 この辺りの機微を、どのように翻訳するのか?


 ムラタの興味はそちらに向いていた、と言ってもいいだろう。


 そしてノラは、ムラタの要望通りに複雑な表情を浮かべた。


「――すまないが言葉の意味がよくわからなかった」

「ああ、すいません」


 予期していたノラの反応に、ムラタは余裕を持って応じる。

 だが、その余裕も次の瞬間には吹き飛んだ。


「“正しい小説”? これでは説明された事がわからなくなるのだが」


 “正しい小説”


 ムラタはノラに告げられた言葉をもう一度噛み砕いた。

 そして、おもむろに自分の頰を叩く。


「ムラタ!」


 即座に色めき立つノラであったが、ムラタはそれを冷静に抑えた。


「……お気になさらずに。俺に媚びへつらう翻訳スキルに罰を加えただけですから」

「ば、罰って……」

「ああ、もちろん、こんな事に効果が無いことは承知してますよ。これは自分の心の形を整えるため――ああ、そうか。元ネタは『ライトスタッフ』か」


 ムラタの表情がようやくのことで調子を取り戻した。

 そして、奇跡的に残っていたタバコを深々と吸い込んで、仕切り直す。


「――“ライトノベル”というのは、単純に言えば“軽い読み物”です。主に若年層を中心に提供されている小説ですね。そういう定義になっています」


「ああ、それで話が繋がったよ。つまり、その人物はライトノベルであるが為に、読む前にそれを否定したわけだ」


 ライトノベルについてコンセンサスが確立したことで、翻訳スキルが仕事を始めたようだ。

 恐らく“小説”についても同様だろう。


 確かに言葉の由来は儒教的偏見に満ちたものであるが、すでに独立した意味を獲得してしまっている。

 ムラタ自身も、


「“小説”は“小説”でいいだろう」


 という考え方になっていた。

 そもそも、言葉の意味は変わっていく物、というのがムラタの理解でもあるのだ。


 元の世界にいるときに、言葉の元の意味を正しく、などという主張には、フン、と鼻で笑ってすませていたような男である。


 それよりも“ライトノベル”を、あんな風に訳されてしまったことのほうが衝撃であった。


「ええ。全くその通りでしてね。若年層が目標ターゲットですから、割とわかりやすい表紙であることも特徴ですから。そういう意味でもわかりやすい」


 さすがは“正しい小説”。

 ……などとムラタは付け足しそうになるが、それは堪えることが出来たようだ。


「……だが年長者が、若年層に向けてそういった目を向けるのは仕方の無いことでは? 酒だって熟成させた方が深みが出る」


「その例えには頷くしか無いわけですが“純文学”に携わっている人物が、ただそれだけで上の立場にあるという考え方にも首を捻るしか無いわけで――こちらも例え話をしましょう」


 まだまだムラタの話は続けられるらしい。


「ある新人が仕事に就きます。その時、最終的に大成するのは、厳しい事を言われた方ですか? 褒めそやされた方ですか」

「そんなもの……厳しい方に決まっているだろう?」


「ですが“純文学”にはこれが起きない。購買層の大半からは基本的に褒められっぱなしだ。一方で“ライトノベル”はまず批判から始まります。元が軽く扱われているのでね」

「それは……」


「ライトノベルに関しては、扱っている内容が“純文学”であっても、この現象は起きます」

「“謎解き”も?」

「ああ……アレはアレで、さらにキツい方々が大挙しておられるので」


 ムラタが苦そうな表情を浮かべた。


「……話を戻しますと“純文学”を扱っているだけで、決して立場が上である理屈は存在しないと言うことです。それなのに、その人物は頭から他のジャンルを否定してしまった」

「それが気にくわないと」

「ええ、俺の知人はそういう考えらしいです。そしてこれには俺も頷かざるを得ないわけでして」


 あくまで知人というスタンスを変えるつもりはないらしい。

 

「君も“ジュンブンガク”に対しては含むところがあるのかい?」


 どうやら“純文学”については翻訳スキルが、上手く仕事出来ないらしい。

 元よりムラタが説明していないことが原因なのだが、果たして、どのように説明すれば馴染むのか。


こころざしについては、頷けます」

「志?」


 ノラの質問にムラタは、まずこう返した。

 どうやらムラタ流の“純文学”についての説明が始まるようだ。

 いや、その説明が為されないことには話が先に進まない。


「例えば俺が先ほど挙げた“謎解き”ものがありますよね。これについて“純文学”見地から論評すると、ただの当て物だ、と……これ通じてますか?」

「幸か不幸か、通じてるね。それの何が良くないのかわからないけど」


 ノラが安心させるよう応じた。

 ……それを、この段階で立証するのは、かなり難しいと判断するしか無いのだが。


 それでもムラタは続けた。


「“謎解き”に主眼を置いてしまうと、結果として“文章”の価値が著しく下がります。必要なのは謎を解くための情報。つまり“文章”である必然性が失われるのです――この理屈には……正直、抗う術はほとんどありません。事実ですから」


「何か極端な気もするが」


「それはそうでしょうね。実際、謎解きものでも文章の巧みさに惹かれることはあります。別にすべからくおかしな文章ということは無いんですが……」

「が?」


「そもそも謎解きを売りにした段階で、小説とは文章の美しさを競うものであるものなのに、邪道に堕ちる、と」

「ははぁ、それで“純文学”か」


 翻訳スキルが仕事を始めたらしい。


「……しかし、物語を作るという条件は同じだろ?」

「そうなります」

「そこで、筋が通った話を作るなら……」

「無視します」

「は?」


「どうやら“純文学”というものは、その辺り無視するようでね。まず第一にあるのは文章の美しさ、その技巧にあるらしくて、端から見ているとおかしなことを確信犯……は無理だな、ええっと、自分たちのやり方に何の疑問を抱くことも無く、そのおかしな話を展開させるんです」


「何とも厄介な方々のようだ……複数いるんだろう? 僕が聞いた間に、ええと建造物を燃やした話と、導師の話が良くわからなくなっている話……ああ、確かに共通する部分はあるのか」


 何やら諦めたようにノラがムラタの説明を噛み砕き始めた。


「もう1人足しましょう。その“純文学”のマスターたる人物がいるわけですが、この人の書いた物語は成人の少し前ぐらいの子供達に配布されるわけです。俺の世界では」


「マスター? 随分とおかしな話になってないかい?」


「ま、その辺は流しましょう。で、その物語においては、子供が不意に遠くまで出かけてしまうことになって、そこから必死になって帰ってくる」

「ははぁ」


「沈んでゆく太陽と、落ち込んでゆく子供の心境を対比させるわけですね」

「なるほど、文章の巧みさが必要なわけだ」

「問題は、その子供が5歳である必要があるのかどうか、という点なんですが」


 ムラタはタバコを携帯灰皿に放り込みながら、さらに1本取り出した。

 チェーンの構えらしい。


 一方で、子供の年齢を聞かされたノラは、はっきりと戸惑っていた。


「何だって? 5歳? そんな子供というか幼児に心境とか必要かい? 泣きわめくだけだろ?」

「ですからこれが“純文学”なんですよ」

「ああ……そうだった。――こうして聞くと、筋は通っているように思えるね」


 ムラタは頷きながらタバコに火を点けた。

 その様子を窺いながらノラが、今までの話を整理する。


「つまり1つのジャンルとしては確立しているし、そのために全てを犠牲にしている方法自体は君も頷く部分が多いと」

「はい。ご理解いただけたようで何よりです」

「そうなると次の問題は――」


 ムラタが投げ出した会誌をノラが見つめる。


 そう投げ出したのだ。


 やはり、ムラタは“純文学”に含むところがあるのは間違いない。

 そのこだわり(弱点)を如何に把握し、使いこなすかが問題になるわけで、必然的に次の質問は――


「――その会誌の作者が“純文学”に携わる人物かどうか? になるね」

「いや……」

「その前に、何故君がそれを“純文学”だと判断したのか、という辺りも聞いておいた方が良いか。どうせ僕もこの“仕事”を続けるしか無いわけだし」


 ノラはすっかり薄くなったグラスの蒸留酒を呷る。

 この機会に、ノラはすっかりと情報収集の構えだ。

 

 ――何しろ時間はたっぷり用意してある。


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